日本語学校からこんにちは ~水野外語学院~

千葉県市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「生まれたところの価値観、倫理観から、なかなか脱することができない、人というもの」。

2012-01-12 09:49:22 | 日本語の授業
 さてさて、ブログとは厄介なものです。私としたところで、同じ人のブログを毎日見るというわけでもなく、だからそれ一回で(その人の心待ちなり、判断力なり、見識なりを)判断するのはいけないということは判っているのですが、ややもするとそうなりがちであり、それ故、他人の事は言えないのですが。

 私はこのブログで、よく愚痴を言います。愚痴を言うどころか、時には怒り、感情的になってしまうこともあります。相手を自分とは遠い存在であると感じていれば、まあ、私としても、当然すべきであること以上をやってやったのだから、後はその人が決めればいいと突き放して見ることもできるのでしょうが、1年ないし、2年ほどを、「毎日を共にする」と言ってもいいような状況の下で過ごしてきたわけですし、それも「目的を同じうして」ですから、相手(学生)に対して気合いが入ってしまうのです。他人事とは思えなくなってしまうのです。

 私は、別に宿命論を奉じているわけではありませんが、そういう中で、人の一生というのは、変えられないものなのかと、悲しく辛く切なくなることが度々あります。

 随分前のことになりますが、言語に関する分野で、高い能力を示した学生がいました。日本語が上達するにつれて、私にも、それが言語の分野だけにとどまるものではないということがわかりましたので、それで、彼女に、大学進学を考えてみるように言ってみたのです。ところが、出た反応は「とんでもない。そんなこと、考えたこともない」といったものでした。

 彼女の頭には、「借金までして日本へ来た。毎日学校へ通って、しっかりとビザはとる。そうすれば、日本語学校の2年と専門学校の2年とをあわせて、4年間は日本にいられる。その間、まず借金を返し、それから稼げるだけ稼いで、帰国する」しかなかったのです。

 彼女の母国での環境がそれで、その世界から抜け出すことが出来ないのです。せっかく、日本へ来たというのに。

 彼女の世界でも、近い存在の人達の中に大学に行った人がいなかったわけではないでしょうに、それに、彼女には「大学に行くだけのお金は稼いでいるし、能力がある」でしたのに。それであっても、それ則ち「大学へ行って、学ぶ」には、どうしても繋がっていかなかったのです。

 それで、私たちとしても最後の手段です。これは別に騙しているわけではないのですが、そういう学生には、「受けるだけ受けてごらん。行かなくてもいいから。試し、試し。自分の力がどれだけあるか知ってみたいとは思わない?」と言うことにしています。努力して懸命に勉強しているうちに気持ちも変わるかもしれないですから。このまま金を稼ぐだけであったら、どう考えても惜しいのです。彼女の実力から考えてみて、国立の名門校を受けさせることにしました。

 当時、日本語能力試験の「一級」に合格することは、彼女にとってそれほど難しいことではありませんでした。だいたい、試験問題というのも、それほどの「知識」は必要ではありませんし、彼女の記憶力も、テスト問題でも一度見たら、直ぐに覚えてしまうといったくらいでしたから。

 彼女の日本での生活というのは、「部屋で教科書もノートも開いたことがない、勉強するのは学校だけ」。その学校での勉強というのも、アルバイト疲れで、半分眠っているような状態でした。にもかかわらず、ディクテーションも毎回ほぼ完璧に近い状態でした。

 そういう彼女でしたから、百歩譲って、受験することにした時以降でも、アルバイト優先です。けれども、国立大学は、それだけで合格できるはずがありません。日本語の力だけでは、全くだめなのです。論文書きの練習、それに日本史の知識や読解力(ある程度の知識も必要になってきます。一級試験のように答えやすい設問が出されるわけではありません)が要求されます。

 私も授業がありますから、いつもいつも彼女に都合のいい日に、個人レッスンが出来るというわけではありません。それで「土日に出て来て勉強しろ」と言ったのですが、「アルバイトがある」と言います。

 いよいよ試験が迫って来た一月には、そんなことは言っていられませんから、「もう時間がない。今度の土日は、アルバイトを休んで出てこい」と、かなり厳しく言ったのですが、相変わらず、「休めない。アルバイトがある」です。自分の休みの日じゃないと、一緒に勉強できないのだと言います。

 それ(一月)までは、(彼女には)お金の問題もあるし、大変だろうからと、私の方で知恵を絞って、短い時間でどうにかなるようにと考えながら教えていたのですが、そんなこんなで、どうあっても合格するための勉強をさせていくには時間が足りません。それで、私の方でも、プッツンいって、「もう教えない。これは、私のことじゃない、あなたの問題だ。自分で頑張る気がないのなら、やめてしまえ」とやってしまったのです。

