鎮守の杜から
葛木御歳神社神職が、神道についてや、日々感じたことなどを思いつくままに綴った私的なページです。
 



天川村へ出かけた時に、小さなお豆腐屋さんがあった。
お豆腐と揚げを買って、ふと見ると「おから差し上げます」
ああ、懐かしいなあとおからを頂いて炊いた。
久しぶりに作る。懐かしい甘い味付けにする。
この味は生まれ育った家の一軒おいて向こうのAさんのおばちゃんの味。

核家族で育った私と兄と妹を孫のように可愛がって下さった。
学校帰り、母が外出の時は、Aさんのおばちゃんの家で御世話になった。
母が帰るまで、ランドセルのまま遊ばせてもらった。

岐阜育ちのおばちゃんの自慢料理は五平餅。
ご飯を半づきにして割り箸に丸めてくっつけて炭焼きする。70cmはあろうかというすりこ木で木の実入りの味噌だれを作って、それをぬっては火であぶって香ばしい香りを漂わせて食べるのだ。土筆やぜんまい、ワラビ採りもいつもおばちゃんと一緒。ずいきやおから、山菜の食べ方もこのおばちゃんに習った。

ご主人に先立たれて、大きな桜の木のあるお宅に一人暮らしだった。
私が大学生の頃、岐阜にいる息子さんの所で世話になると、お宅を引き払って引越しされた。桜の木も無くなり、跡地は三軒のしゃれた家に変わった。

私が中学の頃から、「優子ちゃんの花嫁姿を見るのが夢やよ...それまで生きてるかなあ」と言って下さっていた。岐阜に引っ越されて、花嫁姿は見てもらえなかったけれど、私が結婚してしばらくして、大阪に行くからと会いに来てくださった。

ちょうど夫の個展の時で、すっかりお年を召されていたけれど、
「ああ、優子ちゃんに会えてよかったわあ。」と私の手をぎゅっと握ってくれた。
「また、おばちゃんの五平餅食べたいです。今度はゆっくり来て、五平餅作りましょうよ」と言うと、涙を流してくださった。

あとで、母に聞くと、岐阜でうまく行っていないらしかった。あの頃が一番楽しかったと何度も仰っていたそうです。
それから、しばらくして、思いがけず訃報を聞きました。
なんと、首をつって自殺してしまわれたのです。

悲しみより、驚きの方が大きかった。
いつも優しかったおばちゃん。
本当のおばあちゃんのように甘えて、私の成長を喜んで下さっていたおばちゃん。

五平餅、本当にもう一度食べたかったのです。
あのおからの味は忘れません。

おからだけは、甘~く炊くのです。
おばちゃんの味です。

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〔天川〕


水音が好きだ。
手水舎から水音が聞こえる。
奥の池にも流れる水音が響く。
神社の「静」の空間に流れる「動」の響き。
神域の水の大切さを改めて思う。

昨夜、久しぶりに雨が降った。
雨上がりの奥山は水分を含んでいて心地良い。
ああ、包まれる幸せ。
御池の前で目を閉じて、再拝二拍手して目を開けると
一変、明るい光に包まれた。

水のある場所が好きだ。
水には特別な「力」があるように思う。
感応する「水」に出会う幸せ。
人の体内に湛える水に反応するのかもしれない。


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読書記と書きましたが、実はマンガです。白土三平って同世代以上の方なら、聞いたことがあるかと思います。「サスケ」や「カムイ」を書いた人です。

初版が昭和40年代のもので、読書家の父の書庫にありました。何度読んだか忘れるほど読みました。毎回夢中になって読み耽りました。我が子がこの本を読める年齢になったら、一緒に楽しみたいとずっと思っていて、中学生になった娘と小学高学年になった息子に紹介して、彼らの愛読書ともなりました。親子三代ハマッた名作ですね^^

舞台は、戦国の世から豊臣秀吉の刀狩りの時代まで。その時代、近江坂本の馬借という身分で、一揆を率いて時の権力者に対抗した忍者「影丸」とその周辺の人物の生き様を描いた物語です。描写はかなり残酷な所もありますが、赤裸々な人間模様が描かれています。(馬借は今で言う運送屋さんです。諸国を自由に出入りでき、様々なネットワークも持つ立場で、坂本の馬借が大掛かりな一揆を率いたのは史実のようです。)

