雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

屋は丸屋

2014-05-05 11:00:55 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第二百七十一段  屋は丸屋

屋は、丸屋。東屋。

屋根は、まるや。あづまや。



丸屋とは、屋根の棟木を置かないで、萱や葦などで丸く葺いたもので、粗末な小屋などに用いられた。
東屋とは、やはり棟木は使わず、四方に軒を葺きおろした柱だけの小さな建物。
いずれも、建物としては粗末なものだと思われ、おそらく旅先などで見たものを指しているのでしょうが、果たして少納言さまは、それらを、珍しいといっているのか、情緒があるといってるのか、あるいは、もっとほかの理由があるのでしょうか。
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時奏する

2014-05-04 11:00:19 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第二百七十二段  時奏する

時奏するいみじうをかし。
いみじう寒き夜半ばかりなど、こほこほとこほめき、沓すり来て、弦うち鳴らして、
「何の某、時丑三つ、子四つ」
など、はるかなる声に言ひて、時の杭さす音など、いみじうをかし。
「子九つ、丑八つ」
などぞ、里びたる人はいふ。
すべて、何も何も、ただ四つのみぞ、杭にはさしける。


時刻を奏する様子は、とても興味深いものです。
たいそう寒い夜中などに、こぼこぼと音をたてて、沓をすりながら来て、弓弦を打ち鳴らしてから、
「何々の某、時、丑三つ」
「何々の某、時、子四つ」
などと、遠くからでも聞き取れる声で言い、時の杭をさす音なども、とても情緒があります。
「子九つ」
「丑八つ」
などのように、里の人などは「子の刻」という代わりに鼓の数を加えて言う。
すべて、どの時間でも、鼓を打つ数は刻限によりますが、挿していく簡(フダ)は、四つ分だけを挿すようです。



夜中でも、担当の近衛舎人が一刻ごとに、大きな声で官職姓名と共に時刻を告げていました。「時奏する」ということですから、宮中全体に時間を知らせるというより、天皇に申し上げているということだったのでしょう。
少納言さまの時代、庶民の間でも、単に太陽の高さなどばかりでなく、時刻というものがかなり意識されていたみたいです。
ただ、最後の部分は、どういうことなのかよく分かりません
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日のうらうらと

2014-05-03 11:00:04 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第二百七十三段  日のうらうらと

日のうらうらとある昼つ方、また、いといたう夜更けて、子の時などいふほどにもなりぬらむかし、大殿ごもりおはしましてにやなど、思ひまゐらするほどに、「男ども」と、召したるこそ、いとめでたけれ。
夜半ばかりに、御笛の声のきこえたる、また、いとめでたし。


日がうららかに照っている真昼時、あるいは、すっかり夜も更けて、「夜中の十二時頃になってしまったでしょう。天皇もおやすみになってしまったかしら」
などと、推察申し上げていますと、
「蔵人はおらぬか」
と、お呼びになられたのは、実にすばらしいことです。
真夜中ごろに、天皇の御笛の音が聞こえてくるのは、これも、とてもすばらしいことでございます。



少納言さまが宿直にあたられている時の様子が描かれているのでしょうか。実に穏やかな章段だと思います。
なお、真夜中に天皇が蔵人をお呼びになったのが「いとめでたけれ」といいますのは、真昼や真夜中などのお召しは、政治向きのことではなく、趣味的なものであるからのようです。
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成信の中将は

2014-05-02 11:00:10 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第二百七十四段  成信の中将は

成信の中将は、入道兵部卿宮の御子にて、容貌いとをかしげに、心ばへもをかしうおはす。
伊予守兼資が女(ムスメ)忘れで、親の、伊予へ率(イ)て下りしほど、「いかにあはれなりけむ」とこそ、おぼえしか。「暁にいく」とて、今夜おはして、有明の月に帰りたまひけむ直衣姿などよ。
その君、常にゐてものいひ、人の上など、わるきは、「わるし」など、のたまひしに・・・。
     (以下割愛)


