天燈茶房 TENDANCAFE

さあ、皆さん どうぞこちらへ!いろんなタバコが取り揃えてあります。
どれからなりとおためしください

Muses Europa Eisenbahn 2012-2013中欧鉄道音楽紀行 9:Speisewagen ハンガリア号の食堂車

2013-02-02 | 食べる
WRmz Speisewagen/EC170 Hungária


8:Hungaria Express 国際列車ハンガリア号の旅からの続き

EC170列車「Hungária(ハンガリア)」号には、食堂車が連結されています。


ブダペストからベルリンまで、12時間近くかけて走破する「ハンガリア」号の乗客は、
この“列車の中にあるレストラン”で、旅しながら温かい食事をとることが出来ます。

日本では一部の豪華寝台列車を除いて、すべて廃止されてしまった食堂車。
ヨーロッパでも高速列車化が進んだ西側諸国では淘汰されて姿を消しつつありますが、
中欧・東欧の長距離列車には今でも伝統ある本格的な食堂車が健在です。

流れる車窓を眺めながらの食堂車での食事は、鉄道の旅の醍醐味です。
また、幾つもの国を駆け抜けるヨーロッパの国際列車の食堂車では、その列車の経由する国と地方の名物料理がメニュー表に載っていることもあり、
列車を降りること無く領土色豊かな食事を楽しむ事も出来るのです。

僕も、「ハンガリア」号の食堂車で昼食を楽しみました。


「ハンガリア」号の客車のデッキには、食堂車が連結され営業中であることを示すピクトグラム表示も光っています。
昔の東海道山陽新幹線にも、こんなのありましたよね確か。


これが、「ハンガリア」号の食堂車の車内…いや「店内」です。
昼食時間より少し遅くなってから行ったのですが、結構賑わっていますね。
ハンガリー国鉄が所有している食堂車のインテリアは、少し懐かしいような感じのする一昔前の街のレストラン、
といった雰囲気です。


無骨で無愛想なおじさんのウェイターが持ってきてくれたメニュー表。
メニューの種類はかなり豊富で、中央ヨーロッパ各国の美味しそうな名物料理が並んでいます。
目移りしてしまいますね!
ちなみに代金はユーロとハンガリーフォリントとが並んで記載されていましたが、
実際にはチェココルナでも支払えるようです(換算レートはよく分かりませんが)。


先ずは、ビールの本場チェコに向かっていることを記念して(笑)ビールで乾杯!!
でもよく見ると、グラスにミュンヘンのホーフブロイハウスのものによく似たエンブレムが付いてるような。
ちなみに、断酒の誓いを厳守してノンアルコールビールですので念の為!
でも、ヨーロッパのノンアルコールビールは日本のものと違って普通のビールからアルコールを飛ばす手法で作られているので、
ビールの風味が濃厚に残っていて美味いんだよなぁこれが。
(それに、実際には極僅かとは言え酒税法に抵触しない程度のアルコール分も残ってるらしいのだが、それは内緒…(笑))


そして今日の僕の昼ご飯は、ウィーン風カツレツ“シュニッツェル”
僕の好物です。
白身の豚肉か仔牛肉を薄く叩き伸ばして、硬めのパン粉の衣を付けてフライパンで揚げ焼きにしたもので、
癖のない食べやすい料理なので、どんな店で頼んでもだいたい当たり外れがない定番メニューなのですが、
「ハンガリア」号の食堂車のシュニッツェルは大当たり!でした。
見ての通り、並べたら皿からはみ出さんばかりの凄いボリュームのカツレツが二枚も!
その下には、これまた大量の揚げたジャガイモが敷き詰められています。これぞ正統派!!
量だけでなく味の方も、車内の厨房で揚げたばかりの熱々で衣はサクサク、お肉も柔らかく淡白でとても美味しかったですよ。

一皿食べたら、すっかりお腹一杯になってしまいました。
今夜はもう何も食べなくても大丈夫かも(笑)
腹ごしらえが済んだら、そろそろ「ハンガリア」号はプラハに到着です。
コンパートメントに戻って、下車準備と身支度を整えましょう。

