鎮守の杜から
葛木御歳神社神職が、神道についてや、日々感じたことなどを思いつくままに綴った私的なページです。
 



ブログのNo.58で書いた子のその後を。

4の段でつまずいて、しばらくそのままでしたが、
気を取り直して再トライ!
担任の先生とも相談して本腰を入れて付き合っています。
なんと、7の段まで来ました。
それよりも、変わったのです。姿勢が。
忘れた九九が出てきた時、答えを言おうとすると、
「待ってや。言わんといて!」と言って、
1から九九を繰っていきます。
そして、「48や!」とうれしそうに答えます。

なんか感動です。
人とのコミュニケーションはキャッチボール。
心を込めて投げたボールを返してもらう喜びでしょうか。
彼は、投げ返してくれました。
小さな絆ができたようで、それは、彼だけでなく
私にとっても喜びです。
この先、離れてしまっても、何かの時に思い出してくれたらいいなあと思います。
私はずっとここにいるから。

返ってこないボールもあります。
でも、返ってきた時の喜びは格別なので、
また、投げてみます。
そうやって、心を揺らせながらも
外に向かって過ごす方がやっぱりいいですね。


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今日は夏至。

写真は御歳神社の一の鳥居から撮った葛城・金剛山の夕日です。
昨日は、綺麗な夕焼けが見られました。

今日、夕方になってやっと雨が降りました。
でもあまり降らないみたいですね。
6月の雨量は京都で例年の36%だそうです。
昔なら深刻な事態だったでしょうね。

神社はいつも苔むしてしっとりしているのですが、
さすがに苔の色も艶がないです。

季節がうまく回るといいですね。



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掲示板開設しました。
みなさまの投稿をお待ちしています♪
どうぞよろしく!

御歳神社ファンサイト

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人と関わらないで過ごすのは寂しいものです。

たくさんの方々と言葉を交わして、気持ちを伝えて
真心を送って、また、真心を頂く…

「言霊」として大事にする言葉は、案外電子メールというツールにぴったりあっているかも?と思いました。
話し言葉より、注意深く選んで言葉を綴ります。
そして、思いがこもった言葉は、一瞬のうちに世界のどこにでも届きます。
思いを伝える速さは話し言葉並みで、綴り方は手紙並み。
ただし、純粋に音がなく文字の世界。
気持ちを表現するのは難しいです。
不思議なツールですね。

電話や手紙なら、会って別れてすぐに言葉を送らない時でも、
メールなら、気楽に送ります。
お目にかかっていない方とでも、メールならコミュニケーションができます。
で、ご縁を繋いでお目にかかって、また、暖かい心を頂いて…

一対一のメールをさらに広げるのが、ブログや掲示板。
たくさんの方と共有できます。
すごい世界ですね。
昔なら、空想の世界。
掲示板。
暖かい思いの広がる場になればと思っています。
明日には開設予定です。
どうぞよろしくお願いします。


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先日、御歳神社へご来訪くださった風人さま、太古さま、笑いネコさまが素敵な紹介ページを作ってくださいました。
みなさま、写真の腕はプロ級と拝察しています。
ホントに素敵な写真と文で紹介頂き、嬉しい限りです。

改めてURL載せます。どうか皆さま、ご覧下さいませ。

飛鳥三昧の風人さまのページ

河内太古の写真館の太古さまのページ

笑いネコの不思議の国の笑いネコさまのページ


本当にありがとうございました。
リンクも貼らせていただきますね。

お目にかかった時にも話がでたのですが、
みなさまが、気軽に話題を提供して頂けるように
掲示板を作ろうかと思っています。
公式ぺ-ジは肩が凝りますし、「折々の記」もある程度堅くなります。
で、もっと気軽に利用できるように、「御歳神社のファンサイト」
みたいな感じで作りたいなあと思っています。
書いてしまうと有言実行!やってみますね。
皆さまに愛されるページを!と思っています。

これからもよろしくお願いします。
コメントもどんどん書いてくだされば、嬉しゅうございます。



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写真は御歳神社の本殿の東面の壁画です。
本殿は、江戸期に春日大社の本殿第一殿を移築されたものです。
太古さまが、西面の壁画をトラックバックで送ってくださいましたので、
返礼にこちらをUPさせて頂きます。

さて、本題。。。

御歳神社は「巨瀬の道」のルートに紹介されています。
ただ途中に栗阪峠があってゆらゆらと歩くコースでもないのです。
そんな話をしていましたら、御歳神社から船宿寺への旧国道が高野街道だと聞きました。
高野街道は、河内長野から南下して橋本へ下るルートが有名ですが、葛城市(旧新庄町)から御所市に入り五條市を通るルートもあるそうです。「街道をゆく」で司馬遼太郎氏も紹介されているそうです。

御所市内では、葛城川沿いに鴨都波神社のあたりから南下、水越川へ入って長柄神社(ここまでは推測です)、宿場町の中村邸、葛上中学校のある佐田で東へ、国道まで出て、小殿からさらに東、金剛力酒造を過ぎて御歳神社の西側にある旧国道を船宿寺へ、そして、風の森峠へ抜けるルートかなと思っています。

せっかくの旧街道です。ルートを後に残したいなあと思っています。ネットで検索してもあまり出てきません。どなたか御存知の方、教えて頂けると幸いです。


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陶芸家加守田章二の作品との出逢いが人生の方向を大きく変えたかもしれない。
彼の作品展が京都国立近代美術館で開催されているので、夫と行ってきた。

