◎ 三十一文字のレシピ ◎

     自作短歌の解説や製作秘話?などを紹介しています。

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『乱世に《恋ゆる》』

2006-12-10 23:33:12 | Weblog

詠んだ短歌についての解説です。
あくまで私がネタにしたものの覚え書きなので、
これが正しい読み方だ!というものではないです。
読者さまの想像におまかせするために広がりのある言葉を
選んでいる場合もありますし、その想像の方がずっと素敵な情景だと
いうことも多いと思いますので、基本的にはみなさまの感じたままを
味わっていただけると幸いです。
ただ、やっぱり初心者ですし、私の書き方の問題でわからなくて
「何コレ?理解不能でもやもやする~!」と思ってしまう方も
いらっしゃるはずなので、よろしければ参考にどうぞ。
「まだここがわからん!」「こっちの方がいいんじゃない?」
「私はこんな風に解釈しました」などの
質問・アドバイス・コメントがあれば遠慮なく書き込んでください。


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まず最初にタイトルについて説明しておきます。
このタイトルは最初『乱世に恋ゆる』でしたが
『恋ゆる』の文法間違いについてメールでご指摘いただきましたので
少しいろいろ考えました。。
(『恋いる』『恋ふ(恋う)』が文法的に正しいものです)

文法間違いについてはわかっていたのですが、語感が好みだったのと
インターネットで検索してみると間違って(わざと?)使っている人が
たくさんいたのでちょっと迷いながらもあえて使いました。

これは言ってしまえば「俗っぽい」若い子が書いたイメージの歌
(自分の中のそういう部分)であり、少しおかしい間違ったことでも
世間の俗っぽい恋愛観に惑わされてしまうようなところがある……と
いった感じにしようと思ったのです。

そして、自分の生きる世の中はあくまで平和で、
きっと多くの人からすれば自分の悩みなんて平凡で、
そんなこと、わかってるから浸りきれないけれど、
それでも自分はそれをすごいことのように感じてしまっている。
そんな若い子の姿を思い浮かべていただけるといいなと思って
『乱世』『憤死』などという言葉と恋という甘く軽い響きのものを
結びつけた感じの作品になりました。

ただ、間違った日本語を濫用するのはいけないことであるという認識や
それを知らない人が誤解したり間違いが広まってしまう危険性と
いうのを秤にかけたときに、そこまで価値のある表現であるかどうかは
微妙かもしれません。

『乱世に恋う(または、恋いる、あるいは、恋ふ)』が正しい表現だと
教えていただきましたが、もしタイトルを変えるのであれば
まったく別のものにすると思います。
上手く伝わるかどうかわからないのですが、『乱世』という重い言葉に
『恋ふ』『恋いる』という堅い語感の言葉がどうしても
イメージではないのです。
(あくまで自分だけの感性であってみなさまの捉え方は
あまり変わりないかもしれませんが)

そういうわけで、今は一応 《  》 をつけて
『乱世に《恋ゆる》』としています。


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■何してる?誰といるの?は聞かないさ代わりに何が見えるかおしえて

これは本当に感覚的な歌です。
思った言葉がただ単に五七五七七になっていただけです。
ジェラシーって人間にとっては当たり前の感情だと思うし、
束縛をするタイプの人を否定するわけでもないですが
(そういう人にはそういう人の感性や、良さがあると思います。)
私にとってはあまり意味を成さないものなのですよね。
だから、極論でいえば、好きな人が何をしてても誰といてもいいのです。
でも、その人自体はすごく好きだから、何を見て、何を感じて、
何を考えているのかは知りたい。
そんな想いで詠みました。

でも、浮気されているのを知っていて、あえて聞かないし
我慢しているけど……という切ないストーリーを思い浮かべるのも
良いと思います。
その他、片思いだから嫉妬する資格すらない、
不倫だから奥さまといるのはわかってるけど何も言えない、など
苦しい恋をするすべての人へ。


■学生証差し出したのに改札機そんな乱世も受け入れるのかい?

