鎮守の杜から
葛木御歳神社神職が、神道についてや、日々感じたことなどを思いつくままに綴った私的なページです。
 



この週末、友人たちと沖縄へ行きました。
神社や御嶽などの聖地を巡る旅です。
神の島「久高島」でも一泊しました。

沖縄は、神女が祈りを捧げる伝統があります。
神社や御嶽で神饌を供えて、お香を焚いて
熱心に祈る女性の姿を多く見かけました。

南国の樹木は、独特の力強さがあります。
「聖地」の気の強さは、自然の持つ
エネルギーの強さなのかも?と思いました。
岩と木が絡み合い、木の上に別の木のツルが巻き付き、
自然のエネルギーのほとばしりをみます。

そんな自然をダイレクトに祭る場所が「御嶽」
強い気迫は、人の祈りによって、高次に高められるのかもしれません。

きっと、もう一度行こう。そう思わせる土地でした。
(トップの写真は、斎場御嶽から久高島を遥拝する場所です)

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今朝も長いこと、座ってました。
ここの拝殿で。。。

気持ちいいのですよ。
誰もいない拝殿ですが、気配がいっぱいなのです。
風や鳥の声、木がきしむ音、何かわからない音。

座った瞬間。あっ、風が来た。。。ということがよくあります。
で、気が済むまで、目を閉じて風を感じて心を巡らせます。
考えている時もあるけど、ただ、夢のような感覚で、
漂っているほうが多いです。
しばらくして、目をあけると、さっきと違う風景が目に飛び込んできます。

心に澱みを感じている時は、流すように念じます。
誰かに教わったわけではありませんが、手の先から、
さらさら流れるような感じ方で、流していきます。

心の中には、必ず、光と闇がありますよね。
誰でも両方持っていて、人なのだと思います。
でも、光の部分を出していたい。
闇とか、負のエネルギーが湧いてきたら、うまく流すように試みます。
こういうとき、部屋の中より、屋外の方がうまくいきます。
私は、私がお慕いしている神様の御前で話しながら、流すようにします。


大いなるモノの前で、私は小さきものとして、
伏して拝む。
この感覚は、何というか、とてもありがたいのです。
突っ張らないで済むというか、肩肘張らずにいられるというか、
子供のように甘える感覚というのかな。

「祓い給へ 清め給へ 護り給へ 導き給へ」

神道の拝礼はこの四つの言葉で良いのだと思います。

神道では、明るく元気に活き活きと生きていくことが、
何よりのこととされます。
至極簡単な教え。
でも、これが結構難しい。

「笑顔でいられますように。」

この一言でも良いかもね。

このところ、これがキーワードだと心底から思えるようになりました。

難しいけれど、誠実に前向きに歩いて行ければ、
満ち足りた歩き方なのかもしれないと思います。

なかなか、言うは易しですがね。

でも、一人では、とてもしんどいです。
友たちがいるからこそ、できるのかもしれません。
ありがたきかな。

私の大好きなシイの木さまを久々に写真に撮りました。
いつも守ってくださっている大いなるお方です。


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