鎮守の杜から
葛木御歳神社神職が、神道についてや、日々感じたことなどを思いつくままに綴った私的なページです。
 



神職になって一年、本当にいろいろな事がありました。
なんだか、感慨にふけっています。

一年前のことは昨日のことのようです。でも長い長い一年でした。
本当にいろんな事がありました。
何度涙を流したことでしょう。
ダメかもしれない、と何度思ったことでしょう。
血を持たない者。女性であること。それより、私という人間でよいのかという不安。
「祈り」はただ、許しを頂けるのかという気持ちで続けられました。
長い長い歴史を持つ場所。そこを引き継ぐという重み。
単に私の自我なのでは、流れに逆らう存在なのでは、という不安。
固まった歯車は、どう動かせばいいのか、途方にくれる日々もありました。

でも、その重みの分だけ、助けてくれる方々がありました。
支えになってくださる方々がありました。
たくさんの喜びを頂きました。
人の心の温かさをいっぱい頂きました。

涙はまた、流れます。

良かった。ああ、動き出したよ。
明るい場所になりました。
気持ちの良い場所になりました。
光の集る場所。
ここにいて、良かった。

神さま、来てくださったよ。
やっぱりちゃんといらっしゃるんだね。
感謝します。
喜びも、苦しさもすべて必然だったのかもしれません。

ありがとう、みなさん。
私一人ではなんにも動かなかったよ。
つぶれそうになりながら、でも
つぶれなかったのは、
遠くから見ていてくださる神さまだけではなく、
近くのみなさんのおかげなんだよ。

「人」の真ん中にいたいと思います。
「人」の真ん中にいることが、神様の望まれることだと思うから。

これからも、ずっとずっと。
今、この時にここにめぐり合わせた幸せを思います。
そう、あなたと。たくさんのあなたと。


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今日は立秋でした。

立秋だけは、いつも、「ええっ、もう?」と思います。
まだまだ、残暑が続きますね。どうぞご自愛くださいませ。

HPをご覧くださった大先輩の神職の方から、嬉しいメールを頂戴しました。
その方が、神社の概念についてこんなお話を書いてくださいました。

「ある方がHPで神社は、パソコンにたとえて、OSをリカバリーする場所だとおっしゃつていました。
お参りすることにより心がリフレッシュされ新たな活力を得られる場所ということです。」

気分一新にぴったりな所だと思っています。
また、ぜひ参拝に来てくださいね。

今回、ブログに対して、たくさんの方からメールを頂戴しました。ありがとうございます。伊勢行きを前に、私も新たな気持ちで、新たな課題を思い描きながら、臨みたいと思っています。ぶつかりながら、かもしれませんが。

これからもどうかよろしくお願いします。


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神職の仕事は「なかとりもち」と言う言葉で表すことができます。神と人との仲立ちをする役割です。先日の演奏会の折、「なかとりもち」とはどういうことでしょうか?と尋ねられた方がありました。その問いの真意について、わからなかったので、一般論をお話しました。とある掲示板でその事の真意を汲んで欲しいとありました。演奏会の意味について疑問を感じておられる方々もいらっしゃることでしょう。せっかく与えられた機会ですので、神職になって、この一年間私の考えてきたことを述べさせて頂きたいと思います。これについて、違う考えの方もあると思います。正しいのか正しくないのかと問われてもその答えはまだまだ、わかりません。と言うより、考えは千差万別、そのどこに自分のスタンスを置いて物事を考えるかと言う事だと思います。何か行動を起こすには、裏打ちとしての考えが必要です。「人」である以上、正誤の判断は簡単には付けられません。それでも、進まなければならない時は、自分が出した答えを仮にでも「信じて」進むしかないと思っています。そして、その考えに固執しないこと。いつもアンテナを張って、様々な方々との交流、事象との出会いを通じて、少しでも真実に近いものにしていこうという努力、それが、万物を見ることのできない万能ではない「人」としてのあり方だと思っています。

さて、神社とはいったいどういう場所なのでしょうか?神道とは何なのでしょうか?疑問はそこからです。あまりに広範なものを神道としてしまった為に、「神社」という言葉から受け取られる物も様々です。伊勢神宮を想像すると、此処は国の安寧と人々の幸せを日々祈る場所と言えるかも知れません。厳粛な祭祀の場所です。ある意味世俗から離れて、祭祀がなされる場所です。一方、「村の鎮守の杜」としての神社はどうでしょう。昔は神職としての職を持たずに、村役さんが交代でお祭りを行なっていました。村の生活とは切っても切れない近しい場所です。ここでは、「神道」という言葉さえ似つかわしくありません。慣習、しきたり、いつもしている事。連綿となぜこんなに長く途絶える事無く続いてきたのかと驚くような歴史を持つお祭りもあります。それを伝えてきたのは、普通の人々です。なぜ、受け継がれてきたのでしょうか?

