日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

日本語がほとんどわからない留学生。…あり得ない!!!!

2019-04-18 08:25:40 | 日本語学校

晴れ。

膨らみかけたなと見ていた「サツキ」の蕾が、もう咲き始めています。「ハナミズキ」、「ハナカイドウ」「ハナズオウ」…。道端の小さな花々に目がいっている間に「サクラ」が咲き、「サクラ」が終わるころ、他の木々にも花がつく。…いや、実際は、「モクレン」も「ユキヤナギ」も、「ウメ」も「モモ」も、たくさんの木の花が、既に咲いていたのですが。

街路樹が華やかになる季節なのかもしれません。

とはいえ、今日のように見事な青空の下で見ると、「サツキ」の花に、少々、鮮やかさが足りないような気がします。「サツキ」は、「アジサイ」同様、雨が似合う花なのかもしれません。

さて、学校です。

一昨日、学生達が帰った後、集金(教科書代や「日本語能力試験」のお金)の整理をしていると、警察から電話がありました。しかも、一番近くの行徳駅傍の交番ではなく、次の駅、妙典駅傍の交番からです。

もう、ドキッとしてしまいました。先方は遠慮がちに、来たばかりの学生の名前を言います。思わず、「なにか、悪いことでも…」「いえ、いえ。どうも迷子になったようです。友だちがいないと言っています」

まずは、ホッとしたのですが、「ベトナム語がわかる人はいるか」と問われ、はたと困りました。授業が終わってから、既に二十分ほども経っています。それで、その、迷子になっている学生と話させてくれと言って、代わってもらったのですが、これが、もう日本語が通じない。わかるのは「私は○○です」という名乗りと、「ベトナム人です」だけ。そうそう、「日本人」もわかりました。

残っていた3人の教員が、代わる代わるに話したのですが、通じない。『みんなの日本語Ⅰ』を終え、「25課」までは、やって来ているはずなのに、「7課」の単語も「知りません」と言う。

スカイプはだめですね。実際に会わないと、こちらの真剣さが伝わらない。その上、面接の時、向こうで教員か誰かが、教えているのも何となく彼等の目の動きから感じられましたもの。

ハノイ(ハノイだけでなく、ネパールのカトマンズでもそうです)では、まず、一度面接をし、申請すると決めた人には、次に行った時に、きちんと(約束通り)やっているかどうかを(再度面接して)確認していました。しかし、彼女たちはホーチミンということで、スカイプを使ったのです。それに、間に立っている人が信用出来る人だったので、やってみるかとまずは実験という感じで、したのですが。

これは、この学生の資質の問題なのか、あるいは、現地の日本語学校の問題なのかは、わかりません(きちんと教えられていないし、勉強するという習慣があまりついているようにはみえませんでした。実際に教えてみてですが)。とはいえ、『Ⅰ』を終えたはずなのに、「7課」の単語も「知りません」ですもの。これはちょっと…と、考えさせられてしまいます。

ここ数年、きちんと『Ⅰ』までは教えてもらってから来ているベトナム人学生が続いた(その学校には、来日前に、『Ⅱ』までは教えて欲しいと頼んでいました。中には『Ⅱ』を終えていない学生もいましたが、それでも「35課」まではきちんと覚えていました)ので、初めての学校だったのに、ついつい気が緩んでしまった…。考え方が甘かったようです。

早速、昨日、授業が終わってから、ベトナムからの新入生だけを残し、通訳には先輩学生(一年もいれば、私たちの考え方はわかっています。それに進学やアルバイトにおいても、このような状態では何も出来ないということが判っているはずです)をたて、注意しました。注意というより、明日からのことです。

ベトナムからの新入生は、午前の授業後、皆残り、三階の教室で、20課までの復習をする。復習です。「25課」まで、ベトナムでやって来ているはずですから。「テ形」「ナイ形」辞書形」その他、きちんと入っている者(午前の授業でも、さっと流しますから)は、午後は解放しますが、そうでなければ、ずっと残ってやってもらいます。

そして、手の空いている教員が面倒を見る。

同時に、やる気はあるけれども、未修者の二名(タイとインドからの人、「ひらがな」「カタカナ」から読めませんし、書けません)も、来られるなら来てもらう。2人は在日で留学生ではありませんから、強要はできません。しかし、来た方がいい。

少人数だと、自分が如何に出来ないかが判るでしょう。覚えようと努力する人と、単にぼけっと教室に座っていただけの人との差を、まず感じてもらわなければなりません。

現状を認識し、これではならんと思ってもらうことが大切なのです。別に「比べろ」と言っているわけではありません。けれども、この進度でやる(皆、やって来ていることが前提ですから、留学生は)という以上、落ちこぼれていくということになります。

あれほど口を酸っぱくして、「25課」まで、やってくるように言っていたのに(ただ、スカイプだから、弱いのです。実際に会っていたら、「この学校は怖いから辞める」と言われていたかもしれませんけど)、やって来なかった自分達が悪いのです。

困るけれども(皆、教員は、それではなくても仕事が多いのに)、残して補講はします。ただ、だいたい、こういう学生は、残しても、やれと言っても、つまり、ほかの人の倍くらい手をかけてやっても、ありがたいとは思わないでしょうね。けれども、やるだけはやります。

スカイプはやっぱりいかん!

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