鎮守の杜から
葛木御歳神社神職が、神道についてや、日々感じたことなどを思いつくままに綴った私的なページです。
 



こういうことを書くとどう受け取られるかわからないけれど、
私は、いつも、ここの神様の意を反映して事に当るのだと思うのです。
このところ、朝夕拝の度に、優しい風を感じるようになりました。
なんと有り難いことかと、それだけで喜びを感じます。

私のする事、考えている事、皆、お見通しです^^
だから、私は誠の心に照らして進んでみるだけで良いのだと思うのです。

うまく行くとは限りません。
私が出来ることなど、知れているからです。
出来ないことに嘆いても、状況が変わるわけではないから、
できることを恐れずにやってみたいと思います。

いつも正解を行えるわけではなく、
いつも負の感情を抑えられるわけではありません。
嘆きと共にすべてを破壊したくなる衝動も持っています。
気力を失う時もあります。

それも見つめて、それでもよりよくありたいと願うこと。
人としてできるのはそれだけだから。。。

私の中にある光と闇を見据えて、
他人の中にある光と闇を理解して、
必要以上に闇に恐れることもなく、覆われることもなく、
光を感じて引き出して行ければ、
この世の中には、光があふれるはず。

闇の中で萎えてしまわないだけの強さを。
闇に遭っても私の中にある光を見失わないだけの強さを。

本当の強さを手に入れることが出来るまで、
どうか、優しい風で導いてくださいませ。

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今、般若心経の世界観に興味を持っています。
仏教だけではない普遍的な哲学を含んでいると思うからです。
難しい注釈本も読みましたが、ここでは、柳澤桂子さんのものを。。。

柳澤桂子さんの本を二冊読みました。
「生きて死ぬ知恵-心訳 般若心経」と、
「やがて幸福の糧になる」

優しい文章で、心が静まるような感じでしょうか。
「生きて死ぬ知恵」は美しい挿絵と装丁で、詩集のような趣き。
「やがて幸福の糧になる」には般若心経を現代語訳するに至った心を垣間見るような感じ。
ああ!と思った文章をご紹介します。

生命科学者の柳沢さんは30年間原因不明の病気に苦しみます。車椅子で散歩中に小さい子どもに挨拶をされます。
挨拶は、「体の不自由な人に会ったら挨拶しなさい」といわれて機械的に挨拶されたように感じて、複雑な気持ちになります。そうすると、大人の人の挨拶まで気になってしまいます。

『私は桜の樹の下で、しばらく考えていました。そして、ふと気がつきました。挨拶を不愉快に感じているのは私だけです。挨拶をしてくれた人は、きっといいことをしたと、気分がさわやかでしょう。

とすると、不愉快な気分は私の中だけにあるのです。私が作り出したものです。私がいなければ、不愉快も存在しません。
私は「なーんだ」と思いました。私が不愉快と思わなければ、それでいいのです。

このようなことは身の周りにたくさんあります。心配も自分が作り出しているものです。嫌いだとか、辛いとか、全部私のせいなのです。その原因を相手に求めていたのはまちがっていると気づきました。

不幸と思おうが、幸福と思おうが、私次第です。こういことに気づいてみると、生きていく事がずっと楽になりました。』
(「やがて幸福の糧になる-柳澤桂子)


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さっき、神職講習で一緒だった古代史に詳しい方から興味深い本のコピーが送られてきました。一時期、図書館通いやネット検索で調べていましたが、よくわからなかったことについて。


さて、祈年祭では全国で唯一御歳神社に白馬・白猪・白鶏が捧げられています。これが、犠牲として捧げられたものか、幣帛であるのかが専門家の間で見解が分かれるところです。

さらに、古語拾遺で、御歳神は地主神が農夫と牛肉を食べたことに怒ってイナゴを放って田を枯らしてしまいます。白馬・白猪・白鶏を献じて怒りを解くのですが、そのときの呪術的な供え物の中にも牛の肉が含まれていて引っかかるところです。
http://www.mitoshijinja.com/yuisyo.htm

「騎馬民族は来なかった」佐原真(国立歴史民族博物館副館長)著のコピーを頂いてざっと目を通しました。

高句麗や百済や唐では、王の儀礼として動物を殺してその血を捧げる祭りが為されています。王が血をすすり、盟約を誓ったとの記述もあるようです。

日本では、漢神の祭りとして、渡来系を中心に動物を犠牲にする祭りが広く行われていたようです。奈良時代に「○○国の百姓、牛を殺して漢神を祭るるに用いるを断つ」との禁令が何度も出ているようです。

元は渡来系の祭りであったのかも知れませんが、広く国中で動物犠牲儀礼が行われていたようです。それは雨乞いや長雨阻止の為が多く、滝壷に牛の頭を投げ入れて神の怒りをかって雨を降らせる儀式についても全国各地に見られます。

