ASAKA通信

ノンジャンル。2006年6月6日スタート。

「関係のゲーム」20180221 

2018-02-21 | Weblog


一次過程──

意識に先行して〈世界〉は体験されている。
「この世界…」と語り出すとき、世界とはすでに「体験された世界」である。

意識は事後的に、逆向きに世界を反芻している。

意識は語ることに先行して語り出すための〝資源=世界〟を経験し獲得している。
資源と同時になにより語り出す動機そのものが与えられている。

この資源そのもの、動機そのものに「善/悪」「真/偽」は記されていない。
それは端的な体験であり、対象化されるより先に体験としての世界がある。

経験の明証性とは「善/悪」「真/偽」をわける価値的審級の生成以前、
主観にとって「このこれ」として訪れる〝経験として世界〟の端的性を意味する。

二次過程──

語ることは「関係のゲーム」に入ることを意味する。
「主観は主観の外に出ることができない」ことの限界を破り出るように、
主観が語りはじめるとき、主観の意識にはある変容が起こる。

主観と主観をむすぶ〝通路〟の自己内生成──

関係のゲームが始発すると同時に、「客観」という項(関係項)が立ち上がる。
関係存在としての主観がみずからに敷設する〝通路〟としての「客観」。

しかし主観の主観としての経験のままでは〝通路〟を形成できない。

──ある気温はわたしにとって快適であり、あなたにとっては不快である。
──ある言葉はわたしにとって真理であり、あなたにとってはたわごとである。
──ある事象はわたしにとって美しく、あなたにとっては陳腐である。
──あるモノはある時点において宝物であり、別の時点においてはゴミである。

「主観としての主観」が生きるそれぞれの経験をつなぐものの仮構としての関係項。
この関係項の生成において「主観としての主観の経験」は、必然的に、
いわば主観にとっていくらか自明性から浮き上がった位相に転位する。

 

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