鎮守の杜から
葛木御歳神社神職が、神道についてや、日々感じたことなどを思いつくままに綴った私的なページです。
 



 新潟の震災のニュースが届くにつれてその被害の大きさに驚きます。これから寒くなる時節、本当に大変なことだろうと思います。先の台風23号では亡くなった方が90人となりました。ふと、40年と少し、無事生きてきた不思議を思いました。

 被災地域の神社もかなりの被害があったようです。神職講習で、先生に「もし震災などで神社が全壊したらどうしますか?」と問い掛けられました。国宝や重文級の神社は誰かが再建をしてくれますが、村の神社はどうすればいいのでしょう?多くの神社はそんな資金は持っていませんし、さて資金集めに奔走して、今の時代、再建が可能なのかと思ってしまいます。数百年から千数百年の歴史を持つ神社を次世代へ繋ぐ義務を私たちは負っています。それが果たせるのか不安になります。殆ど無理だと思ってしまいます。

 それについて講習の最後に先生はとてもステキな答えを出してくださいました。もちろん様々な答えがあります。でも先生の答えは目からウロコでした。ヒントは神社は神祭りの「場」であるということ。現神職でもあるこの先生に、神職として神社や祭りをどう考えるか、大切なことを気付かされた気がしました。

 先生の答えですか?ここではヒミツです。興味のある方はメールくださいね。 


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 手水舎は神社ではとても大切です。参拝者はここで手と口をすすいで、参拝します。残念ながら御歳神社の手水舎の水は今使えません。なんとか早く使えるようにしたいと思っています。で、応急処置として陶芸家の夫の油滴天目の水盤(鉢)に水を溜めてみました。なかなかいいでしょう?

 本来は神社の境内に流れる小川などに浸かって禊をしたのが手水の原型です。でもそれでは大変なので、手と口をすすぐことで、清めとしたのです。御歳山の水を是非とも使いたいと思っています。井戸は生きているのでそれを利用して手水にしようと考えています。もうしばらくお待ちくださいね。それまでは、天目釉の水盤です。これもなかなかのもの。御歳山の地下水を使えるようになるまでの期間限定です。私の知恵の結晶(?)を見に来てくださればうれしいです。 

 本来の手水の要領は、1.右手で柄杓を取り、水をすくって左手にかけます。2.柄杓を左手に持ち替えて、右手に水をかけます。3.もう一度右手に持ち、左手に水をうけて、その水で口をすすぎます。水は飲み込まずに左手に受けて、再度左手を洗います。4.最後に柄杓を立てて柄杓の柄を洗って、元の位置に置きます。川の水等ですすぐ時は手だけでいいですよ。手水をすると観光に来たのではなく参拝に来た気がします。気持ちが改まるのはいい感じですね。

余談:陶芸家の夫のHPを刷新しました。ご覧下さればうれしいです。
東川和正鉄釉の世界

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 今回の台風23号は甚大な被害をもたらしました。今年はいくらなんでも台風が多すぎますね。御歳神社は何ともなかったのですが、朝起きてニュースを見て被害の大きさに驚きました。世界規模で異常気象が続きます。アメリカにも巨大なハリケーンがありました。ここ数年、異常寒波や高温、洪水、旱魃、あちこちで聞かれます。砂防ダムや河岸工事、堤防など防災対策が進んでも、それを超える自然災害が起こっています。

 森の生物からの新種のウイルスの脅威もあります。地球規模から見れば、人類は無秩序に増殖する癌のような存在かもしれません。増殖しながらまわりの環境を破壊する存在。そんな存在の一つになりたくないですね。

 古代、自然は今よりもっと脅威だった事でしょう。自然の脅威を取り除くためにたくさん努力してきた事でしょう。自然に対して弱い存在だった人間が、いつか逆転します。自然の恩恵を受けるだけではなくそれをねじ伏せようとします。堤防が決壊すればもっと強固な堤防を、と言う議論になります。勿論それは当然のことでしょう。でも、もっと根本的に地球規模で考えることも必要でしょう。ドイツなどヨーロッパの各地で、コンクリートで固められた川を自然な状態に戻す工事が進められています。自然が脅威だった頃には敵対せざるを得なかったとしても、自然のメカニズムがわかってきた今、共存する方法を探るだけの十分な英知を手にしたと考えてのことでしょう。ドイツなどでは、自然の圧倒的な力の前で、コンクリートではなく、自然の秩序を正常化することで災害を回避しようと本気で考えているのだと思います。その考えは、世界中に浸透して初めて効力を発揮するのですが、なかなか難しいようですね。

