日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

少し、秋の気配がしてきたような…。

2018-08-16 10:11:04 | 日本語学校

晴れ。

まるで台風のような強い風が吹いています。しかも秋の風のように、ひんやりとしています。

「立秋」が過ぎた頃には、「へえ。これからは、残暑となるの?まだ猛暑でしょ」と巷では囁かれていたのに、お盆が過ぎると、これです。

とはいえ、8月中はよく台風がやって来ました。なのに、関東のこのあたりでは雨が恋しくなるほど…降らなかった…。けれども、天気予報図を見ていると、同じ関東の、あっちゃこっちゃで、雷様のマーク、オレンジ色のバッテンがついている。ここでも、1度だけだったと思うのですが、遠くで雷様の太鼓の音が聞こえていたことがあったような…、それくらいのもの。

ただ、台風の卵の熱帯低気圧が、南の海のそこかしこで、生まれているようですから、これからどうなるかわかりませんけれども。

さて、学校は…どうですかしらん。

「お盆」前には、二人ほど学校に勉強に来ていました。一人は毎日のように来ていたのですが、これも高校受験を控えていれば、ノホホンと帰国して遊ぶというわけにはまいりますまい。そしてもう一人は、「珍しいね」と問いかけると、「部屋では勉強できないから…」。言われてみれば、確かにそう。休みだからと言って勉強するようには見えない…他の面々は。

こういう東南アジア(ベトナムを除く)、南アジアから来ている学生達の、共通点の一つに、自分のレベルが見えないということがあります。これは日本人の私たちだから、特に強く感じてしまうことなのかもしれませんが。

彼等は、つまり、話せれば、いいのです。おそらく、何語によらず、会話さえできるようになれば、それで終わりなのです。日本語にしてもそうなのでしょう。読んで知識を増やすとは、ならないのです。「学ぶ」とは、「『アルバイトで困らない言葉が話せればいい』のとは違う」のが、わからない。日常会話レベルで終わってしまい、これではなんのために学校で勉強しているのかわからない…。

学校では、読めなければ…と言い、そのためには文字を覚えなければ…と言う。文字も「ひらがな」だけでなく、「カタカナ」も覚えなければ…と言う。一応、「ひらがな」「カタカナ」ができれば、次に「漢字」となる。それなのに、だいたい「カタカナ」で躓いて、その後の「漢字」というのまで続かない…。

だいたい、アルバイトでも、電車などで出会う日本人でも、日本語でそれなりに話せさえすれば、皆、一様に「日本語が上手ね」と言います。それで、「そうか、(自分は)上手なのか。じゃあ、勉強する必要なんてないや」となる。それでも「やれ、やれ」と言うのは、学校の教師くらいでしょう。

文字が読めなくて、彼等の最終の目的である「日本の会社に就職」できるものか。

ところが、話せるだけで、入れたりするのです。でも、後が大変。猫を被って面接をしているわけではないのですが、日本人にとって「外国語はヒアリングが一番難しい」ものですから、「ペラペラ話してみせる」だけで、「すごい」になってしまう。ほんとうは、適当に話せるだけで、社会人が普通に使う言葉も文法も全然わかっていないのに。

アルバイトでは、それほど複雑な思考は必要としませんから、日常会話でどうにかなる。ところが、そこで、ある程度の責任を持たされたりしますと、「理解力」も必要になってくる。まず、相手の指示を正確に理解し、その指示通りに事を運ばなくてはなりません。あるいは、スタッフに指示を出さなくてはならないこともあるでしょう。

ここで躓くのです。やはり「ひらがな」の世界で生きているだけの人は。

私たちが思っている以上に、会社では(日本人同士の)、「漢語」が多用されているのです。「ひらがな」だけの言葉で、指示を出そうとすると、これが思いの外に難しい。子供相手はいい、しかし、相手は大の大人。仕事も普通にできる。ただ指示を出しても正確には分からないし、相手の指示もはっきりとは伝わらない。

ということで、日本の会社に入っても、日本人から見れば、「判らないのに、訊かないで誤魔化すヤツ」となるし、向こうから見れば「指示を出しているのに、その通りにできない、あるいは遣ってくれない嫌な日本人」ということになる。

漢字を書けるようになって、そしてその時に訓読みも音読みも覚えて、音読みの単語をどんどん覚えていけば、将来役に立つ。そうしなければ、日本にいても、いずれ困ることになる。

そういうのは、判っていることなのですけれどもねえ。

彼等が、今、いわゆる「日本人と話しているという日本語」、アルバイトで使うような日本語の世界とは、違うのですけれどもねえ。いくら言っても、それは判らないようです。

ペラペラ話せるようになってからが、「始まり」なんですけれどもねえ。やはり、目的意識がそれほどない人には、これは、とても難しいことのようです。

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