雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

「ありがとう」と言える幸せ ・ 小さな小さな物語 ( 1383 )

2021-07-06 13:42:01 | 小さな小さな物語 第二十四部

「ありがとうございます」という言葉は、つくづく美しい言葉だと思います。
「後世に残したい言葉」などといったアンケートでは、常に上位に選ばれるようですが、その響きといい、持っている意味の優しさといい、実に素晴らしい言葉だと思います。
世界中に幾つの言語があるのか知りませんが、おそらく、どの「言語」であっても、同様の言葉があるのではないでしょうか。
ただ、その語源と言いますか、今日使われている言葉の源となりますと、少し差異はあるようです。
例えば、中国語や韓国語は「感謝」という意味合いが強いようですが、当然のことながら、多くの言語は感謝という意味合いを含んでいるようです。そうした中でも、英語やドイツ語などでは、「あなたのことを思う」といった意味も強いようです。
そして、私たちの「ありがとう」は、現在では「感謝」を表す代表的な言葉ですが、その語源となりますと若干違うニュアンスを持っています。

「ありがとう」という言葉を文字では、「有り難う」「有難う」と書くことも少なくありませんし、明治の頃には、「難有う」と書くこともありました。つまり、「有り難いこと」「めったにないこと」ということから変じて、感謝の言葉として定着してきたようです。
そして、この言葉の語源としては、仏典にある「盲亀浮木(モウキフボク)」だとされる説がよく知られています。この言葉は辞書などにも載せられていて、「大海の底に棲んでいる盲目の亀が、海上に浮かんでいる木の孔に入ることの困難なことから、滅多にないことの例え」と説明されています。
そして、このことから「有り難い」という言葉の語源とされているようです。

枕草子にも、「ありがたきもの」という章段があります。
『 舅にほめられる婿。 また、姑に思はるる嫁の君。 毛のよく抜くる銀の毛抜。 主そしらぬ従者。 つゆのくせなき。 かたち心ありさますぐれ、世にふる程、いささかの疵(キズ)なき。同じ所に住む人(宮仕えする人)の、かたみに恥ぢかはし、いささかのひまなく用意したりと思ふが、つひに見えぬこそ(欠点が見えないことは)かたけれ。 物語・集など書き写すに、本に墨つけぬ。 よき草子などは、いみじう心して書けど、必ずこそ汚げになるめれ。
男女をば言わじ、女どちも、契り深くて語らふ人の、末までなかよき人 難し。 』
少々長くなりましたが、どれもこれも、現在でも納得できそうなことばかりですが、清少納言の言う「ありがたきもの」は「めったにないもの」といった意味で使われています。
つまり、この時代の「ありがたい」には感謝という気持ちは強くなく、まさに「有り難い」という意味だったようです。

こう考えてみますと、現在私たちがごく普通に使っている、感謝の意味での「ありがとう」「ありがとうございます」という言葉は、ごく新しい言葉だと言うことになります。それ以前までの感謝の言葉としては、「かたじけない」といったものが主であったようです。
現在のわが国内でも、「ありがとう」と同様の意味を持つ方言は数多くあるようです。「おおきに」といえば大阪言葉のように思われますが、近畿圏に限らず、東海地区や九州地区の一部でも使われているようです。他にも、「だんだん」「ごちそうさま」「きのどく」といったものもあるようですし、「たえがとうございます」となりますと、「有り難い」からの変化だということが明確に分かります。
昨年、私たちは「新型コロナウイルスによる感染症の拡大」という「有り難い」経験を強いられました。年が変わった今も、むしろ厳しさを増している状態です。
「ウイルスによる社会崩壊の危機」などといえば、SFの世界だと思っていましたが、残念ながら「有り難い」ことは存在し、それも私たちと極めて近い存在であることを教えられました。ウイズコロナであれ何であれ、完敗するわけにはいきませんから、今年中にはなんとか対応手段を確立させたいものです。
そして、「有り難い」ことに遭遇したときには、私たちは人々とのつながりやいかに様々な人に支えられているかということを教えられます。もしかすると、そうした経験が、「ありがとう」という美しい感謝の言葉を生み出したのではないかと思ったりしています。
人の好意に対して、ごく自然に「ありがとうございます」と言えることは、実は大変幸せなのではないかとも思っているのです。

( 2021.01.04 )

 

 

 

 

 


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 対コロナの長老 ・ 小さな... | トップ | 新年のご挨拶 ・ 小さな小... »

コメントを投稿

小さな小さな物語 第二十四部」カテゴリの最新記事