雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

何もかも捨て去る

2015-12-27 08:00:20 | 短文集
          『 何もかも捨て去る 』

「何もかも捨て去れる日って、いつかやって来ると思うかい?」
と、彼が言う。
言葉の意味がよく分からず、私は彼の顔を見つめた。

「一緒に飯を食おう」と、突然電話をしてくるのはいつものことだが、今日は濃紺系のスーツを着こなしている。服装など、余りというより全く気にしない人だと思っていたが、エリートビジネスマンと評したい姿に驚いている私に、「ある祝賀会に仕方なく出たものだから」と、いたずらを見つけられた子供のような表情で彼は肩をすくめた。
彼は大学の同窓であるが、年齢は三歳ばかり上で、入学したのは私より早く卒業したのは私より遅いはずで、正式に卒業したのかどうかは確認していない。
ただ、実家は相当の素封家で、一昔前なら殿様と呼ばれそうな家柄らしい。学生時代には、貧しい我々は何度か助けてもらったことがあるほどだ。現在は、家業もあるらしいが、世界各地を放浪したり、かなり気ままな生活をしているらしいが、私とはなぜか気が合い、時々食事をしながらのひと時を送る。

「いや、ね。最近、介護に少々関わっていてね。うん、いろいろ考えさせられたんだ」
「介護? そういう仕事を始めたということですか?」
「いや、知人が以前から施設をやっていてね。親父の頃からの関係で、少々関わってはいたんだ。それが、ちょっとした機会があって、介護現場に立ち会うことがあって、すごく興味が湧いてきて、ヘルパーの資格を取って、ごく初級のものだよ、それで、時々現場に出るようになったんだ」
「関係があった、って言っても、経営に関係があったということでしょう?」
「まあ、それはそうだけれど、名前だけで実際には何もしていなかったんだ。いや、今も経営に関しては、役員会に顔を出すだけだよ。ところが、最近は週に一、二度の割で現場に出ているんだ。まあ、役立つというより周りの人に迷惑を掛けているとは思うんだけれどね」
「役員兼介護ヘルパーですか。いかにも、あなたらしい話ですねぇ」

「それでね、主に担当している部署は、体はかなり不自由だが、精神面はしっかりしている人が多い所なんですよ。まあ、かなり介護度は高いんですがね。そこで、いろいろと話を聞いていると、人間は幾つになっても、どんな状態になっても、たいていの人はそれなりの願いというか欲望というか、そういうものを持つことが出来るらしいことがよく分かったような気がするんだ。ただ、同時にね、人間はどのよう時になれば、『何かも捨て去る』ことが出来るのかなあ、って考えさせられるようになったんだ」
「なるほど・・・。聖人君子や高僧などには、物欲も精神的な欲望も、皆捨て去ったかのような生き方をした、なんて話もあるにはありますよね」
「そうそう、そのような状態って、特別な修行なり訓練なりを重ねなければならないのか、あるいは、寿命の尽きる日の近いことを知れば、それに近い状態になることが出来るのか・・・、どうなんだろうねぇ?」
「うーん。そうですねぇ、まず、そんな命題を私に投げかけるのは間違いだと思いますがね、私はなかなか難しいと思うんですよね。『何もかも捨て去る』といっても、どの程度のことを指すかによるでしょうが、昔の高僧などでも、そのような心境に至ったことを人に話したり書物に残しているとすれば、それ自体何らかの欲望を抱いていたことになるような気がしますしね。それに、たとえ粗食であれ、霞だけを食っていたとも思われませんしね」