10:Praha hlavni nadrazi プラハ中央駅に続く

Muses Europa Eisenbahn 2012-2013中欧鉄道音楽紀行 8:Hungaria Express 国際列車ハンガリア号の旅

2013-02-02 | 鉄道
EuroCity170 Hungária


7:OPERA NIGHT ハンガリー国立歌劇場からの続き

2012年12月30日

ブダペストに滞在するのが一晩だけなのは何とも惜しいのですが、朝の列車に乗って次の街に向かいます。
ホテルをチェックアウトして、ブダペスト東駅にやって来ました。

これから乗車する列車は…


ブダペスト東駅を9:25発、
ベルリン行きのEC(ユーロシティ:ヨーロッパ国際急行)170列車「Hungária(ハンガリア)」号です!
この列車に、途中経由するチェコの首都プラハまで乗ります。




ブダペスト東駅の大ドーム下のプラットホーム、昨日ベオグラード行きの「Avala」号が停車していた6番乗り場には既に
ハンガリー国鉄所属の青い客車の編成が入線して据え付けられています。

Hungáriaという、ハンガリーの国名そのものを列車名として戴くこの列車。
東西冷戦の最中にヨーロッパ西側諸国で運行され、速さと豪華さを誇った欧州横断特急TEEに対抗すべく、
1960年に東側各国が威信をかけて運行を開始したヨーロッパ共産圏の国際特別急行列車として誕生したという、
由緒正しくも重苦しい“鉄のカーテン”の歴史を背負った、そんな名列車なのです。

…そして21世紀の現代。
ベルリンの壁が崩壊しソビエト連邦が消滅した今では、「ハンガリア」号はヨーロッパ各国を結ぶECのネットワークの一員となり、
誰でも気軽に乗れる便利な列車として活躍を続けています。
対立の無い、平和で安定した世の中の有り難さを感じずにはいられません。


「ハンガリア」号の先頭には、
チェコスロバキア製で現在はスロバキア鉄道が所有する電気機関車が連結されています。
この列車が東側陣営の威信を背負って走っていた頃から、「ハンガリア」号を牽引していた古参兵なのでしょうね、きっと。

機関車の顔も拝んだので、そろそろ「ハンガリア」号に乗り込みましょう。



今日もヨーロピアンイーストパスの1等車用を使って、優雅に1等車での旅となります。
「ハンガリア」号の1等車はヨーロッパの伝統的なスタイルである6人部屋のコンパートメントでした。
見知らぬ他人と相部屋になりますが、今日は僕以外には落ち着いた雰囲気の女性旅行者が1人しか乗っておらず、
お互いに笑顔で挨拶を交わした後は静かに過ごせそうなので、快適です。

定刻にブダペスト東駅を発車して、これでブダペストともお別れ。
必ずまたこの街に来るぞ、そしてまたハンガリー国立歌劇場でオペラを観るぞ…と感慨に耽っていると、
コンパートメントのドアがノックされ車内検札の車掌が入って来ました。
大丈夫!僕は乗り放題の切符を持っているんだぞ、と自信満々にヨーロピアンイーストパスを渡して
「I go to Praha!」と告げると、切符の券面を覗き込んでいた若い車掌は怪訝そうな顔をして
「ちょっと待ってて」と言い残してヨーロピアンイーストパスを持ってどこかに行ってしまいます。

あれ?何かあったのかな。ひょっとして彼、ヨーロピアンイーストパスを知らないんじゃないだろうななどと思って待っていると、
車掌長らしい初老の男を伴って戻ってきて英語でこう言います。

「この切符には、日付が書かれていない」

あっ、しまった!
ヨーロピアンイーストパスを使用する時は、列車に乗車する前に自分で券面に日付をペンで書き込まなければならない、
無記入で乗車すると不正乗車扱いとなるという決まりがあるのをすっかり忘れていました。
「sorry…今すぐ今日の日付を書くよ」とペンを取り出そうとすると、
「いや、お客さん、それはダメだ。チケットホルダーの注意書きにも書いてあるが、これは規則なんだ。
悪いが、あなたからペナルティを徴収しないといけない。ペナルティは10ユーロだ」
ええーっ!!

