日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

今日も雨。3月並みの寒さです。

2018-05-09 08:54:40 | 日本語学校
雨。

一昨日から、ずっとというわけではありませんでしたが、まるで梅雨時のような降りです。昨日、今日と3月並みの気温。

この「○○月並み」というのは便利ですね。すぐに判ります。「5月なのに、『3月並み』」と言われれば、冬のようなと言われるよりもグッと身近に感じられますし。

と言うわけで、学校ではまた「風邪引きさん」があちこちに出没し始めました。日本人だって「出没」するくらいですもの、日本の気候になれない人達は、そりゃあ、そうでしょうねえ。

特に、一年を通して気温の変化がそれほどない地域から来ている人達は、一日ごとに「寒いです」とか、「暑いです」とかを繰り返しているような感じです。面白いことに、春に、「寒いです」とか、「涼しいです」とかを、一人が言ってしまうと、だれかが「春は暖かいです」と言い直して、それから首を傾げるのです。

どうも、この季節感が呑み込めない人達に、「春は暖かい」「夏は暑い」「秋は涼しい」「冬は寒い」と教え込んだことが災いしているようで、「春に、暖かくない時はどう言ったらいいのだろう」と、思い込まされた言葉を言った後で、「これでは自分たちの感覚を言い表せていない、どうしよう」となるのでしょう。

少しくらいなら「肌寒い」が万能。とはいえ、今日のような日は「寒い」で結構。本当に寒いのですから。

というわけで、学校です。

連休も明けたし…ということで、昨日「Aクラス」の学生達に、進学について訊いてみました。驚いたことに、はっきりと「大学へ行きたい」と答えたのは、たった一人だけ。その時には言えなかったのか、授業が終わってから、もう一人が、自分も大学に行きたいのだけれどもと言いに来はしましたけれども。

けれども、このクラスでは一番下のレベル、つまり「まず、漢字が読めないし、書けない。ということは、文章が読めない」わけですから、勉強の上では、困ったさんの一人なのです。

行きたいという彼女の気持ちを無下にするわけにもいきませんから、「そのためには、今、どうすればいいか考えてみよう」と言うと、「時間がないからできない」と言うのです(判ってはいるのでしょう。漢字を覚えなければならないし、今日、勉強したことは、また今日中にしっかり復習しなければならないということなどは)。で、(私の)本心では「それ、来た」です。「それができないのなら、諦めるべきだ」なのです。漢字の練習のことを言うと、「時間がないから」それと「難しいから」というのは、スリランカの学生のみならず、ネパールの学生もよく使う言葉なのですが、きっと彼等にとっては、万能薬のようなものなのでしょう。

だいたい、時間がないはずはないのです。訊くと友達とよく集まって食べていたり、どこかへ行ったりしているようですし、アルバイトの時間だって(規則がありますから)それほど多いとは言えない。いったい何をしているのだろうと思われるのですが、結局、だらだらと過ごしているのでしょうね。時間がないのなら、学校の休み時間などを使って、一字でもいいから練習すればいいことだし、それができないのなら、やりたいことを諦めて帰るか、あるいはまだ日本にいたいのなら、どこかの専門学校に行くことを考えるかすべきなのです。

もちろん、「私は、何々がやりたい」が言えることが一番大切でしょう。けれども、そのために努力しなければなりません。皆、天才ではないのですから。それなのに、しない。しなくて、シレッとして平気である。スリランカの学生は往々にしてこういう人がいて、「私は車の修理を勉強したい。車が好きだから」と言うのですが、言ったからそれなりに勉強するかというと、しない。

しかも、専門学校の試験に、分数式や小数点の問題などが出るのですが、これが分からない。これが分からないのに、車の勉強ができるの?と(日本人などは)思うのですが、彼等のところでは、いわゆる「見て」「教えてもらって」「覚える」ものなのでしょう。自分で計算して、そして解決するのではないらしいのです。実際のモノに触り、動かしながら、解決策を考えるというやり方でやるのなら、確かに、分数式や、まして、分数と小数点が絡んだような問題は必要はない。

とはいえ、基礎学力は必要です。「見て、触って、考える」やり方なら、わざわざ日本に来るまでもないでしょうし、先進的な機能を備えた車ではそれでは、もう対処できないでしょう。

これは、彼等の頭脳が格段に劣っていると言っているのではありません。まず、母国できちんと勉強していないのでしょう。あるいは勉強したことはあっても、判らないままでスルーしてきたのでしょう。大半がそういう人達であれば、教師だって、相手が判っているか判っていないかなんて気にしないはず。生まれつき、少しばかり頭のいい子が、勝手にわかり、普通の子は置いておかれたということなのでしょう。

車をやりたいというスリランカの学生に、算数(数学レベルではありません)を説明しているのを覗き込んだ、同じく自動車を学びたいと言っていたベトナムの学生が、「先生、本当に(彼は)判らないの?」とあきれていました。

彼も自動車の修理などを学びたいと言っていたのですが、専門学校に見に行ってから、もう諦めたらしいのです。専門学校の「数学が難しすぎて判らない(日本人の数学は難しいという言い方で言っていましたが)」。

何せスリランカの学生はその前の段階ですから、これがどの程度の難しさなのかなんてわからないのでしょう。足し算引き算で四苦八苦で終わっています。これでは、分数や小数点のある問題のかけ算は教えようがなく(実際は公文式問題集を使ったのですが)、母国語で習っても判らなかった人に、大して上手でもないのに、日本語で教えられるか。

とにかく試験は合格したのですが、専門学校から算数問題集が送られてきて、「入学するまでに教えておいてください」。

これはおかしいですね。そちらがこのレベルでいいと合格させたのですから、あとは向こうの責任です。

もちろん、合格して、有頂天の彼は、見向きもしませんでした。入ってから苦労すると試験を受ける前に諄く言っておいたのですが、大変さは想像できないのでしょうね。だから、受けると言うのでしょうし、だから、行くというのでしょう。

日々是好日
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