「なるほど。確かにそうだよね。さすがに君らしい、期待通りの答のような気がするよ。いや、決して茶化しているわけじゃないんだよ。このところ私が見聞きした範囲だけで言っても、『もう、何の欲もない』という人は結構いるんだ。しかし、そういう人に限って、施設の人に色々注文を付けるような気がするし、一方で、数少ない手紙や、ちょっとしたプレゼントを宝物のように大切にしている人が、かえって、どこか超越したような雰囲気を持っていることがあるんだ」
「そうですか・・・。結局、人間は次の世には何も持って行けない、なんて言いますが、それだけに、この世を離れるぎりぎりまで、『何もかも捨て去る』ことなんか出来ないんじゃないでしょうかねぇ」
「そう、私もそんな気がしているんだ。それに、もしかすると、次の世まで『何か』を持って行っているのかもしれないような気もしているんだ」
「『何かを』ですか・・・」

いつものことであるが、彼と話していると、何か不思議な雰囲気に包まれて行ってしまうのである。

     ☆   ☆   ☆
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夢を求めて

2015-12-24 08:00:51 | 短詩集
          『 夢を求めて 』

     果たされぬ 夢の多さよ
      また一つ 消えて行く夢
       夢を追い 夢に涙し 夢よありがとう


       はたされぬ ゆめのおおさよ
        またひとつ きえてゆくゆめ
         ゆめをおい ゆめになみだし ゆめよありがとう
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七転び八起き

2015-12-15 08:00:17 | 短文集
          『 七転び八起き 』

「元気を出してくださいよ」
と、突然大きな声がした。
居酒屋というよりは飯屋といった方がふさわしい店である。この時間になれば、客の殆どは近くのアパートに住んでいる単身者に限られてきて、酒が強い者は酒が主体、そうでない者は飯が主体といった店である。
今、同じテーブルに座っている者も、それぞれ顔なじみだし、苗字か愛称、それに勤め先なども大体知っているが、あくまでもこの店にいる間だけの知り合いといった関係である。

「元気なんか出ませんよ。退職金もなく、今月分の給料にほんの少しだけ色を付けてくれただけで、『ご苦労さん』なんですからねぇ」
「でも、会社はつぶれてしまったんだろ?」
「そうらしいんですよね。何だかよく分からないけれど、清算すると会社には借金だけしか残らなくて、赤字の分は社長が個人の資産で埋めるとか言っていましたよ」
「そうか、それは災難だったよな・・・。何年勤めたんだ?」
「三年ですよ。ただ、ずっとパート扱いなんで、退職金など貰えないのも仕方はないんですがね」

「なあに、お前さんなんか若いんだから、新しく仕事を見つけられるよ。『七転び八起き』って、言うじゃないか」
と、別の男が話に加わる。お互い、顔なじみ以上の関係はない者同士である。
「なんですか? 『七転び八起き』って?」
「七度転んでも八度起きれば良いってことだろ? よく言う言葉だよな?」
「つまづいて転んだら、また起き上がれば良いということだよ」
と、これも別の男。
「俺なんか、もう何十回も転んでいるよ。それでも、何とか立っているものなあ。だから、大丈夫だよ」

「そう言ってくれても、気が重いですよ。でも、考えてみれば、俺、これが何度目の「転び」になるのかなあ」
「そんなに何度も転んできたのか?」
「転びっぱなしですよ・・・。でも、『七転び八起き』に数えられるような『転び』って、どんなことを指すのですかねぇ?」
「うーん、そうだな。そう言われるとなかなか難しいなあ。でも、職を失うというのは入ると思うが、個人差もあるだろうし、Sさんのように何十回という人もいるんでしょうなあ」
「俺の場合は、やはり失業は転んだ感じがしますわ・・・。ただそうすると、これで三回目だし、失恋なんてのも、かなりダメージがあったなあ。親が離婚したのは、俺はまだ小さかったから大してダメージなかったけれど、母親が死んだ時は、大転びした感じだったなあ。あれやこれやとか数えてみると、俺、七転びぐらいはもうしてしまっているみたいですよ。転びの持ち分を使い果たしそうですよ」
「なあに、大丈夫だよ。その分、ちゃんと起き上がってきているじゃないか。今度もまた起き上がればいいんですよ」