 すると、そのころには、同じクラスの中国人が皆、大学を受験したということも関係していたのでしょうし、その(彼女が目指していた)大学が名門校で、日本人ならだれでも知っているということもわかっていたのでしょう、他の教員に、私にわびを入れてくれと言いに来たようでした。

 それで、不十分ではあっても、どうにか、ある程度の勉強ができて、その大学に合格できたのですが、それからしばらく経って、他の学生から「(彼女は)初めは大学に行っていたようだが、国に帰って、もう数ヶ月、戻ってきていない」ということを聞きました。

 頑張れば、奨学金ももらえたでしょうに。彼女には、これまでの世界(中国)での価値観(倫理観)でしか動けなかったのです。

 家庭が仕送りできるほど裕福ではないとか、借金をかなりして来日しているとか、日本で学んでいる外国人学生達の背には、さまざまな荷が負われていることが多いのですが。
その荷をすべて返して、日本で大学に入ることができても、そして身体だけは日本にいてかつての世界から離れていても、心が母国(母国の習慣とか価値観など)から離れることができなければ、やはり、元に戻ってしまうのです。

 日本で働くにせよ、母国で働くにせよ、日本で大学を出ていれば、今(日本語学校を卒業してからとか、専門学校を卒業してからとか)、帰るよりも、ずっと彼らの両親のためにも、兄弟のためにもなるであろうに、それが想像できないのです。苦しいのは今だけ。関を一つ越え、二つ越え、三つ越えと、いくつも越えて、せっかく有名大学に入れても、彼女の生まれた環境の制約(これは心の持ち方一つだと思うのですが)から逃れることは出来なかった、逃れると言うよりも、自分からそこにまた戻っていってしまった。

 来日後、もう少し生活にゆとりがあったら、いろいろな物を見たり、聞いたりして考える時間があったでしょうに。学校に来ることも、彼女にとっては、おそらく義務であり、学んでいるという積極的な気持ち(好奇心を満たす)ではなかったでしょう。もう少し、勉強の方に心を向ける余裕があったら、彼女もこの学校にいる間に、中国で培われた価値観から離れることが出来たかもしれません。けれども、大学に行った後、大学では普通「自主・自立」ですから、個別に面倒見てくれるわけではありませんし、それほど堅固ではなかった(まだ、少しぐらつき始めた程度だったのでしょう)己が、元の世界に戻っていくのに、それほどの時間は必要なかったのでしょう。

 少なくとも、そういう環境にある学生が、日本で勉学に励むには、ある程度の、「わがままであること」が、必要になります。ふるさとでの価値観では「いつも親に、たくさん仕送りしてくる子」の方が、「仕送りを少なくして、勉強している子」よりも、いい「いい子」であるのでしょうから。「見えるもの」でしか、人は判断できません。「勉強なんて、つまらないことをして、金を送ってこない子」は、ふるさとでは「いい子」に見てもらえないでしょうから。

 それも、私たちには、判らないことはないのです。彼らの所では「金がすべて」で、金さえあれば何でもできるし、反対に金がなければ何もできない。それどころか、それが原因で、人としての尊厳が奪われることも、日本の比ではないのでしょうから。嵐の中に、裸で突っ立っているような、そんな気持ちにもなるのでしょう。才能があっても、見出してくれる人はいない。見出せるほどの能力や資力のあるうな人は、どこの国にもいるでしょうが、農村に生まれてしまえば、そういう人に出会い、助けてもらえるというチャンスも、皆無に近いのでしょう。

 ただ、国を出るということは、違う価値観を知る機会に恵まれたということです。もちろん、新しい価値観だから、すべて正しいと、決まっているわけではありません。が、初めっから、「働く」気持ちで来ていると、何も変われないのです。「見れども見えず、聞けども聞こえず」です。心に響いてくるものを一つ一つ拾えとは言っていませんが(そういうことができるだけの時間も余裕もないのです)、1つでも響いたものを大切にできるだけの感性は、「聞こう、見よう」という心がけがない限り育ちません。日本にいながら、自分の国で働いているのと同じになってしまうのです。

 人は、生まれてからの環境を、檻と悟れずに満足できるもののようです。まあ、これも、私たちの、ひとりよがりの感傷にすぎないのかもしれませんが。

日々是好日
コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「新学期」。 | トップ | 「モンゴル国から来た学生」。 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

日本語の授業」カテゴリの最新記事