雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

不思議の向こう側

2015-05-25 08:00:43 | 短文集
          『 不思議の向こう側 』

「ところで、『不思議の向こう側』って、どうなっていると思う?」
突然、藤田が訳の分からないことを言う。
気の置けない仲間が集まって飲んでいる席である。
職場の愚痴などがひとしきり肴にされた後は、話題が途切れがちになる。そのタイミングを計っていたわけではないのだろうが、藤田は私のグラスにビールを注ぎながら、問いかけてきた。
突然話題を変えるのは、藤田と付き合いの長い私にとっては別に驚くほどのことでもないが、すぐ反応できるような質問でもなかった。

「うん? どう言うことだ?」
「だから、ほら、『不思議なこと』って、あるだろう?」
「そりゃあ、まあ、不思議なことに出合うことは、たまにはあるわ、ナァ」
「だろう。その、『不思議なこと』の向こう側ってどうなっているかってことだよ」
「意味がよく分からないなあ」
「分からないか? まあ、お前には少々哲学過ぎるか、な」
「馬鹿にしたな、全く失礼な奴だ・・。それで、それは、どこで仕入れてきた話なんだ?」
藤田の失礼な発言をいちいち気にしていては彼と付きあうことなど出来ない。そこが彼の面白味であり、案外博学なのである。
私は、話題に付きあうことにした。

「山田、ほら、浮世離れした奴いただろう、あの山田だよ。つい先日、彼と会う機会があったんだ」
「覚えているよ。確か、山田は故郷へ帰ったはずだよな。何とか言う山の中だよな」
「山田だからと言って、山の中山の中というのは失礼だぜ。結構開けた町らしいよ。もっとも、今どき林業で食っていこうというんだから、山の中であることは確かだろうがな」
「で、その山田がどうしたんだ?」
「所要があってこちらへ出てきたらしくて、声をかけられて一緒に飯を食ったんだ。電話なのでは話したことはあったんだが、直接会ったのは、三年か、四年ぶりなんだ。すっかり、地方の紳士というか、いや、ギラギラした仙人みたいになっていたよ」
「何だよ、ギラギラした仙人というのは?」
「そう、我ながらうまい表現だと思うんだが、欲も得も憂き世にどっぷり浸かっているくせに、どことはなく仙人のような雰囲気を漂わせているんだ」
「ほお・・、よく分からんが、故郷の土地に根付いているらしいな」
「そうそう、その通りだよ。奴は、都会ではなく山の中でこそ輝く男みたいだよ。山と言っても、近代装備で登る山なんかではなく、鬱蒼とした自然林に囲まれた山並みの中でだよ」

「それで、山田から『不思議の向こう側』の話があったんだな」
「そうそう、その話だった・・。彼の交友もずいぶん変わったようで、代々土地に根付いて生きてきているような人物との交友が多くなっているようだ。その中に、役行者(エンノギョウジャ)の子孫みたいな奴がいるらしい」
「役行者って、あの修験道の祖だという人物か?」
「そうだ。もっとも、それらしいというだけで、その人物は、代々山林の世話をしてきた家らしくて、そいつも高校を卒業したかどうか分からない頃から山に入り、山林で飯を食うのが難しくなってからは、山菜を扱うようになって、結構商売になっているらしい。我々とは一回り以上年上らしいんだが、山田と気が合うらしい」
「その役行者が、山田に影響を与えているらしんだな?」
「まあ、そういうところだ。ただ、山田もよく山に入るらしいが、時々、不思議な体験をするらしい。たいていは、天候であるとか、光の屈折であるとか、あるいは急激な気圧の変化らしいといったことで説明がつくらしく、土地の古老などは、それらの現象や、危険性を察知する能力に優れているらしい。
ところが、それらのことではどうしても説明できないことがあるらしい」

「例えば?」
「いや、詳しくは聞いていないが、山田が最初に経験したことは、熊らしい動物に遭遇して崖を滑り落ちたらしい。その後のことはよく覚えていないらしいが、誰かに手を引かれるようにして里に辿り着いたらしい。捜索に当たっていた村人たちが見つけて医者に運び込まれたのだが、どうも、事故から丸二日ほども経っていたと言うんだ。しかも、左足を骨折していて、とても歩ける状態ではなかったらしい。誰かが助けてくれたとしか思えない状態だったというんだ」
「なるほど。誰かが手を貸してくれたんだな」
「そんな経験をした時、その役行者の子孫のような人物は、彼にこう言ったらしいんだ。『不思議の向こう側』を体験したんだな、って」
「なるほどねえ・・。本当かどうかは分からないが、その手の話は時々聞くよね。俺はそのような経験はないが、不思議だな、って思うことには出合うことはあった。それはその時そう思っただけで、大半は忘れてしまっている。でも、今もかなり鮮明に覚えていることもある。もし、あの時、あと一歩事が進んでいたら、『不思議の向こう側』を見ていたかもしれないなあ」
「だろう? 俺たちが経験する『不思議なこと』というのは、大きな壁のような状態になっていて、たいていはその壁を見るだけで終わっている。もし、何かのはずみでその壁を越えてしまった向こうには、俺たちの知らない『不思議の向こう側』が広がっているのかもしれない・・」