成信の中将は、入道兵部卿宮(致平親王)の御子にて、容貌はとても美しく、性格も優雅でいらっしゃいます。
伊予守兼資の息女が忘れられず(「忘れで」の意味については諸説ある)、父親が、伊予へ連れて行ってしまったので、「どんなに悲しいことだったろう」とねえ、思ったことでしたよ。「夜明けに出発する」というので、当夜はお訪ねになり、有明の月の光の下を帰って行かれたでしょうが、その直衣姿を思いますとねぇ。
その君(成信)は、いつも私の局に坐り込んでお話をされ、人の批評も、悪いものは、「悪い」とはっきりと、おっしゃっていましたのに・・・。

うるさく縁起を担いで、鶴・亀などを立てて(諸説あるも、吉兆を占うことの意ととる)、食べる物をまずかい欠きなどする物の名(よく分からないが、箸のことを指し土師氏のことをほのめかしているらしい)を、姓にしている女房がいて、他の人の養女になって、「平」などといっても、その人の旧姓を、若い女房たちは、話の種にして笑う。容貌も取り立てて言うほどでもないし、風情のある方というにはほど遠いが、それでも一人前に人付き合いをして、その気でいるのを、成信の君は、
「お前渡りも見苦し」(中宮さまの御前に伺候するのは目障りだ)
などと、はっきりと仰せになられるが、他の人は意地が悪いのか、当人に告げる人はいない。

一条院に増築なされた一間の所には、嫌な人は絶対に近づけさせない。東の御門に向かい合っていて、大層しゃれた小さな廂の間に、式部のおもとと私は一緒に、夜も昼もいるので、天皇も、しょっちゅう、人の動きなどを御覧になるため、お入りになられる。
ある時、「今夜は、奥の方で寝よう」ということになり、南の廂に二人して寝てしまった後で、大きな声で呼ぶ人があるので、
「面倒だわ」
などと、二人ともが同じように言って、寝ているふりをしていたので、ますますひどく、やかましく呼ぶのを、
「その者を、起こせ。そら寝をしているのでしょう」
と、中宮さまが仰ったらしいので、この兵部(土師姓?から平姓に変わったと説明している女房)が私たちを起こすのですが、すっかり寝込んでいる様子なので、
「全然お起きにならないようです」
と、命じられた人の所に行ったのですが、そのまま坐り込んで話をしているらしい。

「ほんの少しの間か」と思っていたのですが、夜がたいそう更けてしまいました。
「権の中将(成信)なんだわ、きっと。これは、一体何事を、こんなに坐り込んで話すのかしら」
と、私と式部とは、声を殺して、笑い転げているのを、当人たちは気がつかないでしょう。(いつも、成信は兵部の悪口をさんざん言っているのに、何を話すことがあるのかと笑っている)
権の中将は、暁まで語り明かして帰って行った。
「あの方は、ほんとにけしからぬ方だったのね。もう絶対に、そばにお出でになっても、口をききますまい。一体何を、あんなに語り明かすのかしら」
などと、私たちが再び、言いながら笑っていると、遣戸を開けて、その兵部が入ってきました。

翌朝早く、いつもの小廂で、女房たちが話しているのを聞いていたら、兵部が、
「雨がひどく降る時に訪ねてきた御方にはね、心がひかれるわ。日ごろ、幾日も便りがなくて、怨めしいことがあっても、そんなふうにびしょ濡れでやってきたら、辛いことも、みな忘れてしまいますわ」
とは、どんなつもりで言っているのでしょう。
ねえ、そうでしょう。夕べも、昨日の夜も、そのまた前日の夜も、ともかく、近頃頻繁に訪ねて来る男が、当夜どんなに雨がひどくても物ともしないで来るのなら、『やはり、一夜だって離れまい』とまで思ってくれている」と、心がひかれるものでしょう。
そうではなくて、幾日も顔を見せず、あてにもならないで過ごすような男が、そんな雨降りの時に限って来たからといって、「絶対に、愛情があるとはしない」と、私なら思う。

