雅工房 作品集

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放生の功徳 ・ 今昔物語 ( 20 - 15 )

2024-09-08 13:04:59 | 今昔物語拾い読み ・ その5

      『 放生の功徳 ・ 今昔物語 ( 20 - 15 ) 』


今は昔、
摂津国東生郡撫凹村(ナデクボムラ・大阪市東成区ともされるが、所在よく分らない。)という所に住んでいる人がいた。家は大いに富み、財産は豊かであった。

さて、その人は神の祟りを受け、それから遁(ノガ)れようとして祈祷しお祭りをしたが、その為に毎年一頭の牛を殺したので、その祭を七年間続けたので、その間に七頭の牛を殺したのである。
七年間の祭が終った後、その人は重い病にかかった。それから又七年間、医師に掛かって治療を続けたが治らないので、陰陽師に尋ねてお祓いをしたがやはり治らない。
そのうち、病はますますひどくなり、体はしだいに衰弱して、まさに死を待つばかりになった。
そこで、病者は心のうちで、「自分がこのように重い病にかかり、もだえ苦しむのは、長年にわたって牛を殺した罪によるものだ」と思って、この事を悔い悲しんで、毎月の六節日(ロクセチノヒ・六斎日のこと。月に六日、八戒を守り功徳を積む日。)には必ず戒律を守り、また方々に使いを出して、多くの生類(生き物)を買って、放生を行った。

ところが、その七年目になって、遂に死んでしまった。
その死に際に、どう思ったのか妻子を呼んで、「私が死んだ後、すぐに葬ることなく、九日間そのままにしておくように」と言い置いた。
そこで、妻子は遺言にしたがって、しばらく葬らずにいると、九日目に蘇(ヨミガエ)って、妻子に語った。

「私が死んだ時、頭が牛の頭で体は人の形をした者が七人やって来て、私の髪に縄を付け、その縄を取って、私を取り囲んで連行したが、道の先を見ると、厳めしく造られた楼閣がありました。
『これはどういう宮殿ですか』と訊ねると、この七人の者は眼を怒らせて、私を睨むだけで何も言わない。そのまま門の内に連行すると、気高く立派な人が出てきて、私とこの七人を呼んで、向かい合わせて仰せになった。「この者は、お前たち七人を殺した者だ」と。
すると、この七人の者は、まな板と刀を持っていて、『膾(ナマス)にして食ってやろう。此奴は、我等を殺した敵なのだからな』と言いました。
ところが、その時にわかに、千万の人が現れて、私が縛られている縄を解いて言いました。「この事は、この者の罪ではない。この者は、祟っている鬼神を祭るために殺したのだ。だから、鬼神の罪なのだ』と言いました。
こうして、この七人の者と千万の人の間で、罪が有るか無いかを連日に渡って訴えあったが、火と水の如く結論が出ませんでした。そのため、閻魔大王はこの理非の判断をなさることが出来ませんでした。

ところが、七人の者は、なお頑強に『この者は我等の四本の手足を切り、神霊の廟に祭りました。だから、何としてもこの者をもらい受けて、膾にして食うのだと主張しました。
千万の人も『我等はこの事情をよく知っています。決してこの者に罪は有りません。鬼 神の罪なのです』と王に申し上げて、争いました。
王はこの事の裁定に悩まれて『明日また参れ。そこで判断しよう』と仰せになられて、それぞれ引き取らせました。
九日目になり、また集まりましたが、訴え合うことは前と同じでした。そこで、王は「数が多い方ということで、この判定をしよう』と仰せになって、千万の人の方が正しいと判定を下されました。

七人の者はこれを聞いて、舌なめずりをして唾を呑み込み、膾を作る真似をして、それを食べるような格好をしながら、悔しがり嘆いて、それぞれが『恨みを報いられなかったことは極めて残念だ。我等は絶対をこれを忘れない。後で必ずこの報復をしてやる』と言って、去って行きました。
千万の人は私を敬い、取り囲んで王宮を出ると、私を輿に乗せて送ってくれました。
その時、私は『あなた方はどういうお方ですか。どうして私を助けてくれたのですか』と訊ねました。すると、その人たちは『我等は、あなたが長年にわたって、買い取って放してくれた生き物です。あの時のご恩を忘れられず、今お返ししたのです』と言いました」
と、こう語ったのである。

その後は、いよいよ心から信仰心を起こして、鬼神を崇めることなく、深く仏法を信じて、自分の家を寺にして、仏を安置し奉り、修行に勤めた。また、ますます放生を行い、怠ることなく続けた。
これ以来、この人のことを那天宮(ナテングウ・人名として扱っているが、ほんとうは寺の名前のことらしい。)と言うようになった。
やがて、臨終を迎えた時、身に病はなく、年九十余りで命を終えた。
されば、放生は、信仰心のある人であればもっぱら行うべきことである、
となむ語り伝へたるとや。

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