 何でも手に入れられ、何でもできると思ってしまうのは怖い事です。自然を大切にすること、自然を畏れ敬う気持ちは必要だと思います。祈年祭は農耕を開始するにあたり、土地を使わせていただく許しを乞うて、豊作を祈ったものです。自然を人工的な水田に変えることに対して、神様が怒られるかもしれないと考えて、鎮めようと考えた繊細で控えめな心持ちを私たちの祖先は持っていたのでしょうね。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




16.17日は吉野郡大淀町の矢走(やばせ)で、今年最後の秋祭りだった。神社の名は「天髪王(てんぱつおう)神社」。不思議な響きである。登録には「天八王神社」ともあるそうだ。御歳神社からは車で20分ほどのところだが、山あいの谷から、急な坂を登った先にある。風景は一見隠れ里風(?)である。矢走の大字25戸の神社だ。氏子さんに由緒を聞くがあまりよくわからないらしい。矢走はその名の通り古戦場だったそうで、のろしを上げた場所もあるらしい。江戸の終わり尊王攘夷派の天誅組が大暴れした事でも有名だそうだ。主祭神は建御名方神(たけみなかたのかみ)。軍神として狩猟神として信仰を集める諏訪大社の祭神である。この場所に相応しい感じがする。神社名と言い、土地柄と言い、歴史を調べてみたくなる。

 祭りは村の人総出で行われる。本祭りのあと、当屋渡しの神事で今年の当屋と次期当屋の間に宮司が座り、世話役(媒酌人?)がお神酒をカワラケに三々九度の要領で注いで飲み交わす。そしてカワラケを割って無事当屋渡しとなる。その後、湯立(ゆたて)神事が行われた。大釜にお湯を煮えたぎらせ、そこにお神酒、米、塩を入れて笹を束ねて湯につけて、当屋の方や氏子さんに振りかける。もともとは応神天皇の頃からある、探湯(誓湯-くかたち)という神明裁判の変化したものらしい。古代、真偽正邪を裁くのに神に誓って熱湯に手をつけ、正しいものはただれず、邪なものはただれるとしたと云う。いくら正しくても熱湯に手を入れればただでは済まないと思うが、身の潔白を証明する強い意志があればそれ位いとわずという所だろうか。現在の湯立神事は湯を浴びて禊祓いとし、無病息災を祈る意味合いが強い。ここでは、当屋渡し神事の中なので、当屋としての無病息災と共に、神事を伝統に則り執り行うという誓いの意味もあるのかもしれない。ちなみに湯立神事は、湯をかぶって神懸りとなり、託宣を聞く神事となっていることもあり、湯立神楽として舞いに入れられている所もある。

 祭りの意味を考えながら、祭りを行うと、奥が深いなあと思う。祭りに参加する方々と気持ちを合わせるとさらに祭りが生きてくると思う。今回新米の女性神職を暖かく迎えてくださった方々に感謝。来年に向けてしっかり習礼しておかなくてはと思う。

コメント ( 3 ) | Trackback ( 0 )




 御歳神社の秋祭りも無事終わった。来週あと一つの秋祭りですべて終える。台風も心配されたが、雨にも降られず、滞りなく終えられたことに感謝。秋祭りの宵宮にはスズキ提灯が上がり、一年で最も華やぐ。今年は石段などにも竹で行灯を作って火を入れ、灯篭や摂社にもろうそくを灯した。我ながらいいなあとちょっと自己満足。氏子さんにも好評だった。

 まだまだ「賑やか」まではいかないが、それは今後の楽しみである。本祭りの後の直会で総代さん方とゆっくりお話して、今まで私一人で思い巡らせていたことをみなさんと共有できた事は何よりうれしいことだった。一人で考えていたら夢でしかない事も誰かと共有できたら、少し現実味が出てくる。それがどんどん広がればやがて流れになるのだと思う。先ずは思い描くこと。動けるところから動いてみること。動いてみれば見えてくるものもあると思う。私もやっと一つお祭りを終えて、これからが本番である。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 10月9,10日は兼務社の伏見の八幡神社の秋祭りだった。「これぞ、村の祭り!」という感じでとっても楽しかった。9日の宵宮は4時にお迎えに来て頂いた。当屋(頭屋-とうや)と呼ばれる今年の神事の世話役のお宅で、八幡神社の山に自生する榊を使って玉串の準備などをしながら、総代さんが三々五々集まってくる。8時に上がるスズキ提灯まで、先ずはカンパイ、祭りの前の宴会だ。提灯に火が入り「しっかりナイてや!」と声がかかる。「なく」とは祭り唄の先導のことのようだ。まず一曲唄って出立。私もお供させて頂いた。集会所の前で、スズキ提灯7つほどが集まる。祭り唄を先導に合わせてみんなで唄って少し進んで担ぎ手が交代。また、一曲唄って出発。八幡さんのある山の中腹まで、坂道を練り歩いて小一時間くらいかけて神社に到着。夜の神社に提灯の明かりが美しい。宵宮のお祭りをして、明日お渡りになる神輿へ神様の御魂を移す神事をして山を下りた。