「そうですかねえ。起き上がった実感など、一度もないんですがねえ・・・。それに、『七転び八起き』って、最初は起き上がる時から始まるんですねぇ・・・。転んだから起き上がるんじゃなくて、起き上がったから転んだという意味にも聞こえてしまうなあ、俺には・・・」
「まあ、そうひがむなよ。確かに数からいえば、起きるから始まらなければ理屈に合わないが、多分、最初の起きるというのは、赤子が立ち上がるということではないのかなあ。それから、誰でも大小の転びを経験し、それに応じた起きるも経験して、何とかやって行くものじゃないのかなあ。死ぬ時以外は、転びっぱなしなんてないんだから、元気出しなさいよ」

失業という、何とも切ない話題が発端ではあるが、他愛もない話が延々と続く。

     ☆     ☆     ☆
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哀しき便り

2015-12-12 08:00:18 | 短詩集
          『 哀しき便り 』

     年の瀬の 哀しき習慣
      家族から 喪中の便り
       君が逝く 次の世にても 笑顔忘るな
    


       としのせの かなしきならわし
        かぞくから もちゅうのたより
         きみがゆく つぎのよにても えがおわするな   
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帰ってきた男

2015-12-03 08:00:52 | 短文集
          『 帰ってきた男 』

「彼が嘘を言っているとは思えないんだ」
と、木村が言う。
いつもの、気の合った者ばかりというわけでもないが、何とはなく集まってくるメンバーである。
そして、これもいつもと同じ流れだが、ひとしきり職場を中心とした愚痴や不満をぶつけ合った後は、決まって誰かが突拍子もないことを言い出す。

「彼とは学生時代からの付き合いで、卒業後は勤務先が違うのでそうそう会う機会はなかったが、それでも年に二、三度は会っている。彼の細君とも顔なじみで、俺が独身の頃には自宅にも何度か寄せてもらったことがある。彼はどちらかといえば、行動的なタイプで、同好会ではあったがスポーツに熱心で、豪快なタイプの男なんだ。だから、あいつがあんなことを言い出すのは意外だったんだ」
「何の話だ?」
木村が横の男と話している所に、向かいの席から声がかかった。
それを機に、この話題は八人ばかり集まっている全員の話題に拡がった。

「『帰ってきた男』の話だよ」
と、最初に木村と話していた男が答える。
「『帰ってきた男』だって? ガンマンか何かの、映画の話か?」
「何だか古臭いことを連想したものだな。違うよ。向こうの世界から帰ってきたという話だ」
「向こうの世界? 何だ、それ? 向こうの世界って、あの世のことか?」
「そうだ、あの世のことだ。そこから帰ってきたというんだよ」

「何だか、うさんくさい話だなあ。それ、木村の友達の話か?」
「そう、俺の友達の話だ。どこまでが本当なのかは、俺もよく分からないし、もしかすると彼自身もそうなのかもしれない。しかし、な、うさんくさい話と言うのは失礼な話だ。彼はそんな男ではない」
「いやいや、そういうつもりではない。まあ、言葉のはずみだ、許してくれ。それで、どんな話なんだ。ぜひ、詳しく聞かせてくれ」
「うん。彼とは学生時代にはよくクループで集まっていた。彼の細君もそのメンバーなので俺もよく知っている。明るくて素敵な学生だった。それで、卒業後も三、四年はかなり頻繁に会っていたが、ここ数年は、会うのは年に一度か二度程度になっていた。お互い職場関係の付き合いが中心になっていったからね。ところが、ひと月程前に彼の奥さんから電話があって、彼が大怪我をしたというんだな、交通事故で、どうやら一時は命の危険もあったらしい。ようやく危機を脱して、全快までにはもう少し時間がかかるが、もとの身体に戻れるらしい。それで、連絡してきたというのは、彼が俺に会いたがっているというんだ。まあ、親友といえば確かにその通りなんだが、このところあまり会っていないし、第一、彼がそんな目に遭っていたことも知らなかったぐらいだ。何か違和感のような気持を持ちながら見舞い行ったんだ」

