徒然なるままに・・アメリカ、そして日本

二度のアメリカ生活。
ボストン・オハイオ州・フィラデルフィア郊外に住み、
2010年夏、日本に帰国しました。

週末の嵐

2010年03月17日 | サバイバル in America
週末のNJのお天気はひどかったですね。

前にも書きましたが、週末に末娘がNJの塾に通っています。この週末は、たまたま日曜日に塾のテストが予定されていたので、ミツワマーケット近くのホテルを予約していました。
娘を塾に送り届け、チェックインが出来る時間まで時間をつぶし、早めにチェックインして、ホテルのフィットネスで汗を流したり、温泉よろしく、長女が日本から送ってくれたゲルマニウム入浴剤を使ってゆっくりお湯に浸かったりしていました。いい身分でしょ。

さて、末娘を迎えに行く時間になり、いつもは30分ほどの道を念のため1時間以上前に出ました。
至る所でポリスカーが道を塞いでいたり、車線規制をしていたりして、幹線道路に乗るまでに予定以上に時間がかかりました。それでも、ここまで来れば一安心…と思いきや、途端に渋滞。それでもローカルの道よりはましだろうと思ったのですが、全然動かなくなりました。仕方がないので、ローカルの道に出ましが、思い通りに走れない。まっすぐ行くつもりが、やっぱりボリスが道を塞いでいたり、パイロンが立てられていていたり、黄色いテープが張られていたりして、先に進めず、迂回を繰り返しました。まるで迷路です。

浸水している場所も多かったですが、大きな木が倒れ道路を塞いでいたり、倒れた気で電線が切られ、信号も機能しておらず、交差点で立ち往生している車も多かったです。
結局、いつもは30分の道を1時間半かけて迎えに行きました。もちろん、遅刻。

きっと、そのままホテルに引き返しても、路上の混乱は同じだろうと、塾の近くのレストランで食事を取る事にしました。
レストランは、既に8時を過ぎているというのに、大混雑。家が停電して食事の用意が出来ず、レストランに来ている家族が多いようでした。食事中も、何度かレストラン内の電気がフッと消えそうになる瞬間が有り、ざわざわしていました。

結局、末娘の授業の後、塾も停電になってしまい、日曜日に予定されていたテストは先送りになりました。
でも、あの天候の中、フィリー郊外の自宅まで帰宅するとを考えれば、ホテルを予約していて良かったと思いました。

2-3日発った今も、停電している家は沢山あるそうです。
そう言えば、日曜に自宅に戻ったら、こちらも一度停電していたようです。そして、月曜の早朝ジムに行ったら、停電のためクローズしていました。我が家のアパートの前の信号も動いていなくて、近くの道路が通行止めになっていましたが、やっと今日の午後になって復帰していました。どうも、大きな木が根こそぎ倒れたようです。
それにしても、木が沢山あるのは精神衛生上良いのですが、こういう時には困りますね。水浸しになったり、あちらこちらで停電したり、アメリカのライフラインのもろさには時々驚かされます。

そんな週末でしたが、その前の週末は、いいお天気で、マンハッタンをブラブラしてきたのでした。
地下鉄で、南の方に移動し、ロウワーマンハッタンのイーストリバー沿いを歩いてきました。10年以上ぶりに行ったSouth Ferry乗り場、すっかり奇麗になっていました。ピア17から見るブルックリン橋、帆船を眺めるのも気持ちよかったです。


コメント
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