雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

近付くことは出来る ・ 小さな小さな物語 ( 723 )

2015-09-24 14:53:51 | 小さな小さな物語 第十三部
桂米朝さんが亡くなられました。
人間国宝にまでなられたお方ですから、まさに国の宝ともいえる存在の方の逝去は、かなり前から体調は良くないと伝わっておりましたが残念なことでありました。
落語、特に上方落語の世界では、神様のような存在だったようで、多くの方に慕われ、また薫陶を受けた人の数も大変多いと報道されておりました。弟子や孫弟子・ひ孫弟子などは七十人に及ぶそうで、さらには、弟子で有る無しに関わらず、現在著名な落語家たちの多くがその逝去を惜しまれていました。

落語界について詳しいわけではないのですが、報道などによりますと、米朝さんが落語界に入られた頃は、まさに上方落語の灯が消えそうな状態だったそうです。米朝さんなど後に四天王と呼ばれることになる人たちを中心に、懸命の努力があって今日の隆盛に至ったそうです。
特に米朝さんの場合は、落語を演じるばかりでなく、放送業界など幅広い分野で活躍され、いかに後輩落語家達が食べていくことが出来るかということに腐心されたと言われています。それらの活躍の中でも、消えかけていた多くの演目を掘り起こして復活させ、自ら演じ、さらには文献として残されている功績は、後々の世まで後に続く人たちの手本になるのではないでしょうか。

十五歳で米朝師匠の内弟子に入ったという実質的な総領弟子の立場である桂ざこば師匠は、インタビューに答えて、その見事な往生ぶりを、「上手に亡くなられました」と涙を抑えて答えられ、さらに、「師匠を越える落語家はいない。師匠が残してくれた落語の全集などを勉強するとともに、教えを忠実に守りながら、落語の演目を身につけていくことの大切さを弟子たちに伝えていく」と続けられながら、ついに号泣されておりました。

落語に限らず、名人上手と呼ばれるほどの人の芸や技術を継承するということは簡単なことではありません。
それらの多くは、個人の資質に追う部分が大きいだけに、いくら指導を受け、研鑽を積んでも及ばない部分があるでしょうし、やはり、個性というものを消し去ってしまっては、次の名人も上手も誕生しないからだと思うのです。
名人上手とは少し違いますが、それらよりはるかに簡単だと思われる企業の継承者についても、育てることは簡単なことではないようです。
特に、このところ、お家騒動などと騒がれている経営権を廻る争いは、如何に爽やかに次代に引き継ぐのか、いかに伝統と改革を両立させていくのか、などといったことの難しさを示してくれています。
名人上手に追いつくことは簡単なことではありません。多くの実績を挙げた創業経営者や、中興の祖といわれるような経営者の跡を継ぐのも簡単なことではないのでしょう。
しかし、そのどちらにおいても、追いつくことは出来なくても、近付くことは可能だと思うのです。その距離はいくら大きくても、努力によってほんの少しだとしても近付けるはずです。
後に続く者はその努力が必要であり、後を託した者は潔さが必要な気がするのです。

( 2015.03.25 )

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 憲法違反は恥ずかしい ・ ... | トップ | 本物とは何か ・ 小さな小... »

コメントを投稿

小さな小さな物語 第十三部」カテゴリの最新記事