日本では1月に放送されたSMAP×SMAPの特別番組「いまいじめているきみへ・・・」を見た。
ヤンキー先生と呼ばれる義家弘介先生を迎え、ゲストや視聴者のいじめの経験談が紹介された。
番組の中のアンケートで「いじめられる側にも原因があると思う」に賛成した子供達は3/4以上。人が嫌がる事をするからいじめられるんだと子供達は言う。
確かに、私が子供の時にも、周りの人の事を考えられない生徒はいた。先生にこびたり、やたらに要領の良い子、逆に要領の悪い子。先生がひいきしている子、うるさい子、ちょっと不潔な子などなど・・・。子供の未熟な心では「あの子嫌い」「気にくわない」と思ってしまって当然だろうとも思う。大人だって、嫌だと思う感情はコントロール出来ない場合が多い。
だからと言って、その子をいじめていいのか?
それとこれとは別問題だと思う。
番組の中でも言っていたが、「その子が嫌な事をする」「私はあの子を嫌いだ」と言う事と「いじめ」は別の問題だと。
人が嫌がる事をしたとしたら、それを注意すばいいのであって、いじめるのはお門違いではないかと。
そう言うひねくれた、お門違いの考え方って、どこから来るのだろう・・・と、ふと番組を見ながら考えた。
やっぱり、そこには
親のものの考え方が影響しているのではないかと・・・。
生まれた時から・・・もしかしたら生まれる前から、延々と植え付けられた
親のものの考え方。それを基準にして子供達は物事を判断して行くのではないかと。少なくとも小さいうちは。
だとすれば、結局は「親」がしっかりしなければいけないのかなと、やっぱりそこに辿り着く。
いじめは学校や教育委員会だけの問題ではないのではないか?
各家庭ベース・地域ベースの問題でもあるのではないか?
大人達はなぜ、
「だめなものはだめ」だと言えなくなったのか?
そんな風に思いながら番組を見ていた。
そして、最後にいじめから開放された女の子が、クラスメートの女の子から電話をもらつたと言う話を聞いて思った。
きっとクラスや学年に最低でも一人は、正義感の強い子供が居るのではないかと。そんな正義感の強い子供達も「いじめを助けたらいじめの標的になるかもしれない」と言う不安や恐れを捨てて立ち上がれるようになって欲しいと思う。
一人一人は弱いから、だからみんなでまとまって誰かをいじめるんではなくて、みんなでいじめを無くす方向に動いてくれると良いなと思った。一人一人が正義の味方になれるといいな。