妻が夫の扶養家族となり、税金などさまざまな優遇を得られる「103万の壁」についての議論が国会で進む中、東京大学名誉教授で社会学者の上野千鶴子氏は、昨年暮れ(12月19日)のライフスタイル情報メディア「TRILL」に「103万円の壁で得してきたのは主婦ではなくオジサン」と題する論考を寄せています。
曰く、「1961年にできた配偶者控除、1985年に創設された主婦の基礎年金を保障する第3号被保険者、1987年の配偶者特別控除は、政治がつくった発明だった。それによってパートタイムで働く女性は増えたが、これは女性に育児や介護を担わせたままにしたい男性にとって都合の良い制度だ」とのこと。
それでは、現代の日本において女性の就労を阻んでいる本当の「壁」とは、一体どこにあるのか? そして問題解決のためにはどのようにしていったら良いのか。上野氏の話は続きます。
年収の壁、特に103万円の壁に関しては、先の岸田政権でも国会の議題に挙がった。しかし、それは女性側からの要求ではなく、最低賃金が上がったために(2023年に全国加重平均額が1000円を超えた)パート主婦たちが働ける時間が減ったことで、人手不足にあえぐ中小企業の経営者から悲鳴が上がり、国会がその声に応えたものだったと上野氏は説明しています。
国民民主党の玉木雄一郎氏が言うように、壁が「年収178万円まで」に引き上げられたところで、月収14万円ぐらいで女性が経済的に自立できるはずがない。要するに、主婦はこれからも家計補助の立場に甘んじろということだというのが、この論考で氏が(厳しく)指摘するところです。
確かに、パートタイムで働いている女性自身が、労働時間を増やし夫の扶養から外れることを避けているとして、現状を(女性の)自己選択の結果だと主張する声は聴く。「もし、あなたに正社員のオファーが来たら受けますか」というアンケートに、パート労働者の多数派がノーと答えてきたことから、政府も「パート就労は女性自身の選択」だと言ってきたと氏はしています。
しかし、それはどうなのか?正社員になったとたんに残業や異動が命じられる。あえて言えばこのような正社員の働き方そのものが問題で、(家庭生活を一方的に押し付けられている身では)そうしたものを避けたい気持ちが生まれても同然だというのが氏の見解です。
また、いったん制度ができあがると「既得権益層」を作りだすので、現状でトクをしていると思っている人、社会保険料や税金を払わなくていい立場を捨てようとは思えない人も確かに多いだろうと氏は言います。
しかし、それで守られる「利益」は、ほんの目先だけのこと。氏によれば、20代からずっと正社員でいた場合と、中断再就労してパートタイムで働いた場合の生涯賃金の差は2億円に及ぶとの試算があるということです。たとえ現在40代以上でも、将来受け取る年金の額を考えると、今からでも収入を増やしておいたほうがよい。短期的には利益と見えても、長期的には不利益になる可能性が高いというのが氏の認識です。
一方で、もしもパートからフルタイムになったら、住民税と所得税を払い、健康保険と年金の負担もかかり、夫の配偶者特別控除もなくなる。それでは「働き損」だとなれば、パート主婦にとって(正社員を選ぶことへの)心理的なハードルは高いだろうと氏は続けます。
そのとおり、税制・社会保障制度が崖のような段差を作ることで、主婦自身が、壁の中にいたほうが有利だと思わされている。でも、その結果、女性は働いても低賃金で貧乏、その結果、老後も低年金で貧乏、一生ずーっと貧乏という樋口恵子さんのいう「BB(貧乏ばあさん)」になりかねないということです。
同様のことは相続制度や年金制度にも言える。妻の収入が低くても夫に扶養してもらい、老後も一緒に年金をもらって最後まで生活できるという昭和型モデルを支持する中高年層も未だ多いと氏は言います。
確かに夫が死んでも、遺産も妻の取り分が2分の1に増えたし、遺族年金も2分の1から4分の3に増えた。しかし、これは女性の人権保障などではなく、いうなれば「妻の座」権の保障に過ぎない。国が「あとちょっとの辛抱だから、夫を最期まで看取ったほうがお得」な制度とすることで、例え夫との生活がイヤになった夫婦の熟年離婚を抑止する効果があるということです。
今は、(昭和の時代から続いてきた)これら制度が変わるかどうかの転換期。国民民主党は「扶養家族の大学生がバイトでもっと稼げるように」という間違った人気取りをしているが、学生に長時間労働できるようにさせるなんて本末転倒で、バイトなどしなくても勉学に専念できる環境を整えるのが政治だと氏は話しています。
しかし、長い間不合理だとして女性が訴えてきた配偶者控除の壁に、政策課題として注目を集めたこと(だけ)は玉木氏の功績と言えるかもしれない。扶養の壁を撤廃して、妻も夫も収入に応じて税金を支払い、保険に加入する。同時に累進課税率(収入が高いほど税金も高くなる)を高めておけば、低所得ならそれほど税額は多くならないだろうということです。
必要なのは、女性を「家」から解放すること。女性が「妻」や「母」ではなく、ひとりの個人として、親や夫に頼らず自立して生きることが「普通」にできる社会環境を整えていくということでしょうか。
そのためにも、まずは税制・社会保障制度を世帯単位から個人単位にする必要があると氏はこの論考の最後に話しています。マイナンバーカードはそのためのもの。「壁」を撤廃するための突破口を、そうした身近なところに探すこの論考における上野氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。


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