それについて、昨年、神職講習の折にある先生から聞いた言葉が印象的です。「古来より神社はどういう場所ですか?」との問いに、「地域のコミュニティーとしての場です」と明確に答えられました。今、村の神社は大変厳しい状態にあります。国の支えも大地主や領主の支えもなく、村々にちりばめられた多くの神社は、神域や社殿を次の世代に引き継ぐ事ができるかという瀬戸際の状態にあるのかもしれません。私たち神職は、なんとしてもそれを守る必要があります。神社のお祭りの基本は、農耕儀礼です。大部分の人々が共同で農作業をしていた時代、春、田植えの前に地の神さまに祈り、秋、収穫に感謝するのは自然な生活の一部でした。そこには、神社の果たすべき大きな役割がありました。今、神社に求められるものはどうでしょう?わかっていても農耕はあまりにも遠い存在になってしまいました。

では、今神社に求められるものとして、新たに創作するのではなく古来にそのヒントを探したいと思った時、浮かぶのが、「地域のコミュニティーとしての場」なのです。日々の生活に追われる毎日の中で、「祭り」はただただ、人々の楽しみだったはずです。その日ばかりは無礼講で飲めや唄えの大騒ぎ。でも、その輪の中には確かに神さまがおられたと思うのです。神様も人々が集いワイワイ楽しむ様を一緒にお喜びになっている…それが日本的な素朴な信仰ではなかったかと思うのです。そうやって、神に祈りながら、人々が大切に守り伝えてきた場所、特別に選ばれた神域は、そういう人々の思いが注ぎ込まれることで、一層、特別な場所になっていくのだと思います。千年、二千年、人々が祈りの場にしていた処。人々が祈るからこそ、そこに確かに神さまが来て下さるのだと思います。

葛木御歳神社という大変に神格が高く、古来より人々の崇敬を集めてきた神社。しかし、現実には、あまりにもさびしくなってしまっていました。春や秋の祭りには村役さんだけが参加していました。(秋祭の宵宮はススキ提灯が上がるので、もう少し賑わいます。)それも欠席の方がいらして、出席が3人程度という状況が続きました。その状態でいいのかという思いです。「なかとりもち」といいながら、取り持つ「人々」がいないという現実。それは、此処に限った事ではありません。その状況を、それでも祭祀が行われればいいとするのか、「人々」を呼び戻す努力をするのか。意見は分かれると思いますが、私は「人々」が居てこその「祭りの庭」だと思うのです。交通も不便で参拝に来られる方も数えるほどという状態で、神さまが気持よく微笑んでくださるのだろうかとの思いです。祭りの場を守るためにも、人々にそこが大切な場所だと感じて関心を持って頂かなければと思うのです。

そう確信した時、HPを作った事が間違いではないと思いました。人々の輪を広げようとしてきたこと、地域におたよりを出す事、地域外の人々にも関心を持ってもらう事。今回の演奏会もその一環です。何でもそうだと思いますが、もともと神社に関心のある方々が先に集まってくださいました。でも、地域の方々がそれを受け入れてくださる事が大切です。まずは、地域はそこから。輪が大きくなれば、あまり関心のなかった方々も来て下さると思っています。氏子さんにとって、氏神様の神社が華やぐことは嬉しい事なのだとのお気持を頂いています。ゆっくりゆっくり、できることから。

私は今回の祭典&演奏会にも確かに神さまがいらして下さっていると思っています。そして、お喜びになっていると。日に日に明るく澄んでいく神域の空気。御歳の神の社におはす神々が、きっとお力を貸してくださっていると思っています。それはただただ、私の思い込みかもしれません。でも、それが、初めに述べた「仮にでも『信じて』進む」
ということなのです。正しいのか、あるいは別のあり方があるのか、私には今は見えません。でも、とどまるよりは進むことを選択したい。それにより、新たな道も見えてくるだろうと思うのです。あとは、神さまのお導きのままにです。確かにいらっしゃると思えるから、安心してお任せして、ただ進んでいけばよいと思うのです。神職になって一年目に思う今の気持です。ご意見頂ければ幸いです。長文をお読み下さり感謝しています。


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