鎮守の杜から
葛木御歳神社神職が、神道についてや、日々感じたことなどを思いつくままに綴った私的なページです。
 



兼務しています御所市伏見の八幡神社が無事修復工事が終了しました!
一年に亘る調査&修復を終え、9月25日は竣工祭でした。

八幡神社は安土桃山期創建とされ、御所市の文化財指定を受けていますので、
修復には専門家の立会いが必要です。
解体後にきちんと調査されて、後世に修復されたものをできるだけ
元の形に戻すように修復が行われました。

主に傷んでいる縁と欄干の修復ですが、
建物が前に10度傾いているとのことで、建物全体をジャッキに持ち上げて
傾きの補正も行いました。

縁は、大きく張り出し過ぎていたものを本来の形に少し短くしました。
縁へ上がる踏み石の上に縁が張り出して上がりづらかったところも解消しました。

さすがプロ!で、色も以前のものに合わせて色合わせをしたので、
違和感なく出来ました。

秋祭りは10月8日が午後8時から宵宮。
翌9日は10時ごろから神輿が巡行、11時頃から本祭りです。
ぜひ麗しくなった八幡神社へお越しくださいね。

八幡神社のホームページです↓
http://www.mitoshijinja.com/hachimanjinja/index.html

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9月10日はおとしだまの森倶楽部の作業日でした。
先月は雨で作業は少しだけしてBBQ大会でしたので、
今回はやり残しをしっかり仕上げました。

奥山への入口が無事完成です!



10月10日の秋祭りにはお天気が良ければ午後から登拝しようと思います。
きっと、頂上からは黄金色に色づいた稲と彼岸花が綺麗に見えると思います^^
写真は9月10日の奥山からの景色です。



途中、数年前に間伐した切り株からひこばえが勢いよく出ていました。

駐車場の古い築地塀のところにはナンバンギセルが可憐に咲いています。
ナンバンギセルは万葉の想ひ草と呼ばれます。
恋する乙女が恥ずかしそうにうつむいたように見えるからだとか。。。
今年はたくさん咲きました。
今が見頃です♪

色々良い話が進んでいます。
それはまた後日お知らせしますね。

10月9日は秋祭りの宵宮。ススキ提灯が出ます。
10日の秋祭りには、午後から登拝を予定しています。

11月23日の新嘗祭には、狂言と太鼓演奏の奉納があります。
ぜひいらしてくださいね。↓
新嘗祭の案内へ



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ドラマ「JIN-仁」で繰り返し出てきたフレーズ、
「神は乗り越えられる試練しか与えない」だったか、
「神は乗り越えられない試練は与えない」だったか。

とにかく、そうなんだな~と思います。
乗り越える方法は色々あって、でも、とてもうまくできています。
ちゃんと折り合いをつけて、納得できる形で修正出来るんだと思います。
だから、乗り越えられるんですよね~。

人が出会う困難は人それぞれで、程度もそれぞれです。
困難が次々襲う人もいるし、平穏に過ごせる人もいます。
で、困難に対する耐性もそれぞれですしね。

多くの困難に遭うと、多くの気づきがあります。
でね、困難をやっつけた時の快感は、至福でもあります。
これ、結構楽しいんですよね~


困難は、解決出来そうにないから困難に思えます。
解決できない状態が、悲しさ、苦しさ、理不尽さ、閉塞感、憤り、理解されない思い、悔しさを生み、
それが、自分への攻撃に代わります。
感情を制御できないいらだち、喪失感、自己否定、自分の存在理由の喪失。
自尊心は他人に傷つけられるというより、自分で傷つけるんですよね。
理性が遠のいて、もう無理!だと思うと、自分を壊したくなる感情が怒涛のように襲います。
そして、客観的に見ている自分の理性の部分とがせめぎあいます。

その状態では、エネルギーは正の方向へ動けないので、解決に向かえません。
そこから、どうやって立て直していくかですね。

何度もその葛藤を経験すると、そういったものすべては、自分の中に存在する幻影のようなものだと自覚します。

困難など、本当は存在していないのです。
ただ、道が遠かったり、幾重にも重なった問題を一層一層はがしていく作業を根気よく続けるだけの気持ちの耐性を持てるかどうかです。

ここで厄介なのは、他人の存在です。
他人の負の感情に乗っかったらダメですよ。
これがなかなかしんどいのですが。。。
他人のマイナスのエネルギーに生気を吸い取られたら、
物事が冷静に見られなくなります。
一番の困難はこれを乗り越えることかもね^^

自分を卑下する感情はどこから生まれるのかなあ~とまだよくわかりませんが、
心ない他人の言葉に、打ちのめされたら、正の方向へ行けないので、注意ですよね^^

俯瞰的にみることです。
結局自分の生き方しかできないのですから、
自分を信じること無くして、前に進むことはできない。
進むためには、冷静さを失わずにいなければ。。。

自分を信じるためには、自己研鑽の努力を惜しまないことです。
自分磨きは、プラスのエネルギーを発生させます。
それと、自分が万能ではないことを素直に認めることです。
出来る範囲のことを、出来るだけすることだけが、自分に出来ることなのですから。

そこまで達観して、あとは、楽観主義に徹しましょう。
笑う門には福来る^^
困難も、自分の人生の一頁なんだから、楽しまなくちゃ!ね^^
いつのまにか、良い方向へするする動いていることに気がつきます。

食前感謝、食後感謝。
世の中は喜びに満ちています^^


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9月3日、御歳神社名誉宮司が永眠されました。

ちょうど89歳のお誕生日に旅立たれました。

一か月前まで、元気にしていました。

ここ二年は、毎日のように神社の境内で草むしりをしてくださっていました。
「いつもありがとうございます。助かりますわ~」と声をかけると、
「こうやって神社に居るとな、気持ちがスーッとするんや~」
といつもニコニコされていました。

耳が遠くなって、少しボケてきてはりましましたが、
いつも本当にニコニコされていて、
もう半分神さんの世界に入ってはるみたい~と思っていました。

ここ数年は、元嫁と元義父の関係でしたが、
神様を通した関係は、だんだん深くなっていくように感じました。
神職になってから、絆がより強くなってきたことを感じていました。

最初のころは神社のことで意見が対立することもありましたが、
だんだんとお互いがお互いの事をわかってきたように思います。
ある時、ああ、いつも防風林になってくれてはるんやな~と思いました。

最後に境内で話した時かな…
「暑いから水分取ってくださいや~」と声をかけたのは全く聞こえずに、
「今日は頼むわ。神饌は鯛と昆布と野菜と果物と買ってきてくれるやろ?
夜の祭りやし、もうわしは出んから、優子、頼んどくで」
と、いつものように、今夜がお祭りだと勘違いされているようでした。
で、いつものように、
「はいはい~じゃあ、そうしますわ~」と笑顔で別れたのでした。

晩年はいつも境内に居ておられました。
いつも神社の事を考えておられたんでしょうね。
いつもの会話で、信頼してくださっているのがわかって、とっても嬉しく思っていました。

淋しくなります。本当に。。。

でも、きっとこれからも、いつも神社に居てくださると思えます。

神道では、死んだら祖霊となって鎮守の森の神さんの仲間入りをされると考えます。

まさに、神さんの仲間入りをしはったんだなあと思います。
いつまでも居てくださいね。
これからも、居心地の良い神社であり続けるように
頑張りますね。





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