加守田章二の作品と出会ったのは、大学生のとき。
美術品の展示即売会だった。
モネやシャガールなどと共に展示されている彼の作品に釘付けになった。
「なんでこんなに惹かれるの?」と自分でも不思議なくらい魅入ってしまった。後ろ髪をひかれるようでその場をなかなか動けなかった。その時から加守田章二が窯を築いた益子が私の中で聖地となってしまった。

大学の理学部にいた私は、卒業後大学院に進むつもりで願書も出してあった。以前から趣味で陶芸をしていたのだが、大学4年の秋、つくばでの学会の帰り、満を持して益子とその山の反対に位置する茨城県の笠間を訪れた。益子は少し寂れた感じだったが、笠間には陶芸村があり、活気に満ちていた。陶器を販売しているお店で話し込んで、ある窯元なら、若い子を受け入れているよと聞き、その足で訪ねた。
「こんにちは」
「何ですか?」
「ここで働かせていただけませんか?」
二言目に口をついて出てきた言葉。
なんとも無謀な、なんとも大胆な行動。
今から考えると熱病に浮かされているような状態だったかもしれない。

春に無事卒業して笠間で暮らし始める。
毎日、はし置きを500個近く作っていた。
仕事の後、主人にろくろの手ほどきを受ける。
3ヶ月くらいで湯飲みをひけるようになった。
その後は湯飲みを毎日100個くらい作っていた。
夜は本を読んで日記をつける生活。
ただ、自分と向き合う貴重な時間だったように思う。

それが陶芸家の今の夫とめぐり合う道へと繋がる。
そして、神社があったのだ。

すべてが、運命付けられていたのか、自分で選び取ったのか。
その時々で迷って選んだつもりでも、実は迷っていなかったりする。
そういう意味では、やはり宿命?
他の人生もあったかもしれないと時折思う。
でも、この人生しか無かったのかなあとも思う。
まだ、これから。
どんな展開が待っているのだろうか。
すべては流れのままに…

20世紀陶芸界の鬼才「加守田章二」

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6月7日の新月には、古代米十数種を栽培されている八尾の方の田んぼで御田植祭を執り行ってきました。

御田植祭の祝詞では、全国どこでも、昔から御歳神さまが呼ばれます。御歳神さまはこの季節大変お忙しくされている事でしょう。禰宜(ねぎ)の私としましては十分神さまをねぎらい申し上げなくてはと思っているのですが。

二月の祈年祭にも御歳神さまが呼ばれます。そもそも「トシ」とは五穀、特に稲をさす言葉なのです。それから、稲の生長のサイクルを一年とする事から、後に一年の単位となったようです。此処では「御歳神」と書きますが、古事記では「御年神」、古語拾遺では、「御歳神」となっています。また、東大寺の文献には「三歳社」と見られます。日本の言葉の成立をみると、明らかに「音」が先で、その後中国から輸入された漢字をことばの意味に該当するように当てたようです。ですので、日本古来のことばの意味を考える時には、「音」の方が大切だと言えるようです。

御歳神さまは、稲作に関して、その生長を司る神として、季節のめぐりを回す神様と考えられていたようです。そこに、中国から、正月に幸いと共に訪れる神さま「歳徳神」の考えが入り、御歳神さまも年神様としての役割を担われるようになったのかもしれません。年神様は一般には、「御歳神」さま、その父神で、御歳神社の相殿としても祭られています「大年神」さま、「若年神」さまの三神をさすと言われています。

古来より人々の暮らしの真ん中の「五穀豊穣」を守る神様として大変な崇敬を受けてこられた神様です。往年の華やかさまでは無理でも、やはりふさわしい形でお祭り申し上げなくてはと思っています。少しずつ、少しずつ、できることからやっていきたいと思っています。たくさんの皆さまのご厚意と神さまのお導きを信じて…


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今日は二十四節気の一つ「芒種-ぼうしゅ」です。芒種とは芒(のぎ)のある穀物を稼種(かしゅ)する季節を意味するそうです。田んぼに水が入り、田植えが始まりました。夕方、葛城・金剛山は水田に移りこんで美しいシンメトリーを描きました。今年は雨が異常に少ないです。季節がうまく回るといいですね。
(写真は御歳神社のすぐ横手から撮影したものです。)

私は、今日は個人のお宅の新しくした神棚へ神さまにお移り頂く祭典を行ないました。古いおふだ等と以前の神殿を焚き上げる祭典まで、五つの祝詞を奏上しました。無事、滞りなく行えた気がします。ほっとしています。さすがにちょっと疲労感。

祝詞を作文するにあたって、今回は我ながらよく勉強しました。自分の気持ちにもぴったり来ないと心をこめて奏上できない気がしたので、何度も練り直しました。そういう作業を経て、当日には心をこめて奏上できたような気がします。もちろん、まだまだ、勉強することは山のようですが、そうやって一つずつ積み上げていくものなんだろうなあと、思います。

勉強することがいっぱいあるのは、幸せな事だなあと感じる今日この頃。夏には、2回目の神職講習に出かけます。1ヶ月間、伊勢です。その後指定神社での研修を経て宮司になれる資格を取得できる事になります(現在は禰宜です)。今から講習が楽しみです。またまた、いっぱい勉強したいなあと思っています。


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