「分かったぞ。お前の親友は、臨死体験をしたんだ」
「うん、そうらしい・・・。彼はタクシーに乗っていての事故で、気が付いた時はベッドの中で、それも三日ばかり経ってからだったらしい。頭を打ったためらしくて、そちらが大分危険だったらしいが、どうやら後遺症はなくて済むらしい。手や足にも骨折があるが、こちらは時間さえかければ元通りになるらしい。そこで、怪我の状況がはっきりしてきて、精神的にも落ち着きを取り戻してくるとともに、昏睡状態に経験したことがとても気になりだして、細君には話したらしいんだが、そのことがなかなか気持ちの整理が出来ず、細君の勧めもあって俺にお呼びがかかったらしい」
「で、どんな経験をしたというんだ?」

「うん。彼は、今でもそれが、単なる夢だったのか、夢とは全く別次元の体験だったのか、よく分からないと言っているんだ。ただ、昏睡から覚めて、ついてくれていた細君や子供や両親などの顔が判別できるようになった時、『俺は今どこにいるんだ?』と強烈に感じたらしい。夢かもしれない記憶の方が遥かに現実性があって、現に目にしている大切なはずの人の顔が、まるで思い出を見ているような気がしたらしい。そのうち、少し時間が経ち、頭の衝撃からの回復や手足や胸などの痛みを感じ始めるとともに、現実感は逆転してきたことはきたが、あの時のことが、どうしても夢だと自分を納得させることが出来ないらしい。それで、『別に理解してくれなくてもよいから、話だけでも聞いてもらいたかったんだ』と言うんだ」
「そうか、なるほど・・・。それは、間違いなく『臨死体験』だよ。実は、俺も以前に、似た話を聞いたことがあるんだ。その時は、きっとそいつは夢を見ていたんだ、と内心思っていたが、時間が経つにつれて、もしかすると奴は特別な経験をしたのではないかと思うようになったんだ。というのは、その後の発言や考え方がかなり変わってきたんだ。何か悠々としていて、今は地方に移って、悠々自適の生活を送っているみたいだ・・・。そいつの場合は、『自分の死を悲しんでいる家族の姿が見えた』とか、『とても美しい花畑を見た』など言っていたが、お前の親友は何か経験したことを言っていたか?」

「うん。幾つか言っていた。『どんどん落ち込んでいくので、何とか止まろうとしたがどうすることも出来なかった。その時、ザーザーといったような激しい雑音がしていた』そして、『息苦しくなって堪えられなくなった時、「もういいよ」と言葉ではないが伝えてくれる人がいて、とたんに息苦しさがなくなった』そして、何のつながりもなく、花が咲き乱れている広場のような所に立っていて、周りに、誰だか分からないのだが、確かに知り合いだと思われる人々に囲まれていた』などということを話してくれた。彼は、誰かに話して自分の考えをまとめようとしているみたいだったが、依然、夢なのか特殊な体験だったのか、判断がついていないみたいだった」
「きっと、臨死体験なんだよ・・・。今、ここに八人いるだろ。そのうち二人が、知人に臨死体験した者がいるとすれば、案外同じような経験をしている人は多いのかもしれないぜ」

「そうかもしれない。俺にはそのような知人はいないが、そんな話を聞いたことがあるという奴はいる」
「俺もそうだ。よく覚えていないが、そんな話を聞いたことがある。本やテレビなどでも取り上げられることがあるよ、な。あんなのを見ていると、マユツバ物だと思ってしまうが、あの世とやらを見てきた人物は、結構いるのかもしれないなあ」
「でも、そういう人も、結局生きていて話をしているのだから、本当に死んではいない。死の直前から戻ってきたに過ぎないような気もするなあ」

死んでしまった向こうからか、死の直前からの帰還なのか、よく分からないまま「帰ってきた男」の話題は尽きそうにない。

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