私たちの会話は、この後も続いた。一度一緒に山田の故郷を訪ねて、役行者の子孫のような人物に会ってみたい、という結論に至った。
まあ、他愛もない話と言えばその通りであるが。

     ☆   ☆   ☆

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時の流れ

2015-05-22 08:00:40 | 短詩集
          『 時の流れ 』

     ゆったりと 流れる時も
      住む人を 少しずつ変える
       里山は 緑の海原 山つつじ泳ぐ


       ゆったりと ながれるときも
        すむひとを すこしずつかえる
         さとやまは みどりのうなばら やまつつじおよぐ
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ひとときのふれあい

2015-05-13 08:00:26 | 短文集
          ひとときのふれあい

大型連休が終わった後であるが、京都の街は観光客であふれている。
ここ平安神宮も、大混雑というわけではないが人並みが途切れることがない。修学旅行生らしい元気な声や、近隣国かららしい旅行者、大きなリュックを背負った白人の若者、そして、高齢者のグループと思われる団体客など、午後の強い光の中を思い思いに移動している。

強い日差しと大勢の人出に比べて、本殿の三方を取り囲むようにして造営されている神苑と呼ばれる庭園は、観光客の数は少なく、日差しも春のものに感じられる。この庭園に入るには入場料が必要なことと、何よりも、桜の季節が終わり、杜若(カキツバタ)が見ごろと案内されているが、まだその数は少ないことにも原因している。
古い歴史を有する京都においては、平安神宮の歴史はまだ新しい。当然この庭園も同様で、作庭されたのは明治二十八年(1895)の頃のことで、他の大寺院と違って近代日本庭園とされる。作庭以来百余年を経ているが、京都の史跡の中では極めて新しいと言えるのである。
この公園の中心を成すともいえるものに、橋殿(泰平閣)がある。栖鳳池に架けられた橋殿は、もちろん橋の役目を果たしているが、むしろ長い楼閣とさえ表現できる。

その橋殿の中央当たり、老夫婦と見える二人連れが欄干に添う形で設えられている椅子状の台に斜めに座り池を見つめている。
国籍は分からないが、二人とも白人で、顔色は日に焼けてかやや赤く見える。年齢も、推定するのが難しいが、六十歳代であれば後半、おそらく七十歳代のように見える。
二人は、橋近くに集まってきている鯉を見ているようで、時々何か言葉を交わしている。一見したところ、旅行者のようには見えず、京都に住んでいるか、長期間滞在している人のように、落ち着いて見える。
それにしても、この姿勢のまま、実に長い時間が過ぎている。

それまで誰もいなかった橋殿に、母親と子供の二人連れが入ってきた。
まだ若い、三十歳前後と見える母親と、就学前くらいの男の子である。男の子は小さなリュックを背負っていて、母親はやや大きめの鞄を持っている。ただ、その表情は、観光客といった輝きが感じられず、何か沈んで見える。
母子連れは、橋殿の中央まで来ると、やはり欄干にもたれるようにして鯉が泳いでいるのを覗き込んだ。幼い子にせがまれるように鯉を見ている母親の表情は、何か寂しげである。

男の子は、鯉の餌を与えたいと母親にねだった。母親や、小銭を出して、自由に買えるようになっている箱の中から、鯉の餌を取り出して男の子に与えた。棒状の麩を二本手にした男の子は、母親にも一緒に餌をやるようにせがんだ。
母親が、麩を少しちぎって水面に投げると、大小の魚が激しく水音を立てて餌を奪い合った。男の子は歓声を上げ、母親のまねをした。鯉は、さらに集まってきた。
少し離れて座っていた外国人の夫妻は、子供の歓声に引き込まれたように、小さな驚きの声をあげた。
男の子は次々と麩をちぎって投げ込むと、鯉の数は水面に盛り上がるほどになった。母親は、子供の分の餌が無くなると、自分が持っていた麩を与えた。男の子はそれを手にすると、初めて、近くに外国人の夫妻がいたことに気が付いたらしく、不思議そうに見つめた。
その老夫妻も、男の子の視線に気づき、微笑んだ。

男の子は、とことことその老夫妻に近付くと、母親からもらった餌の麩を少しちぎって、夫人に与えた。
予期していなかった男の子の行動に少し驚いた様子の夫人は、男の子の母親の顔を見た。若い母親は、初めて笑顔を見せて、少し頭を下げた。
「アリガトウ」
夫人は、たどたどしい言葉で男の子に礼を述べ、麩をほんの少しちぎって鯉に向かって投げた。小さすぎて、ほとんど粉状の餌にも魚たちは集まり、激しく水音を立てた。
夫人は、白人女性らしい声をあげ、男の子も横に並んで、同じように餌を投げた。
わずかな餌が無くなるのに、たいした時間はかからなかった。
少年は、背伸びするようにして水面に向かって掌についている麩を落とすと、母親のもとに駆け戻った。

