日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

教室の中に、ブラックボックスのように真っ暗で、寂しげに座っている人を見るのは、悲しい。

2019-04-19 08:52:21 | 日本語学校

晴れ。

「ソメイヨシノ」などの一重の「サクラ」が散り、今は「ヤエザクラ」系の、重たげな「サクラ」が真っ盛りです。この「ヤエザクラ」系。どうも馴染めなくて、陰で、いつも「ああ、あの『ブタザクラ』」などと悪口を言っていたのですが、最近、テレビで、いかにも軽やかで、可憐な「ヤエザクラ」を見てしまってから、嫌でも、認識を新たにせずにはいられなくなりました。…悪口ばかり言って、ごめんなさい。

そう言えば、「八重」の「ヤマブキ」しか、知らなかった頃には、「一重」を見て、びっくりしましたっけ。その時も、「これは本当の『ヤマブキ』じゃない」ような気がしたものでしたが、「ヤエザクラ」に馴染めなかったのも、「一重」に慣れすぎていたからかもしれません。

見知っていたもの、慣れ親しんできたもの、特に、それに、なにがしかの思いが重なってしまうと、似ているだけに、どうも、似て非なるものに対する拒否反応めいたものが生じてしまって、却って苛立ちを覚えてしまう。「これじゃない」とか、「そうじゃない」とかいった思いに駆られてしまうのでしょう。

しかしながら、この「花」の華やかさも、もう少しで終わり。もうすぐ、新緑の季節になるのでしょう。今のところ、霞のような、緑のモヤモヤでしかないのですが、それぞれが自分なりの「緑」を身につけ始めると、初夏になったという気分になってきます。そしてその「緑」が厚く、重くなると、真夏になり、色を変え始めると、秋が始まり、そして葉を失い始めると、秋が過ぎ、裸の木々の冬が始まる。

もちろん、一年中、濃い緑の葉に覆われた木々も、あるにはあるのですが、どこかしら、きっぱりとした姿に心が惹かれてしまうのは、冬なりの厳しさに憧れると、そういった気分が、多少なりとも、人々の心にあるからでしょうか。

さて、学校です。

午後の補講「一日目」。

ベトナムの男子学生が、先輩と「スマホ」に付き合ってもらうという約束があるので、今日だけは出られないと、午前の授業終了後に「断り」に来ました。先輩も仕事があるので、その日にしか休みを取れなかったのでしょう。この先輩というのも、この学校の卒業生です。

明日からは来るということで、許可しましたが、この2人のうちの1人はそれほど残ってやらなくてもいいかという程度なのです。が、やはり国でやるのと、日本でやるのとは違います。基本がしっかりしていないと、積み重ねができないのです。

『みんなの日本語Ⅰ』は、終えてくる(単語も文法もきっちりやってくる。また相手の学校には、やらせてくるように頼んでいました)というのが約束で、その上での来日です、留学なのです。よって、ざっと最初から復習としてやるけれども(1課から20課まで)、きっちりやり始めるのは、20課からで、その前が、空白だと、せっかく日本に来て勉強したのに、この2年間、何をしていたのかということにもなりかねません。

これは、以前、失敗したことがあるから言えることなのです。

ヒアリングがいい民族で、反応もごく自然に出来るという人たちなら、テキトーが身についているので、それほど、シャカリキにやらなくても済むのですが、そうではない人達には、こちらとしても、責任を感じてしまうのです。

スリランカなどは、テキトーな人達が多いので、ある意味、こちらとしても楽です。アルバイトさえしていれば、すぐに日常会話くらいなら出来るようになります。もちろん、それ以上となりますと、できる人とできない人ははっきり分かれてきます。けれども、出来ない人達にはそれがわかりません。バイト先の日本人やお客さんが上手ねといってくれるから、自分は日本語が上手なんだという気分でやっていけます。漢字が書けなくても、読めなくても、不満はないようです。文句をいうのはこちらだけであれば、日本語教師の方がおかしいで、過ぎていけます。ですから、こちらとしても、なんら罪悪感は覚えずに済むのです。

外国に行った時に、「安いよ」とか、「お姉さん、きれいね」とか、商いの言葉を日本語で、しかも見事な発音で語りかけてくる現地の人達を見かけるでしょう。あのノリです。

ところが、ヒアリングもそれほどよくないし、きちんとしてやらなければだめな(途中が抜けると、途端に頭が真っ白になって、何が何だかわからなくなってしまう)人達には、これは通じません。テキトーでないので、テキトーにやる人達と同じことができないのです。

もとより、どの国にも両方のタイプはいます。けれども、それぞれかなり偏った傾向があるのも事実です。

以前、やる気はあるし、真面目だけれども、国でせいぜい5課ぐらいまでしか勉強してこなかったというベトナム人やネパール人を教えたことがありました。ネパールの学生はヒアリングがまあまあだったので、どうにかなったのですが、ベトナム人だけは、どうもいけない。当時は、ベトナム語の訳もなかったので、これも「彼等との会話の勉強だ」くらいに考え、腹を据えて時間をかけたのですが、しかしながら、「N3」までは進めたいという当初の予定がガタガタに…。前へなかなか進めないのです。これには困りました。

しかし、それから、これもご縁でしょうね、ベトナムの学校で、『みんなの日本語Ⅰ・Ⅱ』まで、ベトナム語で、文法の説明が出来るところと組むことができ、そこからの学生をどちらかといえば多く入れ始め、その問題は解決しました。と、思っていたのですが、こちらが「大学志望」というのを強く押し出すと、今度はそこまでやりたいという人が、その、田舎の学校にはあまりいなかったのです。

で、もう少し手を広げて、「(ベトナムへ私たちが行った時に)会いたいという人には会ってみよう」ということで、積極的に、向こうでも会い始めました。

とはいえ、スカイプはまずかったですね。会えばこちらの気持ちが直に伝わります。ガンガン言いますもの。それを聞き(意味が判らなくとも)、こちらの様子を見ているうちに、「まずい。いい加減にしていると、ひどい目に遭う」と、判る人にはわかるのでしょう。だんだん態度が変わってくるのがわかりますもの。だって、教えていくのはこちらなのですから、手は抜けません。

教室の中に、ブラックボックスのように、真っ暗になっている人がいるのは悲しい。皆がこちらを見て、何か言えるのがいい。そのためにも、来日時に、ベトナムからの学生だけは、出来れば、『みんなの日本語Ⅰ・Ⅱ』、最低、『Ⅰ』だけは、きちんとやってから来てほしい。ヒアリングで他の国からの学生に劣る人が多いので、アルバイトを探す時にも困ってしまうのです。そうすれば、遅くとも、2年目の12月の「日本語能力試験(N2)」には間に合うでしょう。もとより、「ちゃんと勉強すれば」です。ヒアリングの関係で、以前、ベトナムの学生の中には、なかなか「N3」合格まで行けなかった人が少なくなかったので、まずは、この「N2」です。今年は、「N1」を受けられる学生が、ベトナム人の中から出るかもしれません。もっとも、7月の試験の結果次第ですが。

日々是好日
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