鎮守の杜から
葛木御歳神社神職が、神道についてや、日々感じたことなどを思いつくままに綴った私的なページです。
 



春ですねえ。写真はオオイヌフグリです。直径8mmほどの可憐な花です。お日様が出ると元気よく花が開きます。美しい青色で大好きな花です。なのに名前がかわいそう。もう少しかわいい名前にしてほしいです。こんなに可憐な花なのに子孫を残す仕組みはすぐれもの。昼間に受粉できなかったら夕方花を閉じる時に自家受粉するのです。やるもんですねえ。

春になって気持ちよくなって、神社でお弁当を広げる方もあります。それは構わないのですが、そのお弁当を境内のごみ箱に捨てていかれる方があります。う~ん?と考えてしまいます。もちろん神社に売店があってそこに売っているジュースの空き缶を捨てるならいいのでしょうけれど、此処のように普段人気がなく、神様が静かにいらっしゃると思える場所にごみだけ残していくのはどうなのかなあと思ったのです。夕刻神社に上がって無造作にお弁当の折りが捨てられていると、やはりがっかりします。

尾瀬沼などでもごみ箱を撤去した話を聞きます。なかなか気が付かないことですけれど、持ってきたものは持ち帰るというのは、すてきなマナーのように思います。この半年ほど何度も疑問に思っていましたので、思い切って神社のごみ箱も撤去しました。せっかく観光協会の方に頂いたのですが。みなさんどう思われますか?


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嬉しいメールを頂きました。
春分の日にご参拝頂いた方が、御歳神社のことをHPに書いてくださいました。
下記にリンクがありますのでご覧くださいね。とっても素敵なページです。

インターネットの威力を改めて感じます。ネットがなければ知り合うことのなかったかもしれない方々と、親しくお話できますし、こうやって個人が情報を発信することもできます。20年前には考えられないことですね。

ページに「大地主神と御歳神との上下関係が明白。」とあります。ここに何らかの意図を感じておられる方だと思い、以前から疑問に思っている事についてちょっとお考えを伺ってみました。

私も大地主神と御歳神の上下関係に意図があるだろうとずっと思っています。メールのやりとりで「在地の神を支配することが、それを祭祀する集団・土地を支配することになっていたかと思います。『大地主神』よりも強力な神がいるんだぞ、それにはこういう祭祀をせねばならない、それができるのは我々だ。といった案配かと愚考します。」とお答えくださいました。
「古語拾遺」はちょうど荘園が広がりを見せ、律令制の根幹を揺るがしかねない時代に書かれた物です。崩れようとしている律令制を立て直したいという意図の下、朝廷の祈年祭(農耕祭祀)の主祭神であった御歳神を在地の神「大地主神」の上位に置いたとも考えられます。

また、古事記で、崇神天皇の神夢に大物主命が現れて、自分を忘れておろそかにしてはいないかと教え、祭の仕方を告げた話があります。この話に構図が似ているとのご指摘を頂きました。とすると、御歳神を忘れている者への警告であるとも読めます。同時に「古語拾遺」を記した斎部(忌部)氏が、中臣氏に圧迫され大切な仕事を奪われていくなかで、自らの地位を朝廷に愁訴したものであったかとも思われます……等々、楽しいやりとりができました。

そんな事を思いながら、神社へ入ると、そこにはまるで違う空気が流れています。人間が意図した思惑とは無縁に、ご祭神様が凛として鎮座しておられるように感じます。「古語拾遺」を編んだ斎部広成やその周辺の人物、時代時代の見方に関わらず、ずっとずっと昔から此処に変わらないお姿のままいらっしゃるのが、神社でお祭り申し上げているご祭神様なのではと思います。そう思えるから、知識は知識として遊びながら、知識とは別の次元で、素直に手を合わせることができる気がします。

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昨日は春分の日でした。日も長くなり、春の陽気が心をウキウキさせてくれます。
春分の頃、丁度葛城山と金剛山の真ん中の一番低い所に陽が沈みます。此処葛城にとって特別な日のような気がします。

御歳神社の周りで、これから色々な桜が咲き競います。
染井吉野、枝垂桜、薄黄緑の八重桜、ピンクの可憐な八重桜、そして薄墨桜。
薄墨桜は四年前に岐阜県根尾村の国指定の天然記念物「根尾谷の薄墨桜」の子(孫)樹を頂いたものです。あっという間に大きくなり、3m程の木になりました。花と葉が同時に見られます。なんとも清楚な美しさです。昨年は三十輪ほど咲きました。今年はもう少し咲くかなあと思っています。

