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♯1031 勤勉さの背景にあるもの

2018年04月01日 | 社会・経済


 前回(♯1030「仕事熱心」をやめた日本人)に引き続き、これまで日本の経済成長のバックボーンと考えられて来た日本人の「勤勉さ」について少し掘り下げていきます。

 真面目な勤労が尊ばれてきた日本の文化の下では、朝から晩まで額に汗して一生懸命に働く勤勉な人や、親や先生の言うことを聞いて(サボったりせずに)勉強する子供が評価されてきました。

 幼いころから真面目な「良い子」は親や先生たちから褒められ期待され、「みんな〇〇ちゃんのように頑張りましょう」と言われるような存在だったと言えるでしょう。

 親や先生が、子供たちに対し(言外に)素直さや真面目さを強要し、「お前のためだ」「言うことを聞け」と求めていることは、(平成の現在でも)日本の子供であれば誰もが理解しています。

 だからこそ、子供たちは、褒められ、認められたいがために親や先生の言うことをよく聞く。それは裏を返せば、彼らの真面目さは、もともと人から評価されたいがための真面目さであり、好意を持ってもらいたいがための真面目さだと言い換えることができるかもしれません。

 一方で、子供の努力する姿が親の心を安心させ、満足させるのもまた事実です。なので親たちは、子供のハードワークを決して否定したりはしないし、「頑張っている」子供の姿を見るのが(ことのほか)好きだということになるでしょう。

 で、あればこそ、親が少しでも評価してくれなければ、子供は一気に不安に陥ってしまいます。「良い子」は、彼らから「拒否される」ことで心理的な安全を脅かされる。それが、彼らが常に「孤独さ」や「淋しさ」を感じている所以だということでしょう。

 そこで、真面目であればあるほど、親や先生に期待されればされるほど、「良い子」は(彼らに拒否されないために)無理をしてでもさらに「良い子」であろうとし、真面目に勉強して良い会社に入ろうとする。

 一生懸命仕事をして親や上司や家族の期待に応え(認められ)ようと、自分に無理を強いてしまう「悪循環」に陥りがちだということでしょう。

 例えば、今回の政府の「働き方改革」の発端となった大手広告会社「電通」の新入社員の過労自殺に関しても、その背景に(「頑張る」ことで期待に応え、繋がろうとする)そうした日本人の感性がなかったとは誰も言い切れません。

 しかし時は移り、「頑張らない」ことが若者の行動の前提となってきたとされています。もしもそれが事実だとすれば、それは人間の評価軸が「真面目さ」や「勤勉さ」から、「合理性」や「コスパ」などへとシフトしてきたことを意味しているのかもしれません。

 さて、真面目に頑張ることが、決して悪いとこでも何でもないのは言うまでもありません。意欲と長時間労働が全くの別物であることもまた然り。

 問題は、そうした努力を「自分のため」と思える「タフさ」と「冷静さ」を、どう維持するのかということ。そして、周囲の人間の客観的な視線や評価を、システムとしてどう維持していくかにあるのでしょう。

 いずれにしても、(他人がどう思おうとも)自分が「面白い」と思わないところに本当の「やる気」(モチベーション)が生まれないのもまた事実です。誠意を持って取り組める仕事には、(自分にとっての)それなりの「魅力」がなければやっていられません。

 結局のところ、日本人にとっての「働き方改革」の本質は「誰のために仕事をするのか」を見つめ直すところのあるのではないかと、今さらながらに思います。

 「誰かに評価されるため」ではなく、自分の能力を発揮して「自分のため」に仕事ができる環境を整えること。そのことこそが「労働の意欲」につながり、ひいては本当の意味での「働き方改革」につながるのではないかと、私も改めて考えたところです。

 
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