ああ、何てこったい…
ついうっかりのミスで罰金とはね…
でもまぁ、今回は確かに僕が悪いんだし、ペナルティの金額も約千円で済んだのでよかったよ
(契約社会のヨーロッパでは規則違反は「重罪」で、
不正乗車と見なされた場合は故意でなくても容赦無く馬鹿高い罰金を取られることも珍しくないと言いますからね)

いい勉強になったと思って10ユーロ札を車掌長に渡すと、彼も申し訳なさそうに「ありがとう」と言いながら、
ヨーロピアンイーストパスの券面に今日の日付を書き込んでくれました。

出発早々に残念なアクシデントがありましたが、
ブダペストを離れた「ハンガリア」号はドナウ川に沿って走り続けています。



ドナウ川の向こうはスロバキアの筈です。

やがて国境を越えて、ハンガリーともお別れ。
お昼にはスロバキアの首都ブラチスラヴァに到着しました。


そう言えば、スロバキアに入国するのはこれが初めてです。
もっとも、入国と言っても列車で数時間かけて通り過ぎるだけで、入国審査もパスポートコントロールも何も無いので、
実際ほとんど意味は無いのですけれどもね。
それに、確かブラチスラヴァはウィーンのすぐ近所で僅か数十キロしか離れていなかった筈。
地図上で見ると昨日から隣近所を行ったり来たりしていることになるので、何だか面白いですね。

ブラチスラヴァで、列車の乗客も多く入れ替わりました。
東西冷戦期は東側陣営の2大首都ブダペストとベルリンを結んでいた「ハンガリア」号も、
ヨーロッパ上空を格安航空会社の飛行機が飛び交う現在は地方の都市間輸送が主体となっているようで、
10時間以上もかけて全区間を乗り通す乗客は殆ど居ないのでしょう。



ブラチスラヴァ発車後も列車は地方の町の駅にこまめに停車しながら走っていきます。
そのうち、駅のプラットホームに停車中のローカル列車の車体のロゴがチェコ鉄道のマークに変わっているのに気が付きました。
いつの間にかまた国境を越えて、チェコの国内に入ったようです。
ほんの20年ほど前までは、同じチェコスロバキアという国だったので、国境に気が付かなくても当然かも知れません。


食堂車で昼ご飯を食べているうちに、列車は峠越えの区間に入ります。
山には雪が残っていますね。数週間前にヨーロッパを襲った2012年冬の大寒波に伴う豪雪の名残のようです。
あの時はヨーロッパ全土の鉄道が雪で麻痺してしまい、乗客が止まった列車に閉じ込められて一夜を明かしたりして大変だったようです。
大寒波襲来のタイミングが少し後にずれたら、今回の僕の旅も危うくなるところだったと思うと思わずゾッとします。


雪の峠道を無事に越えて、「ハンガリア」号はボヘミアの平原地帯を快調に飛ばしていきます。
冬のヨーロッパの短い昼が終わり、辺りは薄闇に包まれてきました。
そろそろプラハに到着です。


午後4時10分、「ハンガリア」号はプラハ中央駅に到着。
途中の雪の峠越えもものともせず、定刻より10分程度の早着でした!
歴史ある中欧の名列車の誇りを見せつけるような、見事な走りっぷりでした。


「ハンガリア」号はプラハで進行方向を変えるようで、
編成の最後尾にチェコ鉄道の電気機関車が連結され出発準備を整え始めました。
これから「ハンガリア」号はヴルタヴァ川(モルダウ)の流れに沿って走り、
また国境を越えてドイツに入り、ドレスデンを経由して、終着駅のベルリン中央駅を目指します。
ベルリンまではあと5時間弱、まだまだ長い道のりです。


何だかこのまま一緒にベルリンまで行きたいような気もしますが、
「ハンガリア」号に別れを告げてプラハの街に降り立ちます。

「この先も、お気をつけて、ご安全に『ハンガリア』号。
いつか、ブダペストからベルリンまで全区間を乗り通してみたいよ。その日まで、さようなら!」


さあ、プラハにやって来ました。
この美しい街には僕も少なからず想い出があり、再訪を願い続けていた街でもあります。
それに今日はこれから、プラハ国立歌劇場でオペラを観るのです!
昨夜に続き、今宵もオペラの夢に酔いしれることにしましょう…!

…でもその前に、もう少しだけ「ハンガリア」号の旅路を振り返ってみます。
この列車には、美味い中欧料理を食べさせる食堂車が連結されていました。

→9:Speisewagen ハンガリア号の食堂車に続く