今は梅が綺麗に咲いています。(写真)桜の後は一斉に芽吹きの季節。力強い新緑の季節です。
何も無くても心弾みますね。


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手水舎の水が出なくなっています。以前、年配の氏子さんから山の水を引いていた話を聞きました。なんとかやってみたいと思っています。鉄砲水防止のために水路の工事がなされていますので、もう少し上流から引きたいと思っています。30mくらいでしょうか?途中まで塩ビのパイプで引っぱって、竹の芯を抜いたものをつなげて手水舎まで通したいと思っています。

うまくいくかなあ。どなたかお知恵を頂けませんか?それと手伝おうなんていってくださる方いらっしゃいませんか?水質は問題ないです。水量も大丈夫です。取水口の工夫などはどうしたらいいかなあ?とりあえず竹は3月中に切らないといけないそうで、工事は3~4月頃にと思っています。何とかなるといいのですが。

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今朝、神社へ上がると山の方で鶯の声が聞こえました。初鳴きです。あぁ、春ですねぇ。まだ、上手には鳴けません。これから鶯も練習して、だんだん上手に鳴くようになります。此処は山手ですので、夏中鶯の声が聞かれます。今日は随分暖かい日でした。木々の芽や蕾もすっかり準備が整いました。土筆も顔を出しています。蕨はこれから。筍まで、春の空気と共に春の味覚を楽しめる季節です。ふきのとうは今年は食べそびれました。味噌であえると美味しいのですが。蕨と土筆はしっかり食べたいです。筍はイヤになるほど出てくれます。でもあくがなくてとっても美味です。お好きな方、採りにいらしてくださいね。

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 擦り切れたペルシャ絨毯のきれはし。これがサマセット・モーム「人間の絆」のテーマだった。人生の意味を問う主人公に、カフェで毎日飲んだくれている自称詩人が答える。「明日、人生の意味を示すものを見せてやる。」翌日期待を胸に現れた彼の前に取り出されたのは、擦り切れたペルシャ絨毯のきれはしだった。

 人生は一枚の絨毯を織り上げるようなもの。緻密な美しい絨毯でも、簡単な模様の絨毯でも一枚の絨毯に変わりはない。人生などたったそれだけのもの。そういったある種諦念を持ちながら、それでも、自分なりの模様を織る。何のためにだって?そんなことわかる訳がない。それでも、自分なりの模様を織りたいと願う。それが何の役に立つのだろう?役に立つためだけに生きているって訳でもないだろう?自己満足?そう、自己満足だって立派な目的だろう?

 そうやって考えているうちにも絨毯は少しずつ織りあがっていく。仕上がりはどうだろう?自分で納得できれば何より幸せだったってことだろうね。


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 昨年、交換留学生の15歳のカナダ人を受け入れました。10日ほど我が家で滞在しました。彼は両親がインドからの移住者で、シーク教徒でした。もう正式にシーク教徒になったということで、その証しの剣も持っていると話してくれました。

 私が神職で家の横に神社があることにたいへん興味を持ってくれました。「あなたがプリーストなんですか?」と聞くので「そうですよ。」というととても驚いていました。で、拙い英語で、日本には八百万の神がいらっしゃる話や神社は村で守られている話をしました。ただ、予想通り、「あらゆるものに神様が存在すると考えています。また、日本では神社もお寺もお参りする人が多いんですよ。」と言うと、不思議そうにしていました。それから、ちょうどアジサイが綺麗な時期だったので、高天彦神社へ行きました。鳥居をくぐる時に私が一礼すると、彼も同じように一礼しました。それから私は拍手をして参拝しましたが、彼はどうすべきかという顔をしました。私はあわてて「あなたはシークなんだから参拝しないでいいんですよ。」というと、ほっとしたような、すまなさそうな表情で笑みを見せました。

 私は、観光地へ案内するような気軽さで彼を案内していました。日本の文化を紹介したい気持ちもありました。それに対して、15歳の彼は、宗教施設として神社に敬意を払ってくれたように感じました。鳥居をくぐる時に一礼してくれた彼の態度を嬉しく思いました。さすが、シーク教徒の若者だなあと感心しました。

 車に乗ってから、神道について色々質問してくれました。もうちょっと英語が話せたら、きちんと説明できるのになあとちょっと残念。ただ、強い誇りのような信仰を持つ彼が、異文化・異教について、配慮を見せる様子に感銘を受けました。私たちは外国でそんな配慮ができているのかなあとちょっと考えてしまいました。もうすぐ息子が彼の家へ行きます。息子が何を感じて帰ってくるか楽しみです。
シーク教徒について

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