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♯880 消費税の痛税感はどこから

2017年09月25日 | 国際・政治


 衆議院の解散・総選挙の可能性が急激に高まっていると大手メディアがそろって報じています。報道によれば、9月28日の臨時国会の冒頭に衆議院が解散され、10月10日公示、22日投開票の日程で最終調整に入ったということです。

 報道を受け、(準備の整わない)野党サイドは「森友・加計学園問題の疑惑隠し」「解散の大義がない」などの強い反発を示していますが、安倍首相としては、総選挙公約の最大の目玉として「人づくり革命」の加速を打ち出す方針だと伝えられています。

 大学などの高等教育を含めた教育無償化や、高齢者中心の社会保障を低所得者・若年者に向ける「全世代型社会保障」の実現を掲げ、その財源として消費増税の引き上げ分を充てると訴えるということです。

 再来年(2019年)10月に予定されている消費税の税率引き上げ(8%→10%)による税収増は、おおよそ5兆円前後とされていますが、現在の計画ではその約8割は財政健全化の財源に振り向けられる予定です。

 政府与党はこれまで、この財源をもとに公約であった2020年度までのプライマリーバランスの黒字化を目指すとしてきました。

 一方、幼児教育や保育の無償化には、(対象を3~5歳児に絞っても)年間で7千億円以上かかると試算されており、大学など高等教育の無償化まで踏み込んだ場合には4兆円以上の財源が必要となるとされています。

 このため、今回の政府与党の選挙公約による方針転換がなれば、政府が目標に掲げる財政健全化目標の実現がさらに遠のくのは必至と考えられることから、選挙戦ではその(次世代への負担の先送りという判断の)妥当性が問われることになりそうです。

 それにしても、日本における消費税はどうしてこれほどまでに国民に嫌われるのでしょうか。

 政権与党の「鬼門」とも呼ばれるこの税の背負った宿命について、9月21日の日本経済新聞のコラム「内外時評」では、上級論説委員の藤井彰夫が「消費税狂騒曲 脱するには」と題する興味深い論評を掲載しています。

 選挙戦に当たり、民進党の前原誠司新代表が消費税の増税分の全てを社会保障と教育に充てる構想を示し、一方の安倍晋三首相は増税分の一部を教育の拡充に広げる公約を掲げようとしている。こうして、消費税が総選挙の主要争点のひとつになりそうな雲行きに、氏は日本では消費税がなぜかくも騒がれるのかと、改めて疑問を呈しています。

 消費税は政治の世界では「悲劇の税金」と言ってもいいと藤井氏は指摘しています。

 古くは、一般消費税の導入を掲げた大平正芳首相は1979年の衆院選で大敗、1987年の中曽根康弘政権の売上税構想も公約違反とされ挫折した。竹下登首相のもと、1989年4月にようやく消費税が導入されたが、リクルート事件もあって2カ月後に政権は崩壊したと氏は振り返ります。

 また、その後も悲劇は続き、1997年に3%から5%への税率引き上げを断行した橋本龍太郎首相は、金融危機なども重なり増税後1年余りで退陣。2012年の与野党合意で10%への2段階の税率上げを決めた野田佳彦首相が半年後に政権を手放したのは記憶に新しいところです。

 その後、政権を奪還した安倍首相は、勢いを駆って2014年に8%への引き上げは予定通り実施しましたが、10%への引き上げは2度にわたり延期し(そのお蔭かどうかは判りませんが)その間、安倍政権は国政選挙では勝ち続けています。

 こうして見ていくと、確かに政治家にとって、消費税が「呪われた税」に映るのもやむを得ないかもしれないと藤井氏は言います。

 なので財務省は、「消費税上げは将来世代を考える責任ある政治家にしかできません」と説得し、政治家も政権を懸けた大事業という悲壮な覚悟で(今回も)増税に臨んでいる。しかし、海外に目を移すと事情はかなり違うというのが、藤井氏の見解です。

 例えば、氏が赴任していた2011年1月の英国では消費税に相当する付加価値税(VAT)の標準税率が17.5%から20%に上がったが、増税前後にほとんど騒ぎは生じなかった。当時のキャメロン政権の財政緊縮策に国民の不満は出ていたが、VATよりも歳出削減策のほうに関心が集まっていたということです。

 さて、一方、それから3年後の2014年4月に日本で目にした17年ぶりの消費税率上げは、ある意味国民的イベントの様だったと氏は言います。小売店は増税前の駆け込み需要をねらったセールを展開。政府も消費税引き上げを周知するための広報活動に力を入れ、テレビのワイドショーも4月から牛丼が1杯いくらに上がるなど詳細に報じたということです。

 同じ負担増でも所得税増税や年金など社会保険料引き上げでは、こんな騒ぎは起きないのに、なぜ消費税だけがこうも目立つのか。

 藤井氏はその理由の一つに、政府の指導による「一斉価格転嫁」があると見ています。

 これまでの消費税率の引き上げの際、政府は立場の弱い下請け中小企業が消費税を転嫁できず泣き寝入りとなるのを避けるため(引き上げ分の)一斉転嫁を呼びかけてきました。さらに消費者に増税がわかりやすいようにと、消費税込みの販売価格を示す総額表示も原則として義務付けています。

 氏は、こうした政府の方針により(良い・悪いは別にして)日本の消費税は国民に極めてよく見える税金になっていると指摘しています。所得税や社会保険料のように給与明細に目を凝らさなくても、負担増がすぐわかる。実際に消費しない人まで、増税当日は損したような気分になる痛税感の大きい税金と化しているということです。

 それでは、どうすれば(国民のそうした)痛税感を和らげることができるのか。

 この論評で藤井氏は、現在検討されている身近な食料品などへの軽減税率の導入は、(恐らく)その解決策の一つになるだろうとしています。また、国際通貨基金(IMF)なども以前から主張している1%など小刻みの段階的引き上げも一考の価値はあるのではないか。さらには、増税当日に物価が一斉に上がるような極端な転嫁指導をやめるのも一案だということです。

 氏によれば、欧州などでは販売者側の都合や戦略によって、増税前から値上げしたり増税後も価格を据え置いたりと(消費税への)対応は様々に分かれるということです。

 昨今の政治の世界では、確かに消費税にばかりがあまりに注目され、本当は懐に響いているはずの所得税の増・減税や、(知らぬ間に上がっている)社会保険料の増額などが過小に評価されているきらいが無いわけではありません。

 さらに言えば、消費税の増税を(あたかも)目の敵にするように書き立てる一部メディアの報道の仕方にも、公正さ欠くものがあるような気がします。

 いずれにしても、今後の超高齢化社会の進展や、国と地方の合計で約1100兆円とGDPの2倍を超える巨額の長期債務残高を考えると、消費税率10%が最終的なゴールとならないことは明らかです。

 15%、20%といった消費税率が求められることになる(かもしれない)今後の日本の財政状況に思いを馳せれば、(いずれ)「どうやって消費税率引き上げに伴う国民的狂騒から脱するかの手立てを考えることも必要ではないか」と結ばれたこの論評の視点を、私も大変興味深く受け止めたところです。


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