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♯1083 友達の家で遊ばなくなった子どもたち

2018年06月03日 | 社会・経済


 昭和の時代、子どもの遊び場と言えば、都市部では(まだ街のあちこちにあった)空地や資材置き場、学校の校庭や路地裏、地方部ではそこに山野や河原、用水路やため池などが思い浮かびます。

 友達と土管に秘密基地を作ったり、ザリガニ釣りをしたり、陣取り合戦をしたりするのは、(今では中年を迎えている)男の子たちの定番の遊びだったと言えるでしょう。

 しかし、よく考えてみると、雨風の厳しい日もあったし、気の合った友達と話したい日もありました。彼らばかりでなく、特に女の子たちは、何も屋外ばかりで遊んでいたわけではありません。

 そんな時は友達の家に集まって、ミニカーやカブトムシを見せ合ったり、トランプやボードゲームをしたり、お兄ちゃんの部屋からくすねてきた(少しエッチな)雑誌をのぞき見したりしながら成長してきたような気がします。

 人の家を訪ねるというのはその家の生活を覗くことであり、そうした中から子どもたちは、他の家の親子関係や自分の家との考え方の違い、(子どもにはどうしようもない)生活レベルの違いなどの社会の仕組みを学んでいったとも言えるでしょう。

 しかし、平成の世も30年を数える今の時代、家の内外を問わずそうした子どもたちの遊び場は次第に失われてきました。何より子どもの数自体が大きく減っていく中で、子どもたちの(放課後の)日常生活は、私たちが気付かないうちに大きく変化しているようです。

 1月12日のPRESIDENT Onlineには、博報堂生活総合研究所の十河瑠璃氏が、同研究所が行った「子ども調査2017」の結果を引き、「なぜ子供は友達の家で遊ばなくなったのか~「集合場所」はリアルからネットへ」と題する興味深いレポートを寄せています。

 同調査によれば、「自宅以外でよく遊ぶ場所」として「友達の家」と回答した子どもの数は、過去最低となっているということです。

 その背景にあるのは、共働きで両親が夜まで家にいない家庭が増えていること。

 厚生労働省の調査によれば、今や14歳の子どもでは母親の8割がワーキングママ。大人の目が届かないこともあって、あまり家の行き来はさせないようにしているという親たちの声が多く聞かれたということです。

 さらに、現代では、そもそも遊ぶ時間がなさそうな忙しい子どもが増えていると十河氏はこのレポートで指摘しています。

 「子ども調査」によれば、塾に通っている子ども4割強、習い事をしている子ども7割を占め、特に習い事をしている子どもは調査開始以来最多となっているということです。塾と複数の習い事で週5~6日が埋まってしまう子も多く、子どもたちの放課後が忙しくなっていることがうかがえると氏は子どもたちの現状を説明しています。

 友達の家も行かず、塾や習い事で忙しい子どもたち。友達と遊ぶ機会がなくなり、関係も希薄になっているのでしょうか。

 かつての子どもたちは、学校や公園といったリアルの遊び場でタテ・ヨコの人間関係を深め、広げていました。しかし、塾や習い事で忙しい子が増え、皆で時間を合わせて遊びに行くことが難しくなった現在、子どもたちの主な「集合場所」はリアルからネットへと移っているというのがこのレポートにおける十河氏の見解です。

 子どもたちは、あらかじめ友達と時間を約束し同じ時間にネット接続することで対戦ゲームに興じたり、LINEのグループを作ってゲームの攻略情報を教え合ったりしている。そこには直接会ったことのない人や社会人・大学生などの年長者も混じってくるなど、彼らにとってのネットは、一人で使うためのものではなく友達との集合場所の役割を果たしているということです。

 (大人が知らないだけで)子どもたちは、こうしたオンラインゲームやLINEでのやりとりを、お風呂や宿題といったそれぞれの都合に合わせて抜けたり入ったりしながら、夜遅くまでやっていると十河氏は言います。

 友達の家では夕方になれば帰らなければならないけれど、ネットならフレキシブルにつながれて門限もない。ネットのこうした性質は、放課後の生活時間がバラバラになっているデジタル・ネイティブたちにはなじみやすいのではないかということです。

 一方、女の子たちの「ないしょ話」は、今やLINEをメインツールに行われていると十勝氏はしています。

 「子ども調査」によれば中学生の5割弱がLINEを使用しており、子どもたちにとって(男女を問わず)重要なコミュニケーションツールになっているということです。

 当然、LINEのグループは子ども同士の微妙な人間関係を反映しており、場合によってはいじめの温床になったりもしているようです。

 そうしたこともあって、必要に応じて期間限定のLINEグループを作ったり、個別のトークで話すにとどめたりするなど、「誰がその投稿を見るのか」をちゃんと考えてSNSを使っている子がほとんどだと十河氏はこのレポートに記しています。

 こうして、子どもたちの間でネット上でのコミュニケーションが急激に進んだ背景には、家庭内Wi-Fiの普及が大きく影響しているという指摘もあります。

 親が通信料を払っていれば、子どもたち自身は大容量のコミュニケーションを「タダ」で使うことができる。通信技術の進化とその料金体系の変化により、ネットはリアルと遜色ないやりとりを、リアル以上に便利かつ楽しくできる場になったということです。

 そして、それゆえ彼らデジタル・ネイティブたちの間では、日常の中にリアルコミュニケーションとネットコミュニケーションが(何の違和感もなく)共存していると十河氏は説明しています。リアルとネットを区別しないのが、それまでの世代と彼らとの最も大きな違いだということです。

 価値観の形成期にネットに親しまなかった世代は、どうしても「リアルがメイン、ネットはサブ」という感覚になりがちです。しかし今や、チャットやメールのやりとりによるリモートワークによってほぼすべての業務を行う会社も多くなるなど、実社会でもリアルとネットとの境目が非常に解かり難くなってきているということができるでしょう。

 若者たちが、一緒に自殺する人間をネットで探したり、出会い系サイトで知り合った人間と事件を起こしたり、さらには、ネット上の(実際には会ったこともない)相手を簡単に信用して自画撮りの写真を送ったりする感覚は、昭和生まれの世代にはなかなか理解できないものがあります。

 しかし、若者たちを取り巻くネットとリアルが曖昧になりつつある環境がそうした事件を引き起こしていると考えれば、納得のいく部分もあるでしょう。

 はたして、ネット上のコミュニケーションは、直接目で見たり、肌で感じたりすることのできるリアル・コミュニケーションを代替していくことができるのか。

 その問いへの答えは、友達の家に遊びに行けなくなった子どもたちが作る(次の)社会に現れることになるでしょう。

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