これは地元の地下鉄の駅でふと思ったことです。
シチュエーション自体は多分みなさまが想像するとおりです。
定期券と間違えて出したカード(私の場合は私鉄の定期)を
改札口は吸い込んじゃうのです。
もちろんそのあと出口の方から警告音と一緒に出てくるのですが
吸い込む時点では拒む権利すらないんですよ?
そして受け入れてしまって、ちゃあんと受け入れきれてしまえば
いいのだけれど、改札機は柔軟でもバカでもないから、ちゃんと
わかってしまうのです。そして辛そうに警告音を出すのです。
ああ、哀しい。

そう思ったとき、今ハマっている『蒼天航路』という三国志漫画の
18巻にある曹植と甄氏の話が浮かびました。
甄氏という女性はもともと袁家に嫁いだのですが、曹家が袁家に
攻め入ったとき、曹植の兄である曹丕が奪って妻にしてしまうのです。
そんな甄氏と曹植の出会いのシーンとそっくりなんです。

曹操が北伐のときに知った珍味である『醍醐』という羊のチーズを
食べていて、曹植に「みんなに分けてあげなさい」というシーンです。
曹操の奥さんのひとりなどは「いったい何なのですか
この腐ったようなものは」と言っていたので、
チーズは当時の魏で慣れ親しんでいる味ではなかったようです。
そして曹操は「甄夫人、君はどうだ」といって甄氏さんにも勧めたので
曹植はチーズを指でつかんで甄氏さんに食べさせようとします。
このへんのイメージが「入れる」とかではなく「差し出す」という
動詞のイメージなのかもしれません。
そこで、13歳の曹植は甄氏さんにひとめぼれをするのですが、
ここの独白がこの歌の元ネタです。
チーズを「あーんして」の方法で食べさせる一連の動きを
描きながらこんな言葉が書いてあります。


 絶世の美をそなえてこの世に生をうけ
 袁氏に嫁ぎ 曹家に破られ 略奪されて今は兄上の妻
 貴女は乱世の波に翻弄され過酷な人生を
 寂しいほど静かに受け入れてきた

 【そこで、曹操の奥さんが「いくら殿の勧めでも
  無理をしなくていいのよ およしなさい」と言います。】

 甄氏 あなたはいかなることをも拒まぬのですか
 なんというはかなさ なんという美しさ
 僕は 僕はどうしようもなくあなたが好きだ

甄氏さんと曹植の話は『公子曹植の恋』『曹操残夢』にもあって
そちらもおすすめです。
13歳のときに好きになった嫂を一生想い続ける彼の姿が
歴史の流れとともに書かれています。
実際の曹植がこんなふうだったかはわかりませんが、
この曹植の恋にとても感情移入してしまうのです。
私も若さゆえの激情で13歳で好きになった人を
かなわないけれど、ずっとどこかで好きでいて、
その想いとどうにもならない無力感を抱えて生きてきたからです。

話が脱線したので短歌のことに戻ります。
「学生証」という言葉を選んだのは現実の「私鉄のカード」じゃ
わかりにくいし、語数が合うという理由でぱっと選びましたが
一応他のものではなくて学生証なのは、まず、アイデンティティを
示すものであることが重要だと思っています。

『蒼天航路』18巻ではそのあと曹植が甄氏さんに思いを告げる
シーンでこんなことを言っています。

 貴女はご自分の心を閉ざし
 どこまでも貞淑に天命を受け入れようとなさっておいでだ
 僕が貴女に恋焦がれ 今宵貴女の寝所を訪れたのもまた
 あなたの天命でしょう
 ならば貴女は今まで通り粛々とこの僕を受け入れるべきだ
 僕は貴女を解き放つ天命です!

なんだかすごいことを言ってしまっていますが、
このあと読み続けていただければ分かると思います。

私もここで、「学生証」というIDカード、すなわち自分自身である
ものを持ち出しました。
免許証でも保険証(さすがに大きすぎるかな?)でも
いいけれど、学生証というところがいかにも若さと不安定さを
表すのにはうってつけではないかと思うのです。
若さ、とか言っていますが私は23歳で本当は大学を卒業して
社会人であるはずの年齢です。
高卒で働いていればもう5年目の中堅社員です。
なのにまだ子供でモラトリアムを感じている自分自身がよく見えます。


■90℃あなたの世界連れてって目が回るまで180℃

これは美術が好きなマイミクさんと
美術館に行ったあとに書いたものです。
感覚でつくったものなので、説明するのは難しいです。

余談ですが、私はあまり美術を解する人間ではなく、
あまり技法とかを見ていないし、あとから思い出しても
どんな作品だったか(色、形など)全く思い出せません。
だから今まで美術館はあまりひとりで行こうと思わなかったのですが
その方の日記とかの感性を見たら「この方と行けば絵の見方が
わかるかもしれない」と何となく思い、ご一緒することに。

とりあえず人と一緒なのでひとりのときのように適当に見ることは
できないので、真剣に見はじめます。
美術作品を見ても「これはどういう精神状態で作ったのか?」
「これを見るとこんな気持ちになったり、こんなテーマについて
考えさせられる」と感情的な面で見てしまいます。
見たあとはいろんなものを頭に入れすぎたせいか
考えたせいか、すごく疲れて、本当に目が回るかと思いました。
やっぱり帰ってからどんな作品があったかは覚えてないのですが
ただ強烈な印象だけを覚えていて、やっぱり美術は向いてないけど
無駄なものではないし、確実に自分の糧になっているなあと
実感しました。