様々な人物が「いいモン」「悪モン」なんて範疇をはるかに超えて生きています。ただ、言えるのは、自身の信じる信念に基いて必死に生きているということです。
事を成すために手段を選ばない。自分たちが善であるとか、悪であるとか、そんなことを考える事なく、なさねばならぬことを成すために生きる人々。そこまで動かす原動力は何なのかと考えてしまいます。身の破滅を知っていながら、使命を果たそうと動く。それ以外に生きる術がないと悟った故の強さか。あるいは、そこにこそ、自分の価値を見出したということなのか。見事に生きて見事に死んでいった名も無き人々。その物語は、様々な示唆を与えます。良い悪いなどと簡単に判断できない物語。今よりもずっと世の中がおかしかった時代の、その時代の潮流の中を生きた人々が、この物語のように現実にあったのだろうと感慨でした。

まあ、理屈ぬきに、めっちゃ面白い物語です。眠れなくなること覚悟の上、機会があれば読んでみてください。


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私は、皇學館大學で行われます神職講習会にて、祭式と理論を勉強してきました。そこで、教わった「神道」は私が思い描いていたものより、ずっと心に納まるものでした。もちろん、収まらないものもたくさんあります。でも、人は自分が感銘を受けて共感できるものだけを選んで自分のものにしていくのでしょう。頂いた教科書の中で、皇學館大學元学長の谷省吾先生の著書がとても好きです。無断引用ですが、ここに書き記します。

「…根源にあるものは、善というべきものでもなく、悪というものでもなく、両者の対立でもありません。愛というべきものでもありません。根源にあるものは、清浄な神聖性、神聖なる清浄でありましょう。神道とは、その清浄を取りもどそうとするものであります。祓えよって、それに近づこう、それを取りもどそうとする。たえず、祓を繰り返すことによって、その本来のものへたちかえらせていただこうといたします。その本来の清浄、本来の神聖、それはすなわち、いのちの出てかえるところであります。そこへかえるとき、いのちはよみがえります。その神聖な清浄がいのちの出発点であり、ふるさとなのであります。

このいのちの根源の神聖性の自覚、清浄の自覚、それは大いなる可能性の自覚でもありますが、そこに生に対する誇りがあり、喜びがあり、人が生まれることのめでたさがあると思います。いわゆる原罪の思想からは、基本的にこの喜びは与えられないのであります。

神道は、その窮極には神々にも通ういのちの、たましいの、連続を自覚しました。神道において神々は、おそろしきものであります。しかし、なつかしきものでもあります。そのいのちの連続を自覚したとき、単なる原始以来の信仰というべきレベルを超えた「神道」の成立があったのであります。(中略)

神道は光であります。神道は目先の利益によって人をひきつけようとするものではありません。人間に原罪を認め、彼岸や天国に救いを求めるものでもありません。存在を仮のものとするものでもありません。現実の中に、歴史の中に、神聖なもの、清浄なもの、純粋なるものを求め、それをよりどころとして示すものであります。外なるものを洞察し、内なるものをつきつめて、神道が示すその一つが、ここに考えてまいりました「いのち」の信仰、「いのち」の自覚というものであろうかと、思うのであります。

そこに神道の光があり、力があります。われわれは、その光と力とが、現代に生きる我々ひとりひとりのうちに、脈うっていることを自覚したいと思います。時代の困難を克服する光と力とを、はるかな未来に模索することはない。悠久の昔から、波乱万丈の歴史の中で輝き続けてきた光と力とが、やはり変わらぬ光と力とを以って、われわれを導くものであることを確信するのであります。」

「神を祭る~(現代生活と神道~いのちの自覚 章より)」谷省吾著 皇學館大學出版部


*もし、読んでみようと思われる方は、「石のひゞき 」の古本がアマゾンにあります。日本の古本屋には「神を祭る」もあります。お近くの方なら、お貸ししますよ^^



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丹生川上神社下社


おそれある御事なれども、神道のあらましを申奉らんに、水をひとつ汲むというても、水には水の神霊がましますゆゑ、あれあそこに水の神みづはのめ様が御座なされてあだおろそかにならぬ事とおもひ、火をひとつ燈すというても、あれあそこに火の神かぐつち様が御座なさるるゆゑ大事のこととおもひ、わづかに木一本用ふるもくくのち様の御座なされ、草一本でもかやのひめ様が御座なさるるものをと、何に付けかに付け、触るる処、まじはる処、あれあそこに坐すと戴き奉り崇めたてまつりて、やれ大事とおそれつつしむが神道にて、かういふなりが則ち常住のくふうともなりたるものなり。
〔若林強斎 「神道大意」より〕

