酒と葉巻とラーメンの日々 つれづれ日記 

無欲恬淡 酒と葉巻とラーメンを好む出張男のつぶやき - 国内旅行 モバイル 投資 社畜

始末書

2004-08-30 23:37:33 | 旅行
久しぶりの同級会から帰ってきて、こうして大型台風の雨風の音に子どものようにむねをどきどきさせながら、ようやくたまりにたまっていた仕事の一部を片づけた。疲れているわけではないから、よっぽど充実した時間だったのだろう。遊びも仕事も常にこんなふうにすすめば苦労は少ないのだろうが、まあ、滅多にないことだ。

学校をでて7年も経てばみながそれぞれになにかしかの垢をため込んでいるものだ。普段では言えぬこと、いわゆる生活上の愚痴を衣装を脱ぎ捨てるがごとくにおのおのが白状していく。はたして三日にわたる宴会は大団円をもって幕がおりた。そろってすがすがしい面立ちで。

美大だからというわけでもなかろうが、その衣装というものも、一見奇妙なものとしか傍目には映らぬものらしい。だから、居酒屋のお姉さん、宿の仲居さん、その他もろもろ僕たちのふれたもの、はなしかけたもの、悪気はなかったのです、勘弁してください。

異邦人

2004-08-19 21:14:30 | 旅行
田舎へ墓参に行っていた。お盆とは何の関係もなしに墓を見て、手を合わせて先祖を思い出していた。
正確に書けば僕には故郷がない。菩提寺のある町に住まったことはない。親戚にはあわないし、もちろんそんなお義理はとうの昔に断ち切ってしまっている。墓の管理者すら知らぬのがいまの僕だ。
盆中の地方都市は異常なくらいの混みようなので、朝の5時から2、3件の寺をまわって、あとは三陸道をつかって同県の港町で避暑をかねて釣りをして過ごしていた。毎年のことなのでこれを私的慣習だと密かに得心している。
志津川という町には海しかない。他にあるものといえば山と空くらいなものか。それほどの田舎である。あんまり何もないものだから、結局は釣りと酒になる。そんなところで3日も釣り糸を垂らしていれば、いつしか僕も田舎の人々に嵌りこむといった案配だ。果たして田舎は僕にありあまるほどの旅情をあたえてくれた。旅情とは思い出であり哀愁の同義語である。また一年後、生きていれば再びこのつらさ寂しさを味わうことができるのだ。
僕の慣習とはつまるところ、エトランジェを演じることにある。どこに出かけようが、だれと相擁しようが、常に寂しいものなのだ。夏のおわりは寂しいものなのだ。

雨のせい

2004-08-08 18:47:24 | 旅行
昨夜からのどしゃ降り雨のおかげで、今朝はずいぶんと涼しくすごせた。二人できたはずの信州だけれど、なぜか今朝は僕ひとりでぼんやりとベッドに腰かけている。痴情のもつれなんかではない、彼女に危急あったのではない。ひとこと、
「帰る」
と、おきざりにされようとしている僕は、
「ああ、どうぞ」
と彼女を駅まで送り届けて、どうでもよい夕餉をとって、そして睡眠薬による深く安らかな眠りと、口中に粘つくような苦苦さに一日の始まりを実感している。

最終日も、どこでどうしようなんて、はなから決まっていたわけではないから、スケジュールは白紙のまんまだ。これから何か書き込もうなんて考えちゃあいない。
旅も終わりに近づくと、枕カバーやら使い捨てひげ剃りなんぞにまで名残が惜しくなるものである。昨昨晩の彼女の寝顔、汗玉の滋味、きぬぎぬの苦しさ。

東京まで5時間、僕は何を想いながら、何を口ずさみながら運転してゆくのだろう。部屋に戻って人心地ついたら、まずは彼女に連絡をとってみようと思う。そして一言、逢いたい、と伝えよう。

骨皮筋衛門

2004-08-05 22:37:11 | 旅行
明日から信州に旅立つ。本当に何のために行くのかがわからないのだけれど、とにかく行くのだ、仕事ではない。気が重いのは独りで行くのではないということ、よりによって、女。この暑いのに鬱陶しいったらありゃしない。車中で何をしゃべってあげようかと気に病んでいる。若い女なんてどうせ、歌とかドラマ、花火に食い物のことか。

うまいものなんてかんたんに口にするけれども、いったい「うまそうに食らう」という行為がどれほど行儀の悪いことなのかを彼女たちは誤解している。身に入れる、生命維持のためのことだと割りきればそれでよいことなのに、それをそのことを楽しもうとする。いや稀にその権利のある人種もいることはいる。特権的なそいつらを僕は快楽主義者とよぶのだが、右をみても左を眺めても贋者ばかりだから、僕はかえって怪しむ。
分際をしれ、なんてことをいっているのではない。流行を憐れむのではない。
右にならえの単純単調なムーブマン、眠りこけて目を覚まさない反骨のエスプリ、トライコードのメランコリーをふまえないにわか美食家を憂いている。使い込まれて骨皮に痩せ細ってしまったエピキュロスが目に浮かんでくるのである。

かわいい女なのが唯一の救いだ。せいぜい退屈させないように遊ばしてあげようと、いちおうは考えている。

エイトック

2004-08-01 18:57:04 | PDA
念願のATOK Pocketを導入した。MS-IME98というのが、これがなんともやっかいな代物で、どうにかならぬものかと常々考えていたのだ。TIPSなどでATOK-Pの不具合が報告されていたのでためらいがちに、UPDATEモジュをインストして・・・リセット&リセット。
はは、これはいい!ちゃんとした日本語に変換される。一文字打っては確認してなんて七面倒がなくなった。もういいやってんで、平仮名で済ますようなこともこれからは減るだろう。
それではとPCの辞書をJORに移してやろうとテキスト出力をしてみるとなんと・・・僕の辞書っていうか日本語ってこんなものだったのかと寂しくなってきた。いやこれは僕個人のPCだからと颯っと事務所のPCどもに思いをめぐらせても、あれらを文章書きに使った記憶はない。
だいいち僕は日本語が不自由だ。東京訛りと河内弁、英語とそれとなにやらわからぬ自分語、酒を飲むと、いや飲まなくてもこれらがごっちゃになって、えもいわれぬ奇妙な発語をしている己に気がついてはっとすることがある。
よい日本語なんてあるのかないのか知らぬが、これはATOK導入ついでに気まぐれで綴った悪文の代表選手のようなものだと、いま読み返しながら感じた。

以上、締めの文句も浮かばないので、この文章はここで止めておく。