大分の土地家屋調査士ブログ

「土地家屋調査士の業務と制度」を中心に、それに広い意味で関連する様々なことについて一人の人間として思うところを書きます。

読んだ本~「和解という知恵」(廣田尚久著 講談社現代新書)

2014-05-27 08:30:36 | 本と雑誌

ADR関係の研修などでご存知の方も多いと思う廣田尚久弁護士による新著です。勉強になりました。読むことをお薦めする本です。

私は、正直言って、紛争解決に関してすぐに「win win」などと言われることについて、どうも軽さを感じてしまいます。確かにそうなればいいのですが、なかなかそうはいかないのが「紛争」の現実なわけで「win win」の呪文を唱えれば解決するみたいな魔法のような話には、すぐに納得するわけにはいかない、と思ってしまうのですね。

この本は、そういうものではありません。「紛争解決」を一つの「学」として考えています。

私が、なるほどと思ったのは

「人が和解をするときには、「譲歩」や「妥協」などという曖昧なことをするのではなく、「規範」を使って解決するのです。」

という考え方です。

そしてそれは、「法が裁判規範であるという従来のとらえ方」だけでなく、「法が紛争解決規範である」ということをとらえる、ということになります。

それは、歴史観・社会観として「近代を源泉とする二つの源流」というところから考えられます。「二つの源流」とは、「一つは、近代国家、物理的強制力、裁判・司法制度という流れ」であり、ここから「法」を「裁判規範」としてとらえます。「もう一つは、法的主体性、合意・私的自治、相対交渉・ADRという流れ」であり、ここから「紛争解決規範」としての「法」をとらえなおす必要がある、ということになります。

この基本構造を押さえておくことが必要、という指摘は、私たちの展開しようとしているADRでの紛争解決についても非常に参考になると言うべきでしょう。

「相手方から受けた言葉をリフレインする(オウム返し)」といった「細かいテクニック」に目を奪われるのではなく、「和解システムの仕様書、紛争解決規範・・・和解の源泉と二つの源流などと言った和解の基本を・・・身につける方が大切です」

このような、ごくごく基本的な所からとらえなおす、考え直す、ということが、今の私たちにとっても大切なのではないか、と思います。

・・・ということの上で、少し細かいところになりますが、最終章で紹介されていた「付帯条件付き最終提案調停・仲裁」という方法が、とても面白く、興味深かったので紹介します。

まず、「付帯条件付き」ではない「最終提案調停・仲裁」とは、アメリカのメジャーリーグで、野球選手の年俸を決めるときに使われる方法で「野球式仲裁」とも言われるものだそうです。

たとえば、選手が今シーズンはホームラン数も上がったので「100万ドル」の年俸アップを要求するのに対して、オーナーは打点数が下がったので「50万ドル」しか上げないとしているとします。仲裁申し立てされて手続を進めて、仲裁人が両者に最終提案をさせるのだそうです。選手の最終提案は「100万ドル」から「80万ドル」にされて、オーナーの最終提案は「50万ドル」から「60万ドル」とされたとすると、仲裁人は双方の最終提案である「80万ドル」か「60万ドル」か、のどちらかを選択して仲裁判断をする、というものです。

その結果、仲裁人はオーナー側の「60万ドル」を選択して仲裁判断を出したのだとします。この場合、たとえば選手が「80万ドル」ではなく「70万ドル」という最終提案をしていたのだとしたら、仲裁人はオーナー側の「60万ドル」ではなく「70万ドル」を選んでいたのかもしれません。現実に選手は「80万ドル」という最終提案をしてしまったがゆえに、仲裁人に「60万ドル」を選択されてしまう、・・・・というような事態が起こり得ます。

「この方式によると、当事者は、それぞれ、相手方の提案より合理的とみられるような提案をしないと、相手方の案が採用される。そこで、当事者は双方とも。理性的かつ妥協的になることが期待される。」(新堂幸司)ものとして、すぐれた方式なのだと思います。

著者は、これにさらに「付帯条件」をつけます。

それは、「請求する当事者Xの最終提案が請求を受ける当事者Yの最終提案よりも必ず上回ることを前提にしている」ところにひっかかり、「Xの最終提案がYの最終提案を下回ることがあり得る」という「東洋人の感覚」から、「この最終提案仲裁に、Xの最終提案がYの最終提案を下回った時にはその中間値をもって仲裁判断するという付帯条件をつける」ことにする、というものです。

先の例でいえば、選手が「60万ドル」、オーナーが「70万ドル」の最終提案をしたのであれば、「65万ドル」が仲裁判断になる、ということになります。

私は、はじめにこの「付帯条件」を読んだときには、正直、そこまでしなくてもいいんじゃない?と思いました。「60万ドル」でも両者は納得するわけだし、「70万ドル」でも同じでしょう。わざわざ「中間値をとる」ということにする意味がわからなかったのです。この点について著者は次のように言います。

「請求する側の最終提案が請求を受ける側の最終提案を下回るという『意外な』展開があり得ることを、方式自体が当事者双方に示唆し、当事者双方はその示唆を受け、最終提案を考案する過程の中で、『争い』を『争いでないもの』にする心の準備をします。そしてやがて現実に『争い』を『争いでないもの』にしてしまいます。すなわち、付帯条件が充たされるか充たされないかにかかわらず、『争い』を『争いでないもの』にする心境に達し、そのうえで最終提案することになる」

というわけです。つまりこれは、「当事者双方が激しく争っていても、その利害や要求は交叉する可能性を持っているのであり、まさにそこのところに真の解決があるという思想」にもとづくものであり、単にテクニカルな問題ではない、というわけです。そううまくいくものなの?と懐疑的な部分も残しつつ、なるほど、勉強になりました。

 

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