応援ブログ

何でも好きに書きたいと思います。

寒かった・・・野辺山高原100Kウルトラマラソン

2009年05月18日 | マラソン
土曜日に北○さんやPちゃん達と電車で野辺山へ。受付を済ませた後、一人で観光協会に指定された清里の宿に向かった。駅から地図を見て宿に着くと、食堂でかげ○さんご一行に会い、殆ど食事を終えられていたのに、遅く行った私に付き合って下さった。ありがとうございました。部屋は、しなを知っているという松○さんと同じだった。松○さんは、萩も一緒だったという事だけで話をして下さってこれも嬉しかった。

 いよいよ・・・の本番は、
最初の登り→時間を食ってしまい、どうしようかと思いながら、Pちゃんに抜きつ抜かれつ
60キロ手前→を飲んでいた北○さんをキャッチ。これで制限時間に間に合うんじゃ無いかと思った。
70キロ→足が全然動かなくなり、北○さんと中○さんに追いついたり離されたり
85キロ→雨風で寒くて寒くて大変
98キロ→北○さんと中○さんに何度目になるか解らんけど追いつき、ゴールも見えて元気になる

翌日は写真の通り快晴。こんなに景色が綺麗な所だったのかと驚く。そして、○橋さんの車で北○さんと中○さんと秩父の駅まで送ってもらった。○橋さんは私がそのうち川の道や雁坂峠に出るだろうからと、そのコースを案内しながらこれもまた凄い山道を通って埼玉県に出た。
野辺山だってやっとやったとに、川の道や雁坂峠に出られるのか・・・この久々のもの凄い筋肉痛が治ってから考えたい。

折り返しやゴールでも応援して下さったかげ○さん、あの寒さの中ボランティアやスタッフをしてくださったみなさん、私設エイドの子どもさんやおばあちゃん、ありがとうございました。来年は晴れるといいですよね
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萩往還マラニック 250Kへの挑戦

2009年05月06日 | マラソン
 初めから簡単にいく訳は無いと思っていたけど、やっぱり大変やった。走り出して30時間が経過し、仙崎から宗頭に向かう時には、足の裏がもの凄く痛くなって泣きながら走りました。真っ暗なので、誰にもばれんかったけど、ただ単に痛くて泣くのは数十年ぶりやったと思う。北○さんと中○さんは12時前には宗頭を出ると言っており、ここでついていかんかったらリタイヤになってしまうと思って、ご飯を急いで食べて歯磨きをして5分程度横になって出発しました。
 そこからは、ちょこっと登ってながーーーい下り。いつもは下りが大好なのに、足の裏が痛いので全く走れません。三見の駅のベンチで15分程度仮眠して、萩に向かいました。狸に化かされているんじゃないかと思う位、線路を何回も渡って、不安になったので新聞配達の人に道を聞いて、やっと萩に到着。ここでようやく明るくなってきました。虎ケ崎で北○さんが足裏パッドをくれたので装着して騙し騙し走ります。東光寺を過ぎたらもうどうしようも無くなって薬局へ駆け込み、痛み止めを買いました。薬局のおじさんは凄く親切で、胃腸薬と栄養ドリンクをサービスしてくれました。ここからは、すれ違うたくさんの参加者の方々の応援のお陰でかなり気持ちは持ち直しました。
 走っている途中も、へんないきものさんを始め、てれっとの皆さんやチーム100の皆さん、宮崎の皆さんと話ができて、たくさんの元気をもらいました。
 当たり前の事やろうけど、荷物を全部自分で持って、道も確認していかなと思ってたけど、結局は北○さんにパッドをもらったり、残った薬を持ってもらったりしたので、未だまだ半人前元気はもらうんじゃなくて、あげられるようになれればいいな。
 しなは、翌日から福岡に走って帰る予定やし、途中で何人かから随分早い時間にすれ違ったと聞いていたので、ゴールには居らんやろうと思ったら、真っ赤な合羽を着て応援していました。
 夜は、107キロでリタイヤして海沿いを走り、電車で萩まで行ってそこから歩いて帰ったという父とご飯を食べました。
 明日から仕事仕事用の靴が入るようになっていますように
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