鎮守の杜から
葛木御歳神社神職が、神道についてや、日々感じたことなどを思いつくままに綴った私的なページです。
 



夏ですね~
先週、あまりに雨ばっかりで日差しがないので、
この夏は大丈夫かと心配になって、
御歳神さまと龍神さまに祈願。
雨の雲を除けて夏の熱い日差しが秋の実りをもたらしてくださいますように。。。

拝殿に座って祈願すると、いつもより太い気の塊がドンっと本殿から来ました。
ああ、いい感じで良いお返事が頂けたなあ~なんて内心喜んでいましたが、
それ以来、まあ、ドッピーカン!になりました^^

御歳神さまは、水を司る神様として古来より朝廷の信心も篤い神社でしたが、
さすが~♪です^^

震災以来、景気の悪化、原発問題、電力供給の問題と問題が山積ですから、せめて
秋の実りは豊かになって欲しいと思います。
少し、ほっとしました。

今は科学が進んでいるから、そんなの迷信~と一笑されそうですが、
案外そうでもないなあと最近は本気で思います。
まあ、本気で祈らないで、本気は起こせませんけどね^^
思いは伝わるのだと思います。
それは人だけではなく、動物にも植物にもこの世のあらゆるものにも…
もちろん、神様にもね^^

昔の人はもっともっと真剣に祈ったんでしょうね。
命がかかりますもんね^^実りや災害には。
命がけで祈るって本当なんだと思います。

よく人柱の話はあります。
村の首長の娘が人柱にされる話。
そりゃあるかもしれません。
色々な状況で悲しみの中で行われたのは確かでしょうけど、
例えば、300人の村の300人の命を救うのに、
たった一人の命であがなえるのなら、
喜んで死に臨む人もあっただろうし、臨ませる風土も生まれたのかもしれませんね。

自分の命が、300人分の命と引き換えになるなら、
自分の命が、きっと300人の子孫の分も合わせて数えきれない役に立つのだと思えたら。。。!

5年ほど前、お祭りの後、酒の席でそんな話をしていたら、
私の言う意味をちゃんと理解したうえで、
「いや~それでも、人の命の重さは一人だろうが500人だろうが天秤にはかけられないものでしょうから。。。」
と言ってくれたのがとても印象に残っています。

今はなくなってしまったけど、昔の人は本当に必死の思いで乗り越えて来た事がたくさんあったのでしょう。


…そう言えば、お友だち(笑)の太古さんのブログに面白い記事がありました。
http://blogs.yahoo.co.jp/kawati20032000/60525873.html
科学なんて、たかだか、4%の世界を解明したに過ぎない。
私たちが見えないけど実は感覚的に知っているエネルギーは
未来には解明されるのかもしれませんね。

はははっ(^^;
まとまりませんが、今日はこの辺で。。。

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ずっと待っていたのですよ。
ゆっくりゆっくり焦らず整えながら、時機がくるのを待っていたんですよね。

ですから、まだいくらでも待てます。
「急いては事をし損じる」

大切なことだから、種を蒔いて、ゆっくりゆっくり熟すのをまっているのです。

今、ほんの少し端緒が見えました。

で、一気に進むかもしれないし、まだもう少し、皆の内側からの気持ちを待つ必要があるかもしれません。
時機はしっかり読みます。
枡に水があふれるようになるのをね^^

一気に動くように見えることも、実は水面下で長い年月、動かすための準備をしているわけです。
せっかくゆっくり準備をしたことは、モノにしなくてはもったいないので慎重に進めます。

でも、ダメなら、また最初から始めればよいわけで、
連綿と続く動きの中で、落胆は不要なのです。

私の期待だけで事が動くのではないので、
動き方を淡々と見守っていけばよいのです。

焦りも落胆も必要ないのです。
ただ進めば良いのです。
それがいつか道になるのですからね。

少し、近づいてきたと思える動きに今は素直に喜んで、
また歩みましょう。
なんとも幸せな歩みです。

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