MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

 伊皿子坂社会経済研究所のスクラップファイルサイトにようこそ。

♯1137 非常事態宣言を解除したトルコ

2018年08月11日 | 国際・政治


 トルコ共和国のエルドアン大統領は7月19日、2016年7月のクーデター未遂事件直後から2年間続いた非常事態宣言を解除すると発表しました。

 報道によれば、今年6月の大統領選挙で大勝した同大統領は、大統領権限の拡大を目的とした憲法改正断行し自らが広範な権限を握る実権型大統領制に移行したことで、解除は可能と判断したようです。

 しかし、大統領が率いる与党・公正発展党は、非常事態宣言解除後も政府が市民の移動・集会制限や企業の接収を継続したり、閣僚に公務員の免職権限を付与したりできるとする法案を国会に提出しており、強権的な政策を維持する構えです。

 振り返れば2016年7月のトルコ軍によるクーデター未遂事件では、反乱軍による大統領府への空爆などにより市民を含む280人以上が死亡しました。

 また、大統領自身、休暇のために滞在していたリゾート地マルマリスのホテルをクーデター側の襲撃の数分前に辛くも脱出したり、イスタンブールに向う飛行機を軍の戦闘機に狙われたりと、数々の窮地に立たされました。

 そして、クーデターが鎮圧された後、エルドアン政権による一大粛清が強硬に進められることとなりました。

 関与したとされる有力者が次々に身柄を拘束され、軍関係者、検察当局や判事など司法関係者の約7,500人以上を拘束したほか、警察官約7900人、地方の知事や首長30人を含む公務員8700人を解任したとされています。

 大規模弾圧は事件と無関係の左派やクルド人にも及んだとされており、これまで非常事態宣言に基づき免職となった公務員や軍人は15万人を超えるとの報道もあります。

 また、エルドアン政権は、事件の首謀者が一時は協力関係にあった在米イスラム教指導者のフェトフッラー・ギュレンを支持するギュレン運動とつながっていたとして、米国に対しギュレンの身柄引き渡し要求を行っています。

 一方、エルドアン政権によるこうした大規模な反対勢力の粛清や摘発は、欧米各国や人権団体などから強い批判を浴びる事態となっています。

 「個人支配」の加速に伴う法制度への信頼低下のツケは経済にも及んでおり、2016年以降の海外からの投資は前年割れが続いています。トルコ国債は「投資適格級」の格付けを失い、10年物国債利回りは20%に達する一方で、トルコ・リラの信用は低下の一途を辿りこの2年間で約半分に下落しています。

 また、西側の盟主、米国との関係も微妙な状況です。

 テロリズムなどの罪に問われている米国人牧師アンドリュー・ブランソン氏の自宅軟禁を解くようトランプ政権が求めている件で、エルドアン大統領は米財務省がトルコの法相と内相の米国内の資産を凍結したことへの報対抗措置として、米国の司法長官と内務長官の資産を凍結する考えを示しました。

 トランプ米大統領は7月26日、トルコに「大規模な制裁」を発動すると警告しましたが、トルコ側は「いかなる脅しにも屈しない」と発表し、米国が追加の制裁を発動すれば報復措置を講じると応じています。

 こうして、クーデター未遂事件後の混乱で先行きの見えないエルドアン政権ですが、(私自身の印象では)このような状況をトルコ国民は、案外冷静にとらえている気配も感じられます。

 7月19日から1週間ほど、非常事態宣言が解除されたトルコをイスタンブールを中心に回ってきました。勿論、仕事としての目的があるわけではなく首からカメラをぶら下げての単独での滞在でしたが、そうした気楽さもあって現地のいろいろな人と話をする機会も持てました。

 現政権について、(少なくとも都市部では)口を開く者は一様に「エルドアンは嫌いだ」と答えていました。

 彼らの意見を総括すれば、「エルドアンには(少数の)熱狂的な支持者がいて周りを囲んでいる」また、「エルドアン自身もクーデター以降、周りの者しか信頼しなくなっている」ということでした。

 中には、「エルドランはトルコのトランプのような者」と表現する人もおり、非常事態宣言の解除を喜んではいるものの、2年にわたって続いている経済の不調や物価の上昇に関しては苛立ちを超えて諦めに近い様子です。

 また、氏のEU加盟に向けた取り組みや国民への締め付けについても、シリアからの移民の流入などの問題を背景に賛否両論があるような気配でした。

 しかしながら、最近では観光客も戻りつつあり、治安なども安定してきているという向きもありました。確かに街角にもはや警察や軍の姿はほとんどなく、子供連れの親子などがにぎやかに行き交い、イスタンブールやイズミール、コンヤなどの大都市でも、難民や物乞いなどの姿はほとんど見かけませんでした。

 飛行機や移動中の車窓から見える土地利用の状況を見ても、暑い中、シャツ1枚になって工事現場や農村で働く人々の姿を見ても、(こう言ってはなんですが)トルコ人は意外なほど几帳面で勤勉な国民性なのだなと今回の訪問で改めて感じました。

 中西部でも、農村部などにはもっとエキゾチックで昔ながらのイスラムの文化を持った生活が残っているかと想像していたのですが、インフラも普及し意外に近代化されていることに驚かされたところです。

 いずれにしても、エルドアン氏も既に65歳。一方、トルコ国民の平均年齢は31歳で人口も毎年1.5%ほど増え続けている若くて元気のよい国ですから、これから先、再生のチャンスもまだまだ沢山あるでしょう。

 有史以来様々な文化の交差点として知られ、小アジアという地の利を生かし一時は世界帝国として君臨した彼の国には、(中東各国とはまた違った)状況に柔軟に対応する確かなタフさがあると感じたところです。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