MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2614 3号被保険者を巡る議論の行方

2024年07月25日 | 社会・経済

 最近しばしば話題に上る「第3号被保険者」とは、国民年金の加入者のうち、厚生年金に加入している(サラリーマンなどの)「第2号被保険者」に扶養されている配偶者(年収が130万円未満であり、かつ配偶者の年収の2分の1未満の人)を指す言葉。その多くは(いわゆる)「専業主婦」と呼ばれる人たちで、該当する人は全国におよそ700万人に及ぶとされています。

 第3号被保険者の保険料は、第2号被保険者全体で負担しているという建前のもと、彼女らが自らの保険料を個別に納める必要はありません。つまり、(自営業者の妻や年収130万円以上の女性、独身女性などとは違い)自分で保険料を支払わなくても基礎年金を受け取ることができるため、これを「不公平」として制度の見直しに関する議論が始まっています。

 また、実際には第3号被保険者のうち約半数の300万人以上が所得制限を超えない範囲で何らかの就労をしていると考えられていることから、第3号被保険者の収入基準(年130万円)を考慮して就労調整が行われている現実について、企業の労働力不足を助長するとともに女性の社会進出を阻害する要因になっているとして、廃止を求める声も強まっているようです。

 7月3日には、5年に1度の公的年金制度に関する政府の「財政検証」が行われた由。そのあたりの議論がどのように進んでいるのかについて、6月19日のNewsweek日本版」に経済評論家の加谷珪一が『なぜ保険料を払っていない「主婦」への年金はなくならないのか...廃止論者が陥る「机上の空論」』と題する論考を寄せているので、参考までに概要を小欄に残しておきたいと思います。

 公的年金の財政検証に合わせて、3号被保険者(いわゆる専業主婦)の見直しが議論となっている。統計上では専業主婦世帯が減っていることから、専業主婦を前提にしたモデル年金や、専業主婦が受け取れる年金について廃止を求める声が高まっていると加谷氏はこの論考の冒頭に綴っています。

 一方、氏によれば、この問題については以前から政府内部で何度も議論されてきたもののなぜだか一向に見直しは進まず、今回も議論だけで終了となる可能性が高い由。主婦年金の見直しに切り込めない最大の理由は、日本では事実上の専業主婦社会が今も継続しており、制度をなくしたくても経済的理由から実施できないという厳しい現実があるからだということです。

 現在、専業主婦世帯は夫婦のいる世帯の2割程度で、大半が共働き世帯となっている。しかし、統計的に共働き世帯であっても、現実は限りなく専業主婦に近い世帯が多いと氏は言います。

 その理由は、日本では女性の社会進出が進んでおらず、男女間の賃金格差が激しいことに加え、家庭内での女性の労働負荷が大きいから。見かけ上は「共働き」となっていても、当該世帯の約60%が、夫が正社員、妻が非正規社員という就業形態で、夫が主な稼ぎ手となっているからだというのが氏の認識です。

 女性の平均賃金は男性の75%程度しかなく、女性が男性と対等に稼げる環境は一部を除いて実現していない。さらに日本の社会環境では、いまだ子育てや家事、親の介護は女性の仕事という認識が強く、これが女性のフルタイム就労を阻害していると氏は言います。結果、女性の多くはパートタイム労働に従事せざるを得ず、年収が(扶養の対象となる)130万円以下になってしまうということです。

 一方、男性の賃金も国際的に見ると著しく低く、妻がパートタイム労働者だった場合、共働きであっても十分な世帯年収は確保できないと氏はしています。そして、こうした世帯の場合、妻が3号被保険者になって基礎年金を受給しなければ、老後の生活が成り立たない図式になっているということです。

 確かに専業主婦(3号被保険者)は保険料を払っておらず、保険料納付者との間で不公平が生じている(かもしれない)が、現実問題として低年収の層から保険料を徴収するのは難しい。かつ、3号被保険者の年金が減らされれば、高齢者夫婦の貧困が加速するのはほぼ確実といえるだろうと氏は話しています。

 さて、年金問題について発言する論者の多くはいわゆるエリート層に位置している。夫、妻ともに相応の年収を得ているケースが多く、共働き世帯が全体の8割を占めているというデータのみに着目して、「専業主婦世帯を想定した制度は時代に合わない」と早合点しているというのがこの論考で加谷氏の指摘するところです。

 確かに、主婦年金を廃止して、就労している人は全員、厚生年金に加入して保険料を納め、年金をもらったほうがよいのは自明の理。しかし、これを実現するには女性の賃金を上げ、女性だけが子育てや介護に従事するという社会慣習の是正を同時並行で進める必要があると氏は説明しています。

 実際、この日本には、いまだ東京都の女性の総人口に匹敵する700万人余の3号被保険者がいて、そのうちの約半数が(何らかの理由で)パートなどの非正規終了を余儀なくされていると思えば、物事がそう簡単に進まないのも仕方のない話なのかもしれません。

 そうした状況を踏まえ、「現実を見ない議論ばかりでは、いつまでたっても年金制度を改革することはできない」とこの論考を結ぶ加谷氏の指摘を、私もさもありなんと受け止めたところです。