人は、それぞれで、心はさまざまなのでしょうか。経験が豊かで、思慮深い女性で、「情緒も解する」といったふうなのと深い仲になっているのに、他にも通う女の所がたくさんあり、長年連れ添う妻などもあるのだから、当の女性の所には繁々とは現れないのに、「『それでも、あんなひどい雨降りの日に来たんだ』などと、世間にも噂を広めさせ、褒めてもらおう」と思うのが、男の性分というものですからねぇ。

もっとも、全然愛情のない女の所へは、確かに、何のために、作り事にせよ、「顔を見せよう」とは思わないでしょう。
けれども、私は、雨の降る時には、ただ気がむしゃくしゃして、「今朝まで晴れ晴れとしていた空」とさえ思われず、憎らしくて、すばらしい細殿でさえ、「結構な所」とは感じません。まして、それほどでもない家などでは、「早く降りやめばいいのに」とばかり気にはなっても、しゃれたことも、しんみりとしたことも、ありはしませんわ・・・。

それに引きかえ、月の明るい時こそ、過去のことから、行く末のことまで、思い残すことなく浮かんできて、気もそぞろになり、素晴らしく情緒的なことは、喩えようもない気分がします。
そのような日に来る男性は、「十日、二十日、ひと月、あるいは一年でも、さらに七、八年経ってから思い出したら、ほんとに楽しいものだ」と思われて、とても逢えないような都合の悪い場所や、他人の目を憚らねばならない事情があっても、必ず、ほんの立ち話でもいいから、お話をして帰したり、また、泊まっていけそうな男性は、引きとめたりもしてしまうでしょう。

明るい月を眺める時くらい、何もかもはるか遠くまで思いやられて、過ぎ去った昔のことが、情けなかったことも、嬉しかったことも、「をかし」と感じたことも、たった今の出来事のように思い出される時がありますでしょうか。
狛野の物語(第百九十八段にも登場している)は、たいして気の利いた筋書でもないし、表現も陳腐で、見せ場も少ないが、月に昔を思い出して、虫の食った蝙蝠扇(カワホリオオギ)を取り出して、「もと見し駒に」と男が詠いながら、女の家を訪ねたのが、感動的なのです。
(「もと見し駒に」は、後撰集などにある「夕闇は道も見えねど古里は もと来し駒にまかせてぞ来る」の第四句を誤って引用したか、誤伝されたものらしい)

雨というものは、「風情のないもの」と、私が思い込んでいるからでしょうか、ほんのしばらく降るのさえ、実に憎らしいのです。
畏れ多い宮中の儀式でも、楽しいはずの行事でも、尊くすばらしいはずの法会でも、雨が降りさえすれば、言うかいもなく残念なのに、どうして、男が、雨に濡れて文句を言いながら訪ねて来たのが、結構なものでありますか。

交野の少将を非難した荻窪の少将などは、情緒があります。しかし、それも、昨夜、一昨夜と続けて通ってきていたからこそ、雨の夜も情緒があるのです。
ただ、足を洗っているのは、感心しません。さぞ、汚かったのでしょう。

風などが吹いて、荒れ模様の夜に、男が通って来たのは、頼もしくもあり、嬉しいことでしょう。

雪の夜の訪れこそ、すばらしいものです。
「忘れめや・・」などと、一人口ずさんで、人目を忍んで通ってくるのは当然のことで、それほど人目を憚らない所でも、しゃれた直衣姿はもちろん、衣冠姿や六位蔵人の青色姿などが、すっかり冷たそうに濡れているようなのは、実に風情があることでしょう。
たとえ六位が着る緑衫(ロウサウ)の袍であっても、雪に濡れさえすれば、腹も立ちません。(清少納言は、六位蔵人が固苦しい青色を嫌って緑衫を着るのを嫌っている)
昔の蔵人は、夜など、女房の局でも、いつも青色の袍を着て、雨に濡れても、しぼったりしたとかいうことです。近頃は、昼間でさえ着ないらしい。いつも、緑衫の袍のみひっかぶって通ってくるのですから。
衛府の役人などが青色の袍を着た姿は、まして、とびきりしゃれたものでしたのに・・・。

