ダメでもともと!

面白いドラマを書いて、「一声」かけていただく。だめでもともと。

あえて、変化を求めよ!怖じ気づくな

2014-09-28 01:05:20 | 日記
芸術家の故、岡本太郎は大阪万博の依頼を受けた。

そのとき、岡本さんは言った。

「安全な道と、リスクのある道があるなら、私はリスクのある道を選ぶ」と←NHKドラマ「TAROの塔」で、


そう、リスクのある道を進んでこそ、道が開けるのだ。


あの会社の影で隠れてえばっているドブネズミも、俺が会社を辞めるときがきたら、

ドブネズミがやられては一番困る方法で、葬ればいい。


あえて、変化を求めよ!

リスクに怖じ気づくな!



広島カープの炎のストッパー、津田恒美投手もいっていた。

「弱気は最大の敵」


やる人は、常にリスクに負けない強い意志をもっている。


勇気が必要なんだ!


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曲がり角の先に

2014-09-27 23:52:47 | 日記
本日、ずっと楽しませていただいた「花子とアン」が終わってしまった。

会社では、相変わらず、パワハラを受け、ぶっ飛ばしてやりたいという思いを、

「自分があの会社にいるのがいけないんだ」

と思い、今はガマンしている。


十月からは、シナリオの講座に通う。

それは、ある意味、自分にとっては、「人生の曲がり角」になるのか、どうかはわからないが、

兎に角、春先までは、講座が終わるまでは、今の会社でガマンしていこうと思う。

その曲がり角の先を迎えたら、会社をやめるつもりで、仕事を探したり、東京から離れてもいいと思っている。

本当は、創作にかかわる仕事がしたいが、どうなるか曲がってみないとわからない。

というか、ほぼ、わかってるんだけど、


でも、今の状態がベストなわけはない。

今の状態でいいのは、会社が朝ドラを見てから自転車で数分で着く。

そして、精神的支柱のジムが近い。

ただそれだけ・・・

精神的支柱も会社で受けるストレスを相殺するためのものに過ぎないのだから、


去年、母も亡くなり、一応、親戚一同の前では正社員というカッコはついた。

父はそういうのに、保守的な人だから、というか多くの人は俺も含めて保守的なのかもしれない。


でも、フリーターになっても、将来、自分の城を持ちたい、そんな生き方をしたい。

それが出来るのなら、地方で第一次産業について、自立を目的として生き方でいいと思う。

その気分転換じゃないけど、おそらくあっても見ないだろう、見る時間はないだろうと思ったビデオテープを全部捨てることにした。


創作は一生する。

一昨日、スタジオパークで、「花子とアン」の出版社の社長役で出た茂木健一郎さんが言っていたが、

「日々、新しいことがあると時間の立つのが遅く感じる」

といっていた。

確かに、小学生の頃は毎日、新しいこととの出会いだっただけに、とてつもなく長く感じたとMCさんもいっていた。

俺もそう思った。

46才でニートになるのかぁ~

曲がり角の先に何があるのか、


ほんとどうなるのかわからないというか、けっして良い方向に行くことはないのは容易に想像がつく。

でも、あの会社にいることも、良い方向にいかないということも想像がつくというか、悪い。

それが現実だ。


ただ、一作、小説を書いてからという思いはある。

今、ほんと、自分の中の意識というか、血と肉を、27年間のものを変えようとしている。


けど、学んだものをゼロにはしない。

けど、より洗練されてきている感じはある。


まぁ、半年間はシナリオを学びに行くけど、そこが自分にとって良い出会い、腹心の友、ライバル、モチベーション、

そういうものが得られれば、また強く前に進める。


ただ、一作、ほんと一作、書いてから、会社もやめたいな・・・


親父には、ほんと親不孝もので、申し訳ない。



ほんと、受け入れてくれる田舎が見つかるといいなぁ~


曲がり角の先に、


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屈辱の日

2014-09-02 00:31:10 | 日記
俺にとって、九月一日は屈辱の日になった。

それは、会社でのこと、

課で一番年下からだからかも知れないが、俺の大嫌いな社長のバタ犬、風見鶏が、俺にいってきた。

風見鶏「旅行とかいかないの?」

俺「金もないし、それに休みは母の見舞いですし」

そして、色々あって、

うっとうしいから、

「26年、病気している母がいて、母が亡き後、今度はおばさんが寝たきりになって大変なんです」

すると、風見鶏は、

「お母さん、施設に入ってたんだろ、俺なんか痴呆症の母が家にいるから大変だよ。施設にいたお前は幸せだよ!」

幸せ?

こっちは、母の病気で、どれだけ家族が泣いて暮らしたか!

そいつは、金もあって、車も二年に一度新車にして遊び回って、この夏も別に看病するわけでもなく、遊びの話。

どこが、大変なんだ!

俺の母は、俺が受験時代に、心を破綻し、「死にたい!死にたい!」と窓には鉄格子ははめられ、両手両足を、紐で縛られていたんだ!

生きる気力をなくして、歯は抜け落ち、毎日、毎食、コロッケを煮て、崩したものしか食べられなかったんだ!

俺の親父は、看病して、それが、ストレスにもなり、不整脈となって、自分で救急車を呼んで何度も運ばれたんだ。

家族全員泣いて生きてきたんだ!

施設にはいったのも、生前、母が十年前ぐらいに、役所が父の病状や、そういうのを聞いて、入れてくれたんだ!

母は、施設に入っても「家に帰りたい!家に帰りたい!」と泣いていたんだ。

そのどこが幸せなんだ!

そして、母が死んだとき、四十九日の法要のとき、父が、俺の車でポツリと、

「母が亡くなり、今度はおばさんが寝たきりと、介護ばかりだよ」

と、疲れ切った感じで呟いたんだ!

そりゃ、俺が、もっと才能も運もあって、プロになっていれば、こんなことにはならなかったし、
あの大人げない大人の巣窟の会社で働かなくてもいいから、そしたら、風見鶏にそんなことを言われることもないんだけど、
俺だって、いつまでもフリーターじゃ、と思って、少しでも父を安心させたくて、なんとか就職したんだ。
まさか、あんな会社とは思わなかったけど、


でも、26年、病気で苦しんでいる家族を持つ者が幸せか!

今度こそ、ぶん殴ってやりたい衝動を抑えるのに必死だった。

そりゃ、痴呆症も大変かもしれないが、最近そうなって、かといって、母親の世話なんかせず、

遊びに出かけることしか考えてない。

好きなものを好きなだけ食い、好きなように生きてるじゃねぇ~か!


こいつの言動で腹が立つのは、それだけじゃない!

スポーツでもなんでもだ!

知ったかぶりで、知らなければこっそりパソコンで調べて、知ったような口を聞く!


でも、あの大人げない大人がいるところにいる俺が悪いんだ、と思って自分を殺すしか今は出来ない。


全ては、俺の無力さが招いていることなのかもしれない。


しかし、この屈辱を俺は忘れない。


そしていつか、必ず、母の墓前に良い報告が出来るように、幸せを手に入れてやる。

それは、俺には出来ないかも知れないけど、


あの器の小せぇ風見鶏が具の根も出ないように、

というか、大切なことは何も言わないが、


ほんと、この屈辱の日を忘れない。

そのためにも、面白い作品をまず書こう。

俺には、それしかないんだから、

なんか堂々巡りで、一度もチャンスを得ず終わりそうで怖いけど、俺にはそれしかない。


この屈辱をはらして、母の墓前に良い報告をするんだ!

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