大分単身赴任日誌

前期高齢者の考えたことを、単身赴任状況だからこそ言えるものとして言ってみます。

連載開始・・・「土地境界について」①

2017-05-09 17:48:01 | 日記
「ゴールデンウィーク」が終わりました。私自身、この連休はその名に相応しいような感じで「完全休養」を取りました。「働き方改革」が叫ばれる今日、しっかり休むべきだ、と思った、ということもありますが、そもそも会務がなくなると忙しいというほどの仕事量ではなく、必然的に休めてしまう、ということが主要な原因です。

そのようなだらけ気味の中ではありますが、この間考えてきたことを少しまとめてみようと思って、とりあえず「土地境界について」というテーマで「連載」的に書いていくことにしようと思います。どれほど続けられるものか・・・。

前に少し書いたのですが、この二年間日調連研究所の研究員として「筆界論」に関する「研究」に当たりました。
この「筆界」という課題については、土地家屋調査士の中においてもいささか食傷気味にとらえている方が多いのではないか、という印象をもっているのですが、どうでしょう?「筆界」という概念は、実際の社会生活においてどのような有効性を持っているのか?かえって問題をややこしくするだけの邪魔な古い概念に過ぎないのではないか、というような感じになっている人が結構いるように思えるのです。

たしかに、「筆界」について「神のみぞ知る」、などということが言われることもあるわけで、そのようにとらえていたのでは(あるいはそのようにとらえられる余地のあるものであるのなら)、物事をややこしくする不要な概念だととらえられても仕方ないのだと思います。
しかし、私としては、この間「研究」してきたことの上で、「神のみぞ知る」的な考え方が間違っているのであって、「筆界」という概念を使って土地境界問題を考えて実際の処理に当たる、という方法は、なかなか「巧緻」なものなのだと思います(音の共通性から言うと「狡知」と言ってもいいほどに)。

「筆界」という「考え方」は、少なくともこれまでは、実際の社会的な問題である境界問題を解決するために有用であった、と思い、そのことを再確認しておく必要があるように思うのです。
しかし、それとともに、その有用性は、社会状況の変化の中で、これまでと同じような考え方、取り扱い方をしていたのでは失われて行ってしまう、ということについてもより強く思うようになりました。

そして、この「筆界」という概念の有用性をめぐる問題というのは、「土地家屋調査士」という職業の社会的有用性とも直結する問題なのだと思います。
すなわち、「土地家屋調査士」についても、これまで土地境界問題をはじめとする不動産をめぐる社会的問題の実際上の処理のために有用な存在であったわけですけれど、これまでと同じようなことをしていると、その社会的有用性は失われて行ってしまい存在意義がないものとされて行ってしまう危険性がある、ということです。

そのような問題意識を持ちつつ、以下五月雨的に、あちこちに行くような形で「連載」をしていくようにします。