麗しの枕草子物語
それはそれで苦労があります
恐れ入った存在といえば、そりゃあ、乳母の夫でしょう。
やんごとなき方々のことはご遠慮申し上げますが、そこそこの家や、受領階級の家であっても、乳母が大切にされることは同じです。
まあ、大切な御子にお乳を与えお育てするのですから、乳母が大切にされるのは当然だとしても、その夫のわがもの顔は笑ってしまいます。
まるでその家の主人のお墨付きでも貰ったように振る舞い、妻がお乳を与えている子が女の子の場合はそうでもありませんが、男の子の場合はまるで後見人のように振る舞い、家人に命令したりするのですが、その男に注意する者さえいない始末です。
でもね、乳母は赤ん坊やその親と一緒に寝るものですから、夫は一人寝るしかありません。だからといって、他所へいったりすれば、「浮気心あり」と乳母の夫という地位を失いますから、丸くなって寝るしかありません。
ごくたまに、むりやり妻を自分の部屋に呼び戻して、共寝をしていますと、
「もし、もし」
などと、赤ん坊の様子がおかしいからと、時間構わず呼びに来るので、冬の夜などは、脱いだ着物を探しまわって、妻はそそくさと出て行ってしまう。
取り残された夫は、急に寒々となった部屋で、また、丸くなって寝るしかありません。
まあ、それはそれで苦労はあるもんですよ。
(第百七十九段・かしこきものは・・、より)