熊は勘定に入れません-あるいは、消えたスタージョンの謎-

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素晴らしき真鍮自動チェス機械

2010年01月16日 | Wolfe
国書刊行会の『モーフィー時計の午前零時』所収、ジーン・ウルフ1977年の作品。
編者は若島正、訳者は柳下毅一郎というウルフ好きには鉄板の組み合わせである。

物語の舞台となるのは、かつての大戦争によって文明が退行した世界。
ドイツの片田舎と思われる辺鄙な村に、フリークの小男と香具師の乗る馬車がやってきた。

彼らは古代の遺産であり、いまや世界で唯一の稼動するコンピュータとなった全自動式のチェス機械を
持参しており、この機械は誰と指しても決して負けないという。
これに挑んで完敗を喫した大学教授のバウマイスターは、法外な値でコンピュータを買い取るが、
その中身は手のこんだイカサマ仕掛けだった。
落胆する教授に対し、機械を操っていた小男の「足萎えハンス」は、逆に香具師を騙そうと持ちかける。
酒場女のグレートヒェンを巻き込んだ計画はうまくいきそうに思われたが・・・。

文明の遺物とそれを操る流れ者、さらにフリークが出てくるピカレスク調の物語ということで、
アヴラム・デイヴィッドスンの代表作「どんがらがん」と近い印象を受ける。
とはいえウルフ作品だけに、単なるデイヴィッドスン似のファンタジーには終わらない。

物語の終盤で足萎えハンスが、イカサマ勝負を成功させた後“タバコ屋の主人”に納まった自分を
想像する場面が出てくるが、このときの逡巡が結末と呼応することで、何ともいえない余韻を残す。
結果としてチェス相手に困らなくなった彼は、はたして幸福なのか不幸なのか?
人は自らの囚人であり拷問者である、というのはウルフが好んで取り上げるテーマの一つだ。

さらに目を転じてみれば、チェスというゲームの中に戦時下の現実をさりげなくダブらせる演出も心憎い。
チェスを指すハンスが見上げる空に浮かんだ気球は、いわば機械の中から見上げた駒の姿である。
この瞬間、現実の世界で繰り広げられる戦争はチェス盤の上で繰り返される無数の棋譜へと同化され、
幾度となく繰り返されるゲームの一局にすぎないことが暗示されるのだ。
そしていま再び“戦車”という兵器が発明されつつあるという事実がそれとなく示されることによって、
まさに第一次世界大戦当時の状況が再現されつつあるという点にも符合している。
さらに作中に現れる名称を調べていくと、そこには第二次世界大戦の影すらも・・・。

チェスのゲームから一転して、永遠に繰り返される「世界」と「人生」の、救いがたい不条理さを
一望の下に開示する鮮やかな手際こそ、ウルフならではの絶妙の一手だろう。
戦争が近代化・機械化されていく過程が、自動機械によるチェスと重ねられている点も見逃せない。
民話風のチェス小説にして戦争文学でもあるという、ウルフ的な企みに満ちた一品である。

なお本作におけるチェス機械は、実在したチェス機械“トルコ人”のエピソードに基づく再話だが、
それ以外にも実話や他の創作からの引用らしきものが見え隠れしている。
かなり妄想が入っているので作者の狙いとの一致度は不明だが、ネットなどで調べた結果として
個人的に気になったものを列記しておく。
さらに前述した第二次世界大戦に関する事項についても、ここに記載する。


シュロスベルグ・・・実在する山で、ドイツ語で「城の山」を意味する。
ただし、作中で出てくる「シュロスベルグ」がこの山であるとの確証はない。

列と輪・・・ラインとリングか?どちらもワーグナーのニーベルンゲンの指輪つながりでは。

ファウスト・・・ゲーテによる同名詩劇の主人公。『アメリカの七夜』にも引用あり。
ヒロインの名前である「グレートヒェン」は愛称で、本名はマルガレーテである。

パンツァーファウスト・・・第二次世界大戦でドイツ軍が使用した携帯式対戦車無反動砲。
ドイツ語の「装甲」と「拳」が組み合わさったもの。

マルガレーテ作戦・・・1944年にナチス・ドイツが実行した、ハンガリー王国の制圧作戦。
ハンガリーの作戦はマルガレーテI、実行されなかったルーマニア制圧作戦はマルガレーテIIとされる。

パンツァーファウスト作戦・・・ナチス・ドイツと矢十字党により1944年10月に実行された、
ハンガリー王国のクーデター計画。マルガレーテ作戦に続いて実行された。

アドルフ・アンデルセン・・・ドイツのチェスプレーヤーで数学の教師。
『モーフィー時計の午前零時』の巻末解説の中でも、その名が挙げられている。
非公式ながら、一時期は世界チャンピオンの座についたともされる。

アドルフ・ヒトラー・・・いうまでもなく、世界で最も有名な独裁者。
彼とチェスチャンピオンのアンデルセンが同国人かつ同一名を持つという奇妙な符合こそ、
ウルフに『素晴らしき真鍮自動チェス機械』を書かせた一因ではないだろうか。
なお、アドルフという名が「高貴な狼」を意味することは、ウルフの作品全般に大きな影響を
与えている模様。(『ケルベロス第五の首』の謝辞にも、それが反映されている。)

ウィリ・バウマイスター・・・ドイツの抽象画家。
その作品はナチスから退廃芸術とみなされ、うち5点は「退廃芸術展」で展示された。
画家でもある妻の名は、マルガレーテである。

ハンス・ベルメール・・・球体関節人形で知られる、ポーランド出身のシュルレアリスト。
彼の生誕時、ポーランドはドイツ帝国領であり、ベルメールもドイツ国籍を有していた。
奇妙に歪んだ肢体を持つ彼の人形は、ナチスのアーリア人優性主義へのアンチテーゼでも
あったとされる。なお、ベルメールの最初の妻の名もマルガレーテ。
足萎えハンスの容姿と女給のグレートヒェンを襲った運命は、どこかベルメールの人形を連想させる。


ベルメールとバウマイスターが共にシュルレアリストと見なされていることを考えると、
物語の最後で言及される「無意識から生まれる新たな技術(アート)」とは、超能力と
シュルレアリスム運動を掛けたウルフならではの冗談ではないかと思われる。
あるいはこれは、超人思想と神秘主義に傾倒する一方でシュルレアリスムを否定し、
弾圧を加えたナチスとヒトラーに対する、ウルフなりの痛烈な皮肉なのかもしれない。
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