MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1205 紅化に抗う東南アジア

2018年10月31日 | 国際・政治


 9月4日、中国とアフリカの53か国の首脳などが出席して北京で開かれていた「中国アフリカ協力フォーラム」が、習主席の提唱する「一帯一路」構想における経済協力の具体策などをまとめた「北京宣言」と、今後3年間の行動計画を採択して閉幕しました。

 同日の「Newsweek(日本版)」誌に掲載された東京福祉大学国際交流センター長の遠藤誉氏のレポートによれば、同フォーラムは、まるで習近平国家主席が宗主国とする異形の「新国連」が設立されたような勢いだったということです。

 中国と国交を結んでいない唯一の国「エスワティニ(旧称:スワジランド)」を除いた全アフリカの首脳らが人民大会堂を埋め尽くしたその状況は、参加者を「圧巻」したに違いないと遠藤氏はこの論考で評しています。

 「いま新しい世界が開けた」と習近平主席は挨拶で述べたが、それは絵空事ではないという危機感を覚えたと氏はそこでの印象を説明しています。

 中国はアメリカの「一国主義」に対抗し、「多国間の自由な貿易」を呼びかけている。アフリカ53カ国が中国側に付けば国際社会における発言権も違い、世界制覇も夢ではないということです。

 今年のアフリカへの中国による拠出資金は600億米ドル(約6兆6000億円)。この数値を習近平が口にした時には、すべての列席者の目が輝き、どよめきが起きたと遠藤氏は指摘しています。

 そして、拍手が最も大きかったのは、習近平主席が「中国とアフリカの団結を誰も破壊できない!中国とアフリカは運命共同体だ!」と叫んだ時だったと伝えています。

 一方、このように経済支援をテコにアフリカへの影響力を強める中国に対し、欧米メディアでは「新植民地主義」と批判する動きが広がっていると、9月5日の産経新聞は報じています。

 その念頭にあるのは、償還が困難な負債を抱えた途上国が中国の政治・軍事的な要求に応じざるを得なくなる「債務のわな」との批判だということです。

 実際、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」事業をめぐっては、大型インフラを整備したアジア・アフリカなどの発展途上国が過剰債務を抱える問題が顕在化していると記事はしています。

 例えば、中国主導で全長480kmの鉄道を建設したケニアは、全債務のうち7割を中国が占めるということです。

 もっとも、中国マネーに依存させ事実上の植民地化を進めているとの批判があることは、習主席も十分承知しているということです。

 記事によれば、開幕式の演説では「アフリカへの支援についていかなる政治条件もつけない」「政治的私利を図ることはない」とことさら強調し、「中国とアフリカの協力の善しあしは、その人民に発言権がある」と牽制したとされています。

 こうして、経済的な支援を通じて開発途上国への影響力を強める中国の習政権ですが、その一方で、中国への貿易依存度が高まるASEAN(東南アジア諸国連合)諸国においては、(反対に)中国主導の秩序に抗う動きも現れ始めていると、8月31日の日経新聞が伝えています。(「『紅化』に抗う東南アの本能」)

 同社コメンテーターの秋田浩之氏によれば、(例えば)これまで親中路線を公言してはばからず南シナ海問題をめぐる中国批判を抑えてきたフィリピンのドゥテルテ大統領は、8月に入り急激に態度を過激化させているということです。

 フィリピンは、ドゥテルテ大統領が南シナ海の領有権を巡る主張を事実上棚上げすることで、中国から240億ドル(約2兆6千億円)の経済協力を取りつけてきました。

 ではなぜ、今になって「ちゃぶ台返し」のような発言を浴びせ始めたのかと言えば、その答えは国内世論にあると秋田氏はしています。

 世論調査などを見る限り、フィリピン国民は「南シナ海問題で妥協しても、それに見合う経済支援を中国から得られていない」との不満を強めていると氏は指摘しています。

 中国が約束した巨大インフラ事業はほとんど具体化せず、目玉だったマニラの橋建設も進んでいない。そうした中、ドゥテルテ氏は南シナ海問題をめぐる仲裁裁判所での勝訴を(いざという時の)「対中カード」としてしっかり手中に抑えているということです。

 こうしたフィリピンの変化が意味するのは、2つの現実だと氏はこの論考で説明しています。

 第1に、中国がどんなに経済力にものを言わせても、主権にかかわる安全保障で他国を言いなりにさせるのは難しいということ。そして第2に、中国は巨額の援助を打ち上げるのは上手でも、実行が伴わなかったりやり方が不透明だったりして相手国の不興を買いがちだということです。

 そして、「中国には意地悪く聞こえるかもしれないが、これはアジア太平洋の将来にとって悪い話ではない」というのが、こうした状況に関する秋田氏の認識です。

 中国が強大になるにつれ、「紅(あか)い秩序」に東南アジアが染められ、民主主義とは異なる国家モデルが広がることは、決して望ましい姿とは思えないと氏はこの記事に記しています。

 実のところ、中国の経済外交がうまくいっていないのはフィリピンに限らない。いちばん分かりやすい例では、5月の政権交代を受け、中国主導の鉄道計画を取りやめたマレーシアのマハティール首相だということです。

 親中派だったナジブ前首相は、支援をもらうことを優先し南シナ海問題で中国を刺激する発言を控えるよう、閣僚にきつく指示していたとされています。

 しかし、マハティール氏は、鉄道計画の総経費が大きすぎ中国からの巨額借り入れで財政が悪化しかねないと判断した。そして、中国との経済協力が減れば、マレーシアがそこまで中国の機嫌をとらなければならない理由は薄れると秋田氏は説明しています。

 実際、8月上旬にシンガポールで開かれたASREANの外相会議で、サイフディン・マレーシア外相は南シナ海問題を取り上げ、明確な「懸念」を表明したということです。

 このような動きが今後どこまで広がっていくのかを占う上で、注目すべきなのは、中国とのパイプが太いタイ、ミャンマーの行方だと秋田氏はしています。

 中国が進める広域経済圏構想「一帯一路」のインフラ計画が、両国では必ずしもうまくいっていない。

 タイでは同構想にもとづく鉄道計画の交渉がもつれ、ようやく昨年末に着工したばかり。ミャンマーも似た理由から港湾計画の縮小を中国に求めており、両国を結ぶ高速鉄道建設にも(中国に軍事利用されるのではとの懸念から)が青信号を出していないということです。

 莫大なインフラ資金を必要とする東南アジアが、中国から一気に離れていくとは考えづらい。しかし、経済でお世話になっても、政治や外交の手足は縛られたくないという、各国の国家本能も決して侮れないと秋田氏は指摘しています。

 思えば、東南アジア各地域は古くから中華文明(そして経済力)の影響下にあって、中国の各王朝(特に南朝)との緊張関係の中で歴史を刻んできたと言えるでしょう。

 そういう意味では、東南アジアの指導者たちは中国にとって(意外に)タフなネゴシエーターなのかもしれません。

 札びらで頬を叩くような中国のやり方にただ黙って従っているばかりではない。「…そんな彼らの意志の強さが、アジアの秩序を左右する。」と結ばれた秋田氏の論評を、(先々のアフリカ諸国と中国との関係も含め)改めて興味深く読んだところです。




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