鎮守の杜から
葛木御歳神社神職が、神道についてや、日々感じたことなどを思いつくままに綴った私的なページです。
 



私の周りで起こることは、すべて必然なのだと思えます。
良いことも良くないことも。

絶妙のタイミングで事象が起こります。

私自身の準備が整っていなければ、待っても待っても事は進みません。
私自身の準備が整うと、ダイナミックに事は起こります。

毎回毎回そうなので、もう驚きもしません。

世の中はすべて必然なのかもしれません。

ようやく整いました。
それは覚悟という類のもののような気がしています。

静かに微笑んでいられますように。
見誤る事の無いように。

多くの方の善意の中に私は居ます。
多くの方に愛されて私はここに居るのです。
私一人で出来ないことも、多くの方が居るからこそ、出来るのです。

波乱万丈の人生はこれからも続きます。
人生、面白過ぎです。
笑ってしまいます。

いっぱい泣いて、いっぱい苦しんで、いっぱい悔しがって、
いっぱい笑って、いっぱい愛されて、いっぱい感謝して。。。

そのすべてが、私を作ってくれます。

多くの人に支えられて、私は此処にいます。
御歳神さまのおそばに居ます。

私は私の果たせるだけの役割を果たしていきたいと思います。
それが、何よりのしあわせです。

たくさんの素晴らしい人たちと巡り合わせてくださった事に感謝します。
また、一歩一歩歩いて行きますね。




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11月23日は新嘗祭でした。
5年前、新嘗祭を復活させました。
新嘗祭は秋の実りへの感謝祭ですので、
感謝の心で何かしたいと思い、祭典のあとコンサートを行いました。
昨年は能楽の会。今年は居合の演武を行いました。

地元の子ども会の和太鼓奉納も恒例行事となりました。

少し寒かったですが、子どもさんの初々しい太鼓演奏に
ご参集のみなさまだけではなく、御歳神社の神さまも
きっと嬉しそうに微笑んでおられたのではないでしょうか。






その後、今回、初めての武道。
神道も道、武道も道。
日本の伝統の中には「道」がたくさんあります。
その精神性を学ぶことは、日本のルーツを辿る事のような気さえします。

実は、御歳神社の崇敬会の会長さまが、今回お越しの居合道錬信会の方なのです。
秘かに早朝の御歳神社に何度か通われたご様子。。。
とても気合の入ったハレの日の演武奉納でした。

このところ、お祭りには雨が降りません。
23日も直前までは雨予報でしたが、雨が降る気がしていませんでした。
皆さまの祈念と神さまもご覧になりたいとお思いだったのか、見事に晴れてくれました。しかも、朝は深い霧が立ち込めて澄んだ空気が境内を満たしていました。

お祭りは良いですね。
今回、ちょっと思うことがありました。

御歳神社は立派な設備も華美な装飾もない静かな神社です。
たくさんの参詣者でにぎわう神社ではなく、静かな佇まいの神社です。
大きなイベントができる資金もないですが、
大切な人々の思いがあります。

たくさんの方がスタッフとしてボランティアで動いてくださいます。
もう慣れたもので、皆さん、打合せも殆どなしにスムーズに事を運んでくださいます。で、無事にお祭りも終わり、撤収、打ち上げ会^^

なんとも楽しいのですよ。
笑顔笑顔で動ける幸せ。

皆の思いの真ん中に御歳神社はあります。
大きな輪ができているのです。
輪はどこまでも広がります。
誰でも加わることができます。
「御歳神社」を合言葉に一つにまとまることができるのです。

それこそが、「神社」というものではないのかなあと思います。
それぞれが、神さまに向き合い、真心で人に向き合い、そこに喜びが生まれます。
その時、その空間は、暖かな光で満ちるのです。

神さまと人、人と人とが繋がることで、神社の心地よい空間が出来上がるのです。
そんな心地よさが御歳神社にはあります。

私はきっとそれを守りたいのですね。
いつもね。いつまでも。。。

一緒に作り上げてくださるたくさんの皆様に感謝です。
そのすべてを御歳の神さまに感謝します。



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今日は新嘗祭。今年最後の大きな御祭でした。
今年は崇敬会を立ち上げました。
おとしだまの森倶楽部も立ち上げました。
ようやく思いが形になりました。
感慨ひとしおです。

何がって、ねえ、考えてもみてみませんか。
こんな忘れられたように眠っていた神社でですよ。
拝殿は、苔むして泥と土がこびりついていました。
靴を脱いで上がることなど、誰もしないような拝殿でした。

拝殿と本殿の境の瑞垣は屋根が錆び落ちて木も朽ちていました。
摂社は苔がびっしりついて木は朽ち果てていました。

平安時代は最高の社格だったって?
そんなことは昔の栄華ですよ。
今は、参拝に来る人もまばらで、参詣にきた人も
なんと寂しげな神社だろうかと悲しくなるような神社でした。

