雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

久米の仙人 ・ 今昔物語 ( 巻11-24 )

2016-08-18 10:26:58 | 今昔物語拾い読み ・ その3
          久米の仙人 ・ 今昔物語 ( 巻11-24 )

今は昔、
大和国吉野郡に竜門寺という寺があった。
寺に二人の人が籠って仙人の術を修業していた。その仙人の名は、一人はアズミと言い、一人を久米(クメ)と言った。ところが、アズミは先に修業を成就させ、すでに仙人となり飛んで空に昇っていった。

それから後に、久米も同様に仙人となり、空に昇って飛び回っていたところ、吉野川の岸に、若い女が立って着物を洗っていた。着物を洗うために、女はふくらはぎのあたりまで着物の裾をたくし上げたが、そのふくらはぎの真っ白なのを見て、久米は心が乱れてその女の前に落ちてしまった。
その後、久米はその女を妻として暮らすようになった。その仙人として修業していた様子は、今、竜門寺の扉にその形が残され、菅原道真が御文章(漢文による賛)として書かれている。それは消えることなく今も残っている。
その久米の仙人は、並の人になってしまったが、馬を売った時の売渡し証文に「前の仙(サキのセン)、久米」と書いて渡したという。

さて、この久米の仙人がその女と夫婦として暮らしていた頃、天皇(天皇名未詳。聖武天皇の御代か?)がその国の高市郡に都をお造りになろうとして、国内から夫役として人々を集めて労務に当たらせた。それで、久米もその労務に駆り出された。労務に当たる者たちは、久米を「仙人、仙人」と呼んだ。行事官(ギョウジノツカサ・担当の役人)の仲間がこれを聞いて、「お前たちは、なぜ彼のことを仙人と呼ぶのか」と尋ねた。労務者たちは、「あの久米は、先年、竜門寺に籠って仙人の術を修業し、すでに仙人になって空に昇って飛び回っていましたが、吉[ 破損による欠字。「(吉)野川の辺りに、若い」といった文章か。]女が立って着物を洗っていました。その女が着物をたくし上げたふくらはぎの真っ白なのを見下ろして、[ 破損による欠字。「心が乱れて、女の」といった文章か。]前に落ちて、そのままその女を妻にしているのです。そういうわけで、仙人と呼んでいるのです」と答えた。

行事官たちはこれを聞いて、「それならば、もとは偉い人だったのだな。もとは、仙人の術を修業して、すでに仙人になった人なのだ。その修業の効はきっとまだ失ってはいないはずだ。それならば、この材木を大量に各自が持ち運ぶより、仙人の術で空を飛ばせるのがよかろう」と冗談ごとに言い合っているのを、久米が聞き、「私は仙人の術を忘れて、長い時間が経っています。今は、並の人になっている身です。そのような霊験を行うことは出来ません」と言った。
しかし、心のうちでは、「我は仙人の術を習得したとはいえ、凡夫の愛欲によって、女人に心を乱してしまい、再び仙人になることは叶うまいが、長年修業した術であるので、もしかすると本尊が助けてくれるかもしれぬ」と思って、行事官に向かって、「そういう事であれば、出来るかどうか、試しに祈ってみましょう」と言った。
これを聞いた行事官は、「馬鹿なことを言う奴だ」と思いながら、「それはなかなか尊いことだなあ」と答えた。

それから、久米はある静かな道場に籠り、心身を清め断食して、七日七夜の間絶えることなく礼拝をし続け、心をこめてこの事を祈った。
やがて、早くも七日が過ぎた。行事官たちは、久米が姿を見せないことを笑ったり、また不審に思ったりしていた。すると、八日目の朝、にわかに空がかき曇り、闇夜のようになった。雷が鳴り雨が降り出し、何も見えなくなった。
これは怪しいと思っていると、しばらくすると雷が止み空が晴れてきた。その時、見ると、大中小の大量の材木が、ことごとく南の山の辺りの山林から空を飛んで、都を造営しようとしている所に向かって来たのである。

それを見た多くの行事官たちは、久米を敬い尊んで礼拝した。その後、この事を天皇に奏上した。天皇もこれをお聞きになって、尊び敬い、さっそく免田(メンデン・納税義務を免除された田)三十町を久米に布施として与えられた。久米は喜び、この田をもって、その郡に一つの寺院を建立した。久米寺というのは、この寺のことである。

その後、高野の弘法大師が、その寺に丈六の薬師三尊仏を、銅(アカガネ)で鋳造して安置なされた。弘法大師は、この寺で「大日経」を見付け、それを本にして、「即座に成仏できる教えである」ということを知り、唐へ真言を習いに渡られたのである。
されば、この寺は大変尊い寺である、
となむ語り伝へたるとや。

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