雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

山中で詠う ・ 今昔物語 ( 27 - 45 )

2018-10-25 08:13:00 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          山中で詠う ・ 今昔物語 ( 27 - 45 )

今は昔、
[ 意識的な欠字。時代が入るが不詳。]の頃、[ 意識的な欠字。氏名が入るが不詳。]という近衛舎人(コノエトネリ・近衛府の官人)がいた。神楽舎人(カグラトネリ・近衛府に属して、神楽に奉仕した官人。)などであったのか、歌をすばらしく上手に歌った。

この男が、相撲の使いとして(相撲の節会に出場する力士を、諸国から召し集めてくる役人。)、東国に下って行ったが、陸奥国から常陸国に越える山道は、焼山(タキヤマ)の関といって、たいへん深い山の中である。その山をこの近衛舎人が通っているうちに、退屈のあまり馬の上で居眠りをしていた。
ふと目が覚めて、「ここは常陸の国だなあ。遥々と来たものだ」と思うと、何だか心細くなり、泥障(アフリ・馬の左右の脇腹に垂らして泥除けにする馬具。)を拍子をつけて叩き、常陸歌(ヒタチウタ・古今集に神楽歌として常陸歌二首が収められており、それらしい。)という歌を二、三べん繰り返し詠っていると、たいへん深い山の奥の方で、恐ろしげな声で、「ああ、おもしろい」と言って、手をはたと打つ者がいる。
近衛舎人の男は、馬を止めて、「あれは、誰が言ってるのか」と従者たちに尋ねたが、「誰が言ったとも、何も聞いておりません」と答えたので、頭の毛が太くなるほど恐ろしいと思いながら、そこを通り過ぎた。

さて、この近衛舎人の男は、その後、気分が悪く病気にでもなったようなので、従者たちも不思議に思っていると、その夜、宿で寝たまま死んでしまった。
されば、そのような歌などは深い山中などで詠ってはならないのである。山の神がこれを聞いて、面白がって引き止めるからである。
これを思うに、その常陸歌はその国の歌であったので、その国の神が聞いて面白がり、この男を捕らえてしまったものと思われる。
されば、これも山の神などが感嘆して引き留めたに違いない。つまらないことをしたものだ。

従者たちは、呆れる思いで嘆き悲しんだが、苦労しながら京に上って語ったのを聞き継いで、
かく語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


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