八百万の神々のおわす事を、ただ、ありがたく思い、大切にしながら、自然とともに、なすことをなし、流れるままに流れ、そうして天命を全うすること。
それだけのことがとても難しいのが、人の一生なのでしょうね。

ただ、あらゆる存在をありがたく思い、自身の存在もありがたく思う。
自分は自分であるが、それは、この大自然の秩序の一部を任されている存在なのだということ。全ては繋がり、循環する。自身も大自然なのだということ。

私は前世も来世も信じません。自身の「個」の意識を来世に持ち越すというのが、ただ、拒否したい考え方なのかもしれませんが。
そうではなく、私の肉体も精神も分子レベルまで分解されて、あるいは、水に、あるいは樹に、あるいは、土に、あるいは生き物の一部に組み込まれて、大いなるものの一部として存在し続けたいと願っています。


〔若林強斎について〕
若林強斎は江戸中期の儒学者であり神道家です。
儒教や朱子学の専門家ということで、君臣に関する思想はその後の国学・復古神道に繋がるもので、それが戦中の拠り所にもなったと批判もされます。ただ、今の私たちが今考えて批判するのも時代錯誤ではないかと思ったりします。その時代時代の空気を生きて生まれた思想ではないかと思います。冒頭の「神道大意」のこの部分は、私の好きな神道の考え方です。

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言葉が出ないくらいいい写真でしょう?

御歳神社の奥山に入口の鳥居を作ろうと、春頃から計画していました。
ついに9月3日に作りました。
12名のご縁のある友人が集まり、朝からワイワイアイデアを出し合って
こんなに素敵な鳥居が出来ました。
感激に浸っています。

写真は鳥居を作った翌朝の御山です。
私も含め皆が大好きなシイのご神木が輝いていました。
シイの大樹の周りに光の輪が渦になって出来ています。
神々しいってこういう風景だなあと思いました。




何がこんなに幸せを感じさせてくれるのか、説明できませんが、
御山を通る風も、降り注ぐ光も、皆さんの笑顔も、何もかもが歓喜を呼びました。

ずっと以前からここにあるべき姿であるように、
鳥居を立てて注連縄を張ると、どっしり凛と存在していました。



入口と、皆が大切に思っている手水へ流れる小川につながる池のところにも鳥居を作りました。
光が注いで輝いています。
ああ、良かった。
ああ、きっと神様の御心にかなうものが出来たのだと確信しました。
みなさん、ありがとう。
一緒に働いてくださる素敵なお仲間がいてくださることが、何より幸せです。
もう少し待ってくださいね。
頂上まで形が出来れば、公開したいと思います。
楽しみに待っていてくださいね。
(写真をクリックすると拡大します)

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神饌所、完成です^^
本当に本当にもったいないぐらいの素敵な部屋になりました。
窓から山の木々も見えます。
風も通ります。

大工さんの仕事ぶりにも感嘆。。。
職人気質ってこういうのを言うんだなあ!って思いました。

仕事が綺麗!良いものを作ろうとその心意気を感じました。
当初は内装だけのはずでしたが、始めてみると、壁の漆喰もかなりはげて湿気を含んで膨張しています。で、神饌所に突っ込んであった、神社の山で製材したまま何十年も放置してあった材木を生かしてくださることに。。。

綺麗にカンナをかけて、外の腰板に張ってくださいました。
これで、見違えるくらい綺麗になりました。
湿気が多いからと、床下に通気口もつけてくださいました。

私が友人と排水の為に神饌所の周りに素人作業でU字溝を作ったのですが、
職人気質の大工さんには放っておけない…て訳で、綺麗に直して下さって…さっすが!ありがとうございますでした^^

今日は入口の戸を作ってくださった建具屋さんがお見えでした。
鍵が微妙にずれている様子で調整に来られました。
で、窓は古いままなので、うまく開かないのですと話すと、
こちらも綺麗に調整してくださいました。
錆びた鍵も新品にして頂いて、ありがたいことです。

今日はついたちですからと、奥様もご一緒にお見えで、
私が窓枠を拭いていると、一緒に拭いてくださいました。
嬉しくってお礼に夫の陶器を差し上げました。

たくさんの職人さんの技で綺麗によみがえった神饌所。
たくさんの人が集まって、わいわい話せる場所になればいいなあ。

本当にみなさんに感謝。
最後になったけれど、何より改装をしようと提案下さり、賛同下さった、氏子さんに感謝です。

大切に使わせて頂きますね!!




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