奈良から平安時代、それを止めさせようと朝廷が考えていたようです。
佐原氏は結論としては、民間習俗としては動物犠牲儀礼は存在したが、朝廷が司る祭りでは、一般的には血を捧げる事はなかったと結論づけています。

一方、著書の中で、歴史学者で東京大学名誉教授の井上光貞氏の研究を紹介しています。

井上氏は御歳神社の祈年祭で、「少なくともこのうち白猪・白鶏は犠牲ではないかと考えられる」「このように祈年祭の起源を考える上に重要と思われる御歳社において、犠牲の行われていたらしいことは見逃す事ができない。しかし、祈年祭のときこれらを奉る社は御歳社だけで、まして延喜式の公的祭祀全体からいってこれは例外中の例外ともいうべきものであり、一般的には中国的な犠牲は行われなかったのである」としています。

御歳神社の古代の祭りを考えるとき、この例外ということが興味深い。

なぜ例外的に為されていたのかです。
また、御歳神社には神官がいませんでした。
朝廷が神主がいないので、神主を派遣しようとしたところ、祟りがあったので、やめたとあります。(三代実録-貞観八年-平安期)

ここでも例外扱いです。

御所市史には、「(御歳神社の)社殿が山の中央を避けて建てられているのは、巫女の奉仕した斎の宮から発達したものと思われる」(志賀剛ー「式内社の研究」の著者)とあります。

朝廷の決まりに従わない、例外扱いで祭祀が行われていたのは何故か。

興味が尽きないところです。





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爽やかな良い天気でした。

今日は老若男女20人で奥山登拝してきました。
清々しい五月の風が吹きわたり、新緑が目にまぶしい日となりました。

御歳神社の奥の山には磐座があります。
昔はこの頂上でもお祭りしていたとの伝承があります。


50年前まで村の人たちが歩いた道でもありますが、すっかり薮に覆われていました。
それを二年越しで整備にしてなんとか歩けるようになりました。

参加者にはご年配の方もおられ、まだまだ整備途中なので、かなり悪路で心配しましたが、「無事に登れますように!」と時折立ち止まって手を合わせて登っておられました。
皆さん、無事下山できて良かったです。

今日ご参加の皆様、お疲れ様でした。

これからどう整備していくのか、ゆっくり考えながら、お祭りして行きたいと思っています。




*アダルト書き込みがありましたので、コメントは承認制にしてあります。
遠慮なく、コメントしてください。後ほどUPさせて頂きます。

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信仰という言葉はなかなか使いづらい言葉です。
でも、あるとき、この言葉でしか言い表せない気持ちが内面に沸き起こったことを知るのです。

神職は皆、信仰を持っているのかと問われて、
間違いなく持っていますと答えられるかといえば、ためらいを感じます。
世襲が多く、家業として避けられないから継ぐという構図も多く、
他の宗教のように、強い信仰からこの世界に身を置く人も少ないからです。

私もある時「そうだ、神社を継ごう」と振って沸いたように思い立ちました。
一人息子の夫が絶対に継がないと宣言していて、
誰か神職さんに兼務して頂くことになっていたのを突然こうなったわけです。

その時には信仰という言葉は思いつきませんでした。
僅かに宿命かもしれないと思いましたが、
血を持たぬ私で良いのかと不安や恐れの方が強かったです。

「信仰」という言葉は、突然強いインパクトで心に沸き起こりました。

「ああ、いらっしゃるのだ」と疑いなく思えるようになったのです。

見ていてくださる。
見守っていてくださる。
導いてくださる。

祈りによって答えてくださる存在が確かに在ると確信したということでしょうか。

いつも見ていてくださる神さまがそこにいらっしゃるのなら、
私は正解と考えた事を日々成して行けばいいのだと思う。

私は迷いの中にある「人」なのだから、
いつも正解を為せるわけではないのです。

でも、そのすべてを見ていてくださる存在があるのなら、
私は恐れずに歩いていけばいいと思うのです。

どうかどうか、照らしてください。
いつも御心のおそばにいられますように。


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五月三日は、御歳神社の春の例大祭「御田祭-おんだまつり」です。

明るい光がキラキラ差し込んで、気持ちの良い風が吹き渡る良き日となりました。
五十年以上経って痛みがひどかった神社の幕も新調して、お披露目となりました。

写真は参列の友人が撮って下さいました。
写真からも、お祭りらしい清々しい空気が感じられます。

御歳神社には、古い護符が伝わっています。
古語拾遺にも書かれているイナゴ除けの護符です。
氏子さんたちは、苗代の水口に供えます。
災禍除けの護符として、田んぼをなさらない方には、
玄関口かけて頂いています。

もう千何百年続いてきたお祭りでしょうか?
そう思うと気が遠くなるような気持ちです。

それを引き継ぐ重みを感じつつ、春の良き日、
参列の皆様と共に今年の実りの豊かさを祈願できたことを、
何よりうれしく思いました。



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