日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「N2」まで、(非漢字圏の人が)勉強を続けるということ。

2019-06-13 09:49:19 | 日本語学校

晴れ。

一週間ぶりの晴れ。「旧暦」では、今は、「皐月」のうちなので、この晴れを「五月晴れ」といってもいいのでしょうね。みごとな青空です。

さて、「Cクラス(初級)」では、夏休み前に、『みんなの日本語Ⅱ』が終わるということで、それぞれ(在日生)が、どこまで勉強を続けたいかということを聞いてみたそうです。すると、何名かが、「これで終了にしたい」、そして何名かが「『N3』合格まで頑張りたい」と言っていたそうな。

このクラスは、今のところ、「在日生」の中に中国人はいませんから、『初級』が終わっても勉強を続けたいというのは、大したことなのです。普通は、これくらいで、「日常会話」ならできますし、簡単なアルバイトなら大丈夫でしょうから。

私たちにしても、「○○国の人は、だいたい『みんなの日本語Ⅱ』に入ってからやめてしまう」とか、「△△国の人は、「テ形」、「ナイ形」、「辞書形」にいったくらいで疲れてしまう」とか、なんとなく、そんな感じもあったのですが、最近は、学校に来る人達の国も増え、あまりそんな捉え方をすることもなくなりました。

普通、「子供がいて、勉強の時間がなかなかとれない」とか、「(高校)を離れて何年も経っているので、机についていると疲れてしまう」とか、そういう理由でやめていくのでしょう。これは国とかは関係ありません。ただ、「非漢字圏」の人で、まず「N3」や「N2」まで、勉強が続けられる人はそうはいません。勉強を続けるつもりであっても、家庭の事情で、一時帰国せざるを得なくなったりすると、もうそこで切れてしまうようなのです。1か月も(学校を)離れていると、忘れてしまう部分も多いでしょうし、その期間、(学校でも)勉強は進んでいますから、追いつけないのです。

これは、中国人であっても、そうでした。「そうか、定着する前だと、簡単に消えてしまうのだなあ」と、気づかされたことが幾度となくありました。学校で勉強を続けている分には、「できる。わかる」つもりでいても、(学校を)1か月でも離れていると、途端に「日本語」が記憶から遠ざかってしまうようなのです。「一級(旧N1)」なんて楽勝だと思われていたのに、一時帰国した後は、散々な結果になった人もいたくらいでしたから。

これが、「N3」とか「N2」のクラスに在籍している在日の方となりますと、違ってきます。「N3」クラスにいるような「非漢字圏」の在日の方は、たいてい、こちらが留学生達に「爪のアカでも飲んでみろ」と言いたくなるような人達ですし、それが「N2」となりますと、よく時間が作れるものだとあきれてしまうほどなのです。

留学生の場合は、2年目の「N2」受験までいけた人達、あるいはそれに準ずるレベルまでいけた学生達には、12月の「日本語能力試験」後は、進学してから困らないように、「文学作品」を少しばかり扱ったり(古典も含みます。中国人学生が多い頃は、漢文の入門編なども入れたことがありました。「レ点」や「上中下」、「歴史的仮名遣い」などには、溜息をついていましたが)、20世紀の歴史などを、DVDを見せながら、説明したこともありました。

このときに役立つのは、中・高の教科書であり、参考書。これらが、ある程度わかるくらいの日本語力を備えていないと、いくらこちらが準備しても無駄になってしまいます。もとより、各国には、各国の事情があり、自分たちに都合のいいようにしか教えられていないこともあるでしょう。歴史を歪曲とまでは言えませんが、「黙せば、素通り」と同じことですし。

日本でも、歴史には、それぞれに、いくつもの見解があり、学説というのも発表されています。彼等の国と違うのは、それが皆、発表されているということでしょうか。「政府見解」での歴史は、日本では成立しません。すぐに、異を唱えられてしまいます。門外漢にとっては、この「言い争い」自体が面白いのです。が、それがわかっていますから、誰も敢えて火中の栗を拾おうなんて思わない。拾いたがるのは学者や研究者くらいのものでしょう。また、始まれば、それを、待ち構えて、面白がる人も大勢いるのです、日本には。

だいたい、「正しい歴史観」なんてありませんもの。歴史観というものは時代によって作られる面もあるでしょうし。この「ある方向から見て」とか、「ある方面では」という数が増えれば増えるほど、歴史は立体的となり、立ち上がってくるものなのでしょうし。

とはいえ、「地図」は正直ですし、各国から集められた「フィルム」も正直です。編集の仕方に難癖をつけようとすれば、いくらでもつけられるでしょうが、「それでは、そうでないものを持って来てくれ」と言われれば、やはりそれはできないでしょう。プロパガンダのために作ったものは、必ず底が割れてしまい、却って信用をなくしてしまいますもの。

多分、そこが、「歴史を語る者」が畏れていることかもしれません。安易に主張することは、己の知識の浅薄さをあからさまにするようなもの。とはいえ、日本にいる以上、そしてこれから進学し、後には日本で仕事をしようとしている者にとっては、必要な知識であることは間違いありません。

ここ数年、こういうことができないまま、卒業させざるを得ない状態が続いていました。今年は、それができるのではないかと少々期待しています。

日々是好日
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