私は神職になるまで、神社の気配が怖かったです。
威圧感というか、恐ろしげというか、夜に家の外に出るとぞくっと背筋に走るような心地がしました。

私も神職になるまで、実は御祭に参加したことが殆どなかったのです。
今から思えば不思議ですよね。
でも、どうにも近寄りがたく私の中で神社は抜け落ちていたのです。

変われば変わるものです。
今、神社が好きだと言ってくださる方がたくさんいます。
神社のために力を貸してくださる方がたくさんいます。
たくさんの熱心な熱い思いが神社に注がれます。

御歳神社は変わりました。
見違えるように変わりました。
変えたのは誰ですか?
熱い思いを持って神社を愛して下さる方、大勢の思いです。
それから。。。
御歳神社の神さまですよ。
どっちが先かわかりませんが、
神社を好きになってくださる方は、
きっと御歳神社の神さまが引き寄せてくださったのだと思います。
そうして人々の思いが眠っていた御歳神社を起こしたのかもしれません。
神さまが本腰を入れて神社を復興しようと思ってくださったのかもしれません。
ますます人々が集まります。
ご縁がどんどん繋がります。

怖い程のタイミングで必要な方を呼び寄せてくださいます。
ご縁の不思議は、神計らいとしか思えません。

良いのですよ。
もう迷いません。
御歳神社の神様がGOサインで微笑んでくださいますもの。
何を恐れることがありましょうや。

御歳神社は御歳神社を愛して崇敬してくださる方みんなのものです。
いつも。いつまでも。。。

神さまの微笑みが嬉しくて、この心地よさが嬉しくて、
そう感じることができる事が何より嬉しくて。。。

共に歩んでいきましょう。
笑顔で歩んでいきましょう。

この幸せを皆様とともに。。。


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11月23日(月・祝)は新嘗祭です。
午後1時半から新嘗祭。
栗阪子ども会による和太鼓奉納。
錬信会による居合演武奉納があります。

居合演武では、四方祓、居合演武奉納、立合い演武、試し斬り、
スポーツチャンバラを行って頂きます。

どなたでもご参列いただけます。
皆様のご参集をお待ちしています。

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御歳神社もあっという間に紅葉を迎えました。
今年は特に色がきれいです。

ついこの間まで暑い季節だったのに、
いつの間にこんなに季節が動いたのでしょうね^^

なんだかいつもバタバタしていますが、
紅葉を愛でながらゆっくり浸るのも良いですね。

先日は、雨上がりであまりにも空気が澄んでいて心地よいので、
つい、思いついて、石上神宮で研修を受けた鎮魂行法をやってみました。

まっすぐ空気が体の中に沁み込むような心地よさ。

やっぱ、これは秋から冬の行ですね。

またやりたいなあと思いました。



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今日は久しぶりのオフ日。
マイケルジャクソンの「THIS IS IT」を観てきました~!良かったです!
観てきた人皆がオススメだよっ!って言われましたが、
予想以上に素晴らしかったです♪

一曲目が終わった時、
思わず拍手したくなりました。
拍手できないのが残念だなあと思いました。

ああ、もったいない人が逝ってしまったなあと改めて思います。
本番のステージ、どんなだったでしょうね。
リハーサルだけで終わったのが悲しいです。。。

とても勉強になることもたくさんありました。
一つの事をすごく気持ちを籠めて大勢で作り上げる作業。
やっぱ中心には「愛」なんですね~

皆が、マイケルを盛り上げて、「素晴らしい!」を連呼します。
マイケルも自分の意見を言うとき、相手を尊重しようと言葉を選びます。
超一流の人たちは、やはり心に余裕があるんですね~
お互いが理解し合いながら、コミュニケーションをしっかり図りながら
より良いものを作り上げようとアイデアを出し合い調整していきます。


アマゾンの森林破壊について書かれた曲も映像も素晴らしかった。
「Heal The World」地球の愛してあげて!
が最後のメッセージでした。

それにしても、すごい才能ですね。
改めて圧倒されました。

私はスリラー世代です
スリラーを深夜のテレビ番組「MTV」で観てビデオに撮って何度も見たなあ~
映画の中のスリラーも感動モノでした!

二週間限定だったのが、あまりの好評のため、さらに二週間延長されたようです。
おススメです。お暇があればいらしてね。
「沈まぬ太陽」も観たいです♪
映画って良いですね~!