私は読書や議論というのは割と好きなのですが、
そういうものは自分にとって『深み』だと思うのです。
でも、今回のような美術というのはくるくる回されてるような
感覚で、そのあたりを角度で表しました。

最初は「90度、180度……」からはじめようと思ったのですが
『90℃』      『180℃』と中にはさんだら
その中で言葉が回りだしたので、そうしました。
みなさんがその中で回ってくれると嬉しいです。


■お弁当詰め込みすぎると閉まらないだから想いも少し減らして

乙女な感じの歌を作りたくてこんな感じになりました。
が、元ネタは私の母です。
私は男の子以上によく食べる子で、今でもピザMサイズ半分に
ケーキ2個をぺろっと平らげてしまうくらいの根っからの大食い。
今以上に食べていた中学生の頃の私のお弁当に
母はいつもありえないくらい大きいおにぎりやおかずをパンパンに
入れてくれるので、いつもふたを閉じるときに閉まらないのです。
無理して閉めるのですが、開けたときにはぐちゃぐちゃになって
大変でした。
家が学校から1分とものすごく近かったので、母が休みの日は
お弁当のかわりにあつあつのグラタン(!)を
持ってきてくれたりもしました。
友達や先生にはびっくりされましたが当時の私のお気に入りでした。
きっと「冷めたご飯がおいしくない……」と文句をいってた
姉と私のためにいろいろ考えてくれていたのでしょう。
反抗期で迷惑かけてばかりで悪かったなあと今では思います。

そして『詰め込みすぎると閉まらない』のはお弁当だけじゃなくて
いろんなものがそうかもしれないと思うのです。
恋でも仕事でも、詰め込みすぎちゃうと逆に上手くいかないことが
けっこうありますよね。

そして私が1週間の歌人人生(短すぎ!)で思ったことでもあります。
やっぱり伝えたいことがあって短歌を詠むのですが
あまりにも大きいテーマだと、上手く歌にならないのです。
だから想いを最小限にして「あそび」の部分をつくるのも
大事なのではないのでしょうか。

この「あそび」は「無駄な部分」でもあり「遊び」でもあると思います。
私の歌で例をあげてみます。

「90℃ 180℃」なんかはなくてもいい「無駄な部分」で
「あなたの世界連れてって」にしか意味はないのですが
それ以外のところにもちゃんとした、気持ちがしっかりある言葉を
入れてしまうと、それは重すぎるのです。

逆に『アルファベ遊び』のような「恋に一喜一憂したけれど
今はもう全部昔のことだ」なんていうテーマはまともな言葉で
語るときりがないと思います。
いくら連作だったとしても三十一文字では難しいです。
私はそこにちょうどアルファベットの形で遊ぶことを思いついて
その遊びの中に自分の体験したことを流し込んだ感じです。

そうはいっても、もともと詰め込みすぎてしまうタイプなので
今こうやって長い解説文が必要なのです。
みなさん、お弁当をつめすぎると汁がもれますので
注意しましょう。



■寒空に季節じゃない歌うたっても調子っぱずれに返事は雪だけ

私の住んでいるのは関西なので、雪なんて降りませんが
あんまりにも寒くて、詠んでみました。
ちょっと田舎の丘で、帰る途中に歌いながら歩いてる
女の子のイメージが浮かんだので、そのまんま。



■憤死ってなんだろ?怒りで死ねるなら恋の病も死ぬかもしれない


三国志を読んでいると「憤死」という言葉がよく出てくるのですが
憤死って何なのでしょう。
三国志の憤死で有名なのは演義の周瑜、あとは陸遜も憤死らしいです。
憤りや失意を感じたままに病死、という意味なのかもしれませんが
人は感情で本当に死ねるものなのか、知りたいですね。

この作品に共通するイメージの「若い子」像がこの歌にも
よく表れていると思います。
歴史上の人物の憤死しなければいけなかったほどの状況と
自分のそのへんにありふれた恋なんかを比べて
「恋の病も死ぬかもしれない」なんて言ってしまうのです。
ここにものすごい悲壮感はないと思っています。
でも、本人としてはけっこう一生懸命な感じが表れていると
いいと思います。


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■組み立ててバラバラにして組み立ててこうして二人の名前ができてく
                  
■きみとぼく壊して足して探しても無政府主義者(アナーキスト)にRが足りない

最後の二つは次回作と一緒に解説しますので少々お待ちください。

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