日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「大学で何を勉強したいかを考えることができるのも、能力の一つ」。

2012-08-28 14:48:51 | 日本語の授業
 身体がこの暑さに慣れたのでしょう、今朝の風は、とても涼しく感じられました。

 小学校の校庭にある、「サクラ(桜)」の樹の上から、蝉の押し殺したような声が聞こえてきました。秋の蟬というと、どうも嫌な感じがするのですが、真夏の蝉の、「我が世の春」と言わんばかりの「時雨」声に比べれば、栄枯盛衰を悟ったような、そんな悲しみの声とも感じられ、路上に蝉の亡骸が落ちていないことさえ(一二週間前まで、そこここにいくつも落ちていました)哀れに思われてきます。

 この声も、少し前までは、「あちこち」からだったのですが、「今」では、蝉のいる樹を特定できるのですから、蝉にとっては受難の季節。木の下に子供の影が見え隠れしていますもの。

 樹々の木の葉が、若葉色から濃い緑に変わり、黒ずみ、そして陽に灼けて縁を巻き上げられ、静かに切り離されていくのも、多分、もうすぐのことなのでしょう。

 ところで、今日から、教員が二人、北京へ出張します。今頃は電車の中かしらん。この「行徳」という町は、「羽田」へも近いし、「成田」へ行くのも便利な所にあるのですが(勿論、成田より羽田の方がずっと近い)、羽田に国際便が止まるようになってから、「今度の学生は、「羽田」から、それとも「成田」から」と注意しなければならなくなりました。

 先だっても、学生の知り合いが迎えに行くというので(その時は学校の教員は行きません)、直接、学校に連れてくるようにと頼んでおいたところ、その人から電話。「疲れました。今日はそのまま自分の家に連れて行きます」。

 聞くと、(外国から来るのだから、)「成田空港」だと思い込んで、何の疑いも抱かずに、東京から一路、「成田」に向かい、そこで、じっと待っていたのだそうです。ところが、いくら待っても、学生が出てこない。それで不安になって、空港の係員に聞くと、その便は「羽田」と言われ、慌てふためいて、今度は「羽田」に向かい、やっとの事で学生と会えたというのです。

 ほっとしたのでしょう、会えたのはいいけれども、その時には精も根も尽き果て、「家は直ぐそこなのに、またどこかへ行かなければならないのか。もうどこにも行きたくない。もう嫌だ」ということで、学校に、断りの電話をかけてきたという次第。

 この人は、運良く会えたからよかったけれども、学生が、来たばかりの異国で、一人ぼっちであったとしたら、やはりとても不安で、悲しく、辛く、寂しかったことでしょう。

 さて、昨日、大学進学を控えている学生が、専門のことで、ちょっと相談があるといってやってきました。私はお客さんがいて、他の部屋にいたのですが、終わってからそちらへ向かうと、「オープンキャンパスへ行って、いろいろと(教授に)聞いてきた。それで、専攻を考え直したい」と言うのです。

 彼女は、国で大学を出ており、日本でも、その専攻を引き続き学んでいくつもりだったようなのですが、私たちにしてみると、それでいいのか?というような感じだったのです。

 いろいろなことに興味を持ち、どちらかというと、狭い専門の枠の中で、何かをコツコツとやっていくようなタイプにはあまり見えませんでした。それよりも、幅広くいろいろな人と付き合い、自分の世界を拡げていった方がよいようなタイプに思えたのです。それで、幾度となく、それとなく他の分野も見て見ないかと誘ってみたのですが、その頃は、まだ専門一筋で、あまり聞く耳を持たなかったような気がします。

 いくら大学を出ていようと、日本に来て他のことを学びたいという気になるのは当たり前のこと。学べることがたくさんあるのですから。ただミャンマーからの学生で、やはり頭がいいなと感じさせるのは、彼らが大学からやり直そうとすることです。大学四年間を学んだものとそうでないものとの差をしっかり知っているのです。

 この点は日本人と同じです。大学四年間を高校での勉強と同じようなやり方で過ごしてきた人たちは、必ずと言っていいほど、「私は大学を出たのだから大学院へ行く」と言います。「全く専門が違っていても」です。この四年間に学びうるものの大きさが想像出来ないのでしょう。「四年間(その専門を)やって来た人と戦うの?かないっこないでしょう」と言っても通じません。多分彼らの国の大学院はそれくらいのレベルなのだろうなと私たちは思うのですが(研究生活の入り口というよりも、口を開けてエサを待っている状態、教えてもらう気でいる)、そう思われているということすら理解できないのです。

 だから彼女のように「勉強したいです。だから大学へ行きたいです」という学生がいるとホッとするのです。ミャンマーからの学生も、これまでは、国で大学を出ているから日本では専門学校でいいという人が多かったのですが、それが去年、一昨年辺りから大学へ行くのが普通になってきました。これも一歩一歩ですね。 

 とにかく、学ぶには、「好き」というのが一番。現時点において、多少、能力的に劣っているように思われていても、人というものは、好きなことであれば、それこそ懸命になれますから、いつの間にか、その人の(表面に現れているところの)100%を超えていたということだって少なくないのです。「10」くらいの能力しかないだろうと思っていたのに、好きなことを倦まず弛まずやっているうちに、いつの間にか眠っていた脳細胞までもが活発に動き出し、「20」や「30」、時としては「50」もの力になっていることだってあるのです。

 だから、進学先を相談された時、「卒業後、得だから」とか「みんなが行っているから」とかいった理由で選んでいるようでしたら、いつも、もう一度考えてみるように勧めているのです。答えが出なくとも、それを考えてみたことがあるというのも、最後は、その人の力の一つになっていくのでしょうから。

日々是好日
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