日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

クラス分けも、なかなか難しい。

2019-04-23 08:41:05 | 日本語学校

曇り。

昨日は「真夏日」でした。もう半袖で歩き回っても、少しも変じゃないような日でした。

怖いですね。

つい、この間まで、「寒い、寒い。いつまでも、冬物のコートをクリーニングに出せないじゃないか」と、騒いでいたのがうそのようです。早朝は、まだ、上に一枚は羽織っておいた方がいいにしても、厚手のコートなどを着ていると、ちょっと「あれっ」と見てしまいます。まして、それが「春の色」でなかったならば、尚更です。

この、「春の色」というのも、おかしなモノで、いったい誰が決めたのでしょうね。それに、別に、守らねばならなぬものでもない…はずですのに、どうしても、それに縛られてしまいます。

春に、まだ、冬めいた色のものを着ていますと、なにか「暑苦しい」という気になってしまいますし、その人に、あるいは着てしまった自分に「もう春だよ」と言ってやりたくもなる。

軽やかな、サクラ色のものとか、「菜の花」の黄とか、「若葉」の緑などを着ているのを見かけると、なぜか心までポカポカと春の陽を感じて、ホッとしてしまうのです。我が身のことはさておき。

その上、藤の花まで咲いてしまいますと、もう春を通り越して、夏色の服になっても、少しもおかしくなくなっています。

こういうの、学生達はどう見ているのでしょうね。

以前、中国人の学生からは聞かれたことがあったのですが、それ以来、とんと聞いたことがありません。

さて、学校です。

昨年の4月に来た学生達を「A」と「B」の二つのクラスに分けているのですが、それほど素質に差があるというわけでもなく、「Bクラス」の中には、「Aクラス」の学生よりもずっと出来る学生もいます。

これは、住んでいるところが遠いので、午後のクラスの方が、学校で眠くならずに勉強出来るとか、在日の方であれば、午前はどうしても時間が取れない(9時に間に合わない)ので午後の方がいいとか、学力だけで、クラスを分けているわけではないのですが。実際こういうわけで、それだけでは分けられず、本人の希望(つまり、どうしたら、今よりも勉強に精が出せるか)でも、考えざるを得ないところがあるのdす。

本来ならば、きっちりと学力で分けたいところなのですが。

ただ、勉強の習慣がついているかどうかというのは(留学生に限って言えば)、明らかに差はあります。それから、自分のレベルがわかっているかどうかというところにも、多分、差は出ていますね。アルバイトで困ることがない、また、お客さんなどから、「どこの国の人?日本語が上手だね」などということを常に言われていると、どうも本人までそんな気になってしまうのでしょうね。極端に言えば、「わかりますか」と問えば、必ずと言っていいほど「わかります」と答える。「では」と、読ませるてみると、読めない。「読めないのにわかるのか」と追い打ちをかけると、黙ってしまう。

学校では、何も、アルバイトをするための日本語を教えているわけではありませんし、そこで停まってもらっても困るのですが。実際の日本の生活で不自由なければ、それで「よし」となってしまうのでしょう。

アルバイトでは、常に日本語が聞けますし、またそれに対する応答などを通して、反応も速くなる。とはいえ、決して「よいこと尽くし」ではありません。低空飛行で終わってしまいがちになるのです。

「読めるか」「読んで意味が判るか」が大切なのです。

アルバイトでは、毎日が、たいてい、同じ言葉の反復練習のようなもの。もちろん、これは、確かに大切で、「天気予報を毎日聞く」練習と同じようなもの。同じ言葉を何回も聞いているうちに、だんだんと「聞く力」が増していき、自然と他の単語も覚えられるようになってくる。これは、基本の基本で、それ以上というか、ここで停まると、外国の「お土産物屋のお兄ちゃん」で終わってしまう。

まだ、日本の小説などを読む力のない人達にとって、文法事項は自然に覚えられるものではなく、学校で基本から学ぶ以外に手はありません。日本で生活するくらい(工場のアルバイトや飲食店のアルバイト。つまり手伝いくらい)であれば、「N4」レベルの文法とあとは仕事に必要な単語くらいで十分です。漢字だって、100くらいでも覚えていれば、御の字でしょう。

ただ、留学までして、それでいいのかということなのです。

だって、(日本人が)普通に話していて、ただ、それだけしか文法を使っていないということなんて、あり得ませんもの。自然、日本人が話していることがわからないということになってきます。

普段、一応、ペラペラ話していますから、日本人だって、わかっていないとは思いません。けれども、何かの拍子に、「もしかしたら、全然、わかっていないのじゃないか」と思い出せば、もうその人の日本語のレベルを上に見ると言うことはないでしょう。だいたいこういう人は、下手だと見られないために、相手の話を聞こうとはせずに、しゃべりまくりますから。そして相手を煙に巻いているつもりになっているのでしょう。もちろん、一抹の不安はある。だって、相手の言っていることがよくわかっていないのですから。

嫌な言い方ですけれども、相手の日本語力を知りたかったら、「読ませるに如くはなし」です。これは「漢字圏」「非漢字圏」を問いません。読む時の文の切り方、続け方などをみていれば、意味が判っているかどうかもわかります。それに、漢字が読めなければ、(会社で)書類を出して、それについて聞いても、役に立たないでしょう。結局その人にやるのは無駄ということになる。

日本にいながら、この国の言葉を捨てさせ、全部英語でやるという会社なら、話は別ですが。そうやって(その人が)この国にいても、大多数の日本人とは話が出来ないでしょうし、旅行に出ても、その地の日本人とは上っ面だけの話しか出来ないでしょうから、知的な人の大半はそういう生活は嫌じゃないかしら。片言でも理解し合いたいというのが普通ではないでしょうかしらん。

どちらにせよ、日本語を学びたいと思い、留学までしているのですから、頑張ってもらいたいものです。

日々是好日
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