こういう意見を聞いたからには、雨天には女の所に出歩かない男も出てくることでしょうよ。
月のとても明るい夜、紙がまた、とても赤いのに、ただ、「あらずとも」と書いてあるのを、廂に差し込んだ月の光に当てて、女の人が見ていたのときたら、実にいい姿でした。
雨が降るような時には、そう上手くはいきませんでしょうに。



なお、最後の部分の「あらずとも」は、拾遺集の「月の明かかりける夜、女のもとに遣はしける、 恋しきは同じ心にあらずとも 今宵の月を君見ざらめや」からの引用です。

兵部に対する不満から始まって、「雨」が気に入らないと展開させる少納言さま、少々ご機嫌が悪かったような気がしてしまいます。
そのせいではないのでしょうが、分かりにくい部分がいくつかある章段です。
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常に文おこする人の

2014-05-01 11:00:22 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第二百七十五段  常に文おこする人の

常に文おこする人の、
「なにかは。いふにもかひなし。いまは」
といひて、またの日、音もせねば、さすがに、「明け立てばさし出づる文の見えぬこそ、寂々(サウザウ)しけれ」と思ひて、
「さても、際々(キハギハ)しかりける心かな」
といひて、暮らしつ。
     (以下割愛)


いつも後朝(キヌギヌ)の文を寄こす男の人が、
「どうしてあなたとこうなってしまったのか。いまさら言っても仕方がない。もうこれきりだ」
といって帰り、その翌日は、何の音沙汰もないので、さすがに、「夜が明けるとすぐに召使が差し出す手紙がないのが、何とも寂しいことだ」と思って、
「それにしても、きっぱりと割り切ったあの方の心だこと」
と呟いて、その日は暮れました。

そのまた翌日は、雨がひどく降る。昼まで音沙汰がないので、
「ひどく見限られたものねぇ」
などと言いながら、端近くに坐っていた夕暮れに、傘を差した使者が持ってきた文を、いつもよりは急いで開けて見ると、ただ、
「水増す雨の」(何かの引用らしいが、不詳)
とだけ書いてあるのは、やたらたくさん詠み並べた和歌よりも、気が利いています。

今朝はそれほどとも見えなかった空が、大層暗くかき曇って、雪も空が暗くなるほど降るので、とても心細い気持ちで外を見ている間もなく、白く積って、さらに盛んに降り続いている時、随身らしいほっそりとした男が、傘を差して、脇の方にある塀の外から入ってきて、御簾の下から手紙を差し入れたのは、嬉しいことです。
とても白い陸奥紙とかいう色紙で、結んである上に引きわたした封の墨が、線を引くなり凍ったらしく、下の方がうすくなっているのを、開けてみますと、本紙をとても細く巻いて結んである折目は、細かく筋がついている所へ、墨が、黒々と、また淡く、下の方ほど行間が狭く、上下に散らし書きしてあるのを、繰り返して、長い間読んでいるのは、「何が書いてあるのかしら」と、よそながら見ているのも興味深い。
まして、当人がほほ笑んだりする所は、その個所の文面をとても知りたいけれど、遠くに坐っている者には、黒い文字などが見えるだけで、「どうやらそんな文句らしい」と想像するだけです。

頭髪が長くて、顔立ちが美しい女性が、暗い頃に手紙を受け取って、灯火をともす間ももどかしく、火桶の火を挟み上げて、その明かりで一字一字拾い読みしている姿などは、実に情緒があります。



なかなか風情があり、落ち着いた文章ですが、さて、これは誰かの描写なのでしょうか、それとも少納言さま自身の回想なのでしょうか。
後半部分の書き方は、第三者を描写している書き方ですが、何だか、取って付けたようで、大部分がご自身の回想だと理解したのですが・・・
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