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8日は、おとしだまの森倶楽部発足後、第三回の作業日でした。
相変わらずに良い天気。少々汗ばむほどの陽気でした。

午前中は、11名で奥山登拝。
先日の台風の被害状況を確認しながら、山の様子を記録します。
秋の空の下、金剛葛城の山は美しいですね。

幸い、倒木は数本でした。
が、大量の土砂流出の要因は、かなり厄介な状況のようでした。
間伐されずに下層植生が育たず、雨によって大量の表層土がどんどん流失する状態になっているようでした。
おとしだまの森整備情報

昼に80名ほどの団体が参詣予定でしたので、私は皆と別れて先に頂上からほぼ15分で、まさに駆け下りて下山。団体さんをお出迎えしました。

午後は、先日の続きの手水の調整です。
メンバーのN氏が素晴らしい浄水装置を造ってくださり設置。
手水舎まで竹の樋で水を通しました。

良い具合です。
勢い良く流れます。



竹の樋は見た目にも美しく、自然な感じで良いですね~
昔の導水施設もこのようなものであったのかも?と思いを馳せました。

今回も皆さまからアイデアがどんどん出てきて、うまく運びます。
何とか予定時間内に、手水の導水施設を完成させました!
やっぱり、知恵の結集はすごい!!

良いものができましたよ~♪

こちらもご覧くださいね。↓
季節を訪ねて

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11/23は新嘗祭です。
今年は居合の演武奉納があります。
チラシができました。御覧くださいませね^^

「居合とは人に斬られず人斬らず己を責めて平らかの道」

うーん、カッコ良過ぎ^^

新嘗祭チラシ(クリックすれば拡大します)


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祭典を始める前に、いつも拍子木を打ちます。

御歳神社の拝殿に放置してあった太鼓は皮が破れて音が鳴らなかったからです。
拍子木も実は十津川の道の駅で買いました。五百円也。
4年程前のことです。拍子木を手にした時は、とても嬉しかったのを覚えています。

祭典の度に拍子木を打って、もうすっかり手に馴染んでいます。
最近まで、力いっぱいパチンと打っていました。
それが、前回、夏越の大祓のときに鳴らし方を変えました。
それは、拝殿で咄嗟に変えたのですが。

私の手の力ではなく、拍子木の鳴りたいように鳴らしてみたいと思ったのです。
少し、軽めに握って、はじくように打ちました。

ああ、この方が良い。響く。。。

拍子木は場を鎮める祓えの為でもあり、精霊たちに祭典に参加していただく為でもあります。
その場の空気を一つに束ねる為ということでしょうか。

叩き方を変えると、とても遠くまで響くようになりました。

拍子木の響きが、奥山の頂きまで届いている気がします。
遠くの方で、鳥の声が聞こえます。
意識が遠くまで飛んでいきます。

御歳山だけでなく、背後に控える屏風状に広がる山の尾根に反響します。

これはちょっとわくわくします。

拍子木の鳴りたいように鳴らすと、私はその音の余韻を今まで以上に注意して聴くようになりました。

張り詰めるような硬い感じではなく、空気に同調するような形で、
場をまとめる感覚。

ちょっと掴めたかな^^

太鼓を修復することも悲願でした。
今、美しい響きの太鼓に蘇っています。

太鼓は祭典を始めるための大切な「呼び出し」です。
で、拍子木で空気を一つにまとめる感じ。

手に馴染んだ拍子木は私には必須のアイテム。
鎮魂=たましづめ=みたまふりでもあります。

美しい音色に聴き入って、魂を鎮めながら揺り動かす。

そうか、鎮魂というのは、そういう感覚なのですね。
ああ、またひとつ、ちょっとだけわかった気がします。

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先日、女子神職会の会報の編集会議に行きました。
編集作業は、あまりお役に立ててないのですが、会合ではいつも勉強になることがいっぱいなので、がんばって行っています。

9/30のブログに「理=ことわり」として書きましたが、
改めて理にかなうことの大切さを感じました。

神社でも、日常でも様々な問題が起こります。
その時にどう対応するか。
大切なのは、筋が通っていること。
理に適っていることかなあと思います。

女子神職会の幹部の方は、とても尊敬できる方がたくさんいらっしゃいます。
物事に対処するときに、感情を優先するのではなく、
筋を優先することができる方だからかもしれません。
物事への対応が、細やかに色々なことに配慮されていて、しかも
きちんと筋が通っていて、それでいて、喧々諤々コチコチな無用な議論などなされずに、皆がすとんと同意できる落とし所へ落としこんでいける方々。。。

ああ、私など、足元にも届かないなあといつも思います。

神社は、企業ではなく上下関係がはっきりせず、公共性もありながら、完全な公共ではなく、和を大切にしなくてはならない場所です。
それは、様々な問題が絡みやすい場所でもあります。

その時に、絡んだ糸をほぐす為に大切なことが、
「筋を通す」ことなのかなあと思いました。

筋が通ることは、皆が納得できます。
それが大切なのですね。

「筋は通した」

そう思えれば、あとは、ふわりと風に揺れていても大丈夫。
ちゃんと根っこがあるのですから。


物事を進める指針として、
筋が通る、理にかなう、
いつもそれを念頭に置いておかなければ!と思います。



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