母親は、男の子の手を取ると、歩き出した。
老夫妻に軽く頭を下げると、[アリガトウゴザイマシタ」と、夫妻ともが若い親子に微笑みかけた。
「こちらこそ、ありがとうございました」と、母親は答え、男の子は、「バイバイ」と手を振った。

何となく気にかかる雰囲気の若い母親と幼い男の子であったが、老夫妻から離れていくときの母親の表情は、橋殿に入ってきた時より、ほんの少しであるが、明るく見えた。
二人は、これからどこへ向かうのだろう。

     ☆   ☆   ☆
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過ぎし日々

2015-05-10 08:00:59 | 短詩集
          『 過ぎし日々 』

     宮殿を 模した庭園
      過ぎし日を 背負いし二人
       咲き誇る 薔薇の名前に 歴史の数々


       きゅうでんを もしたていえん
        すぎしひを せおいしふたり
         さきほこる ばらのなまえに れきしのかずかず
         
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死ぬまでは生きている

2015-05-01 08:00:44 | 短文集
          『 死ぬまでは生きている 』

「『命を大切にせよ』などと、青臭い話を君にするつもりはないがね・・・」
と、彼は言う。
「しかし、いやしくも人を導く立場にある以上は、生と死ということに目を閉じて済むわけではない」

「まあ、それはそうでしょうが、私は単に一つの学科を担当しているだけのことで、とても、それ以上の分野までは手を出せませんよ。もっとも、クラス担当となれば、教科を教えているだけでよいというわけにはいかず、いわゆる人生相談のようなことも必要になってくるのでしょうが、それでも、将来の進路とか、差し迫った具体的な事項の解決策をアドバイスする程度じゃないんでしょうか。程度にもよるでしょうが、『生と死』などと言う問題に、普通の教師が携わるのは、荷が重すぎますよ」
「そうかなあ」
「そうですよ。まあ、私なんかは、まだ駆け出しですから、ベテランの人は少し違うかもしれないですが、でも、そのような問題に深入りするのは避けているんじゃないですかね」
「ふうーん、そんなものなのかなぁ」

彼とはあるサークルで知り合ってから、時々会って話をするようになった。私より五歳ばかり年長ではあるが、大学への入学も、卒業するのにもさらに時間がかかったので、卒業は同年である。よほど学校が好きなのか、今も研究室に残って、豆だか芋だかの研究に没頭しているらしくて、そう遠くない時期には、地球上の全人類が必要とするエネルギーの何%かを豆だか芋だかが担うことになると、本気で考えているらしい。

「でも、どうしたんですか? 『生と死』なんてテーマは、あなたには最も縁がないテーマだと思っていましたよ」
「そうか? そうかもしれないなあ。俺が繊細な神経の持ち主であることは、大体理解されないことが多いからなぁ」
と、彼は冗談としてではなく、真剣な面持ちで話す。分かりにくいが楽しい人なのである。
「でも、な。俺のように芋や豆を手掛けていると、生命を片っ端から壊しているように感じることがあるんだ。もちろん、命を生み出し育ててはいるんだが、それはこっちの都合で、まだ生きたいと思っているはずの芋を、俺は無情にも引き抜いてしまうことがしょっちゅうある。でも、彼らは泣き言を言わない。ただ、引き抜かれるまでの時間を、精一杯に生きているように見える。
それに比べると、人間は駄目だなあ」

「駄目ですか? 人間は」
「と、思うよ。昔から、この国では、人の死を必要以上に美化したり、潔さを良しとする風潮があるが、そういうこと自体が、死に対する恐れを持っている証拠ではないのかなぁ。俺は、芋や豆と真剣に取り組むようになって、命というものをより考えるようになった。日本人に限ったことではないが、人間は、命というものを過大なまでに重いものとして考えたり、信じられないほど安易に取り扱ったりする。他人の命に対しても、自分自身の命に対しても、だ。
人は、『死ぬまでは生きなくてはならない』し、『生きている限りは必ず死ぬ』ということを、もっとしっかりと身につけなくては、安寧な終末など望めないと思う。そのためには、早い時期に、幼年期といのは難しいとしても、出来るだけ早い機会から、命というものについて、『死ぬまでは生きている』ということについて、『死ぬまでは生きていかなくてはならない』ということについて、しっかりと、しかも平然と、教えていく必要があるように思う」

「うーん・・・。それで教師たるもの、生や死について、しっかり指導せよということですか。しかし、ちょっと重すぎる課題ですねぇ。その前に、我々にそういう教育を施してほしいと思うなぁ」
私の感想に、彼はただ微笑んだ。
学生時代も学生らしくない彼だったが、芋学者の今も、芋の世界の先にとんでもないものを見ているのだろうか?

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