 翌日は7時半に当屋の家に到着。朝食を頂くが、先ずは御神酒でカンパイ。「お仕事がありますから…」と言うと「まあ、いいやん!もう一杯いきましょ!」なんだか楽しい雰囲気に、ついまた、一口頂く。当屋の家での神事を一つ務めて、いよいよ神輿の渡御だ。神輿の前で担ぎ手の方たちみなさんをお祓いして出発。太刀、矛、幟(のぼり)、太鼓を先頭に神輿が続く。14人の若衆の方が白装束で担ぐ。秋晴れというより真夏の天気である。汗だくになって担いでおられる。その後に御幣を持った総代さんや、獅子頭や天狗の面を持った高校生や小学生、村の人たちが続く。

 神輿は神様が村々を回る小旅行である。あちこちにお休み処があり、神輿を止めて、ジュースやビール、果物などを頂きながら、村の中を巡る。担ぎ手のカッコイイ姿に小さな男の子が羨望の目を向ける。こうして祭りが引き継がれていくのだろう。最後の急な石段を登り神社に神輿がお帰りになる。老若男女、境内にいっぱいに集まり、本祭りだ。私も汗だくになり、すっかりアルコールも消えて、気を引き締めて祭りに臨む。

 本祭りも無事終えて直会(なおらい)だ。いくらなんでも昨日から飲み過ぎかと思いながら、私のデビューに注いで下さる方の盃を受けないわけにはいかず(?)楽しく過ごした。ここでは招かれ神主なので、当屋の方をはじめ、皆様にお世話になりっぱなしだった。

 大きな神社のお祭りもいいが、こんな小さな村の村の人たちによって大切に守られている祭りもいいなあと感動。当屋は約40年に一度回ってくる大事な役だ。ものすごく気合いを入れて務めておられる。今回、台風がまともな様子だったので、随分気を揉んでおられた。私にとってもデビューだったので、好天にほっとした。「八幡さんのHPも作りますね!」などとお約束して楽しい祭りの余韻に浸りつつ、次の御歳神社の宵宮に備えた。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 昨日とっても素敵なサイトとリンクさせて頂きました。インターネットってすごいなあと思います。ネットがない時代には出会えなかったかもしれない方々とご縁を結べる幸せを感じています。人と話したり交流したりして何が楽しいかというと、共感できることかなあと思います。「きれいだね」と言って「そうね」と言ってもらえる幸せかと。ネットで同じものに惹かれる方々と距離感無しに出会えるのはいいですね。そして、実際お顔を合わせることができたら感激です。

 ネットに限らず出会いって不思議ですね。神職を志して、社家に育ったわけでも信心のある家庭で育ったのでもない私で本当にいいのかと思っていました。あまりにも未知な世界です。神様にお仕えするなど、現実として超えられないものが横たわっているのではと思いました。何をすべきでどう考えて良いのか方向が定まりませんでした。

 それは程なくして杞憂だと思いました。不思議な感じですが、道は見えてなくても目の前にあるのでしょう。神職になることを決めてから、たくさんの方に出会いました。暖かい言葉で応援してくださる方、何気ない指摘が私にとって愕然とする事もありました。進み出したら、道を照らしてくださる方に自然と出会えるのではないかと思いました。その度ごとに反省したり、力を頂いたりして、歩んでいけるのかもと思いました。それが神さまのお導き、あるいは運命だと思うことにしました。

 踏み出せば道は自ずと開かれるように思います。それは神職でなくても他の職種、立場でも同じことだと思います。生きていくうちには不可抗力が降り注ぐ事もあります。どうしてこうなったのだろうと考えてもわからない事もありますね。或いはあの時こうしていればと、悔やむ事もあります。でも、考え方を変えて、それも必然と思ってしまえば、また道はどこかに繋がるものかもしれませんね。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 今、公立小学校の学力支援ボランティアをやっています。公教育も、あまりの学力低下、学力格差に重い腰を上げたようです。授業に入って、ついていけない子のお手伝いをします。最初はしょんぼりしていた子が、声かけしながら、一緒に問題を解いていくと、だんだん笑顔になります。「すごいね!」「できたね!」なんて言うと満面の笑顔になります。子どもの笑顔ってどうしてこんなに人を幸せにするのでしょうね。

 もともとプロとして、子どもの勉強を見てきて、我が子の子育てもして、子どもに接する時一番大切なのは、「あなたを大好きだ」とのメッセージを送る事と、「すごいね!」と自尊感情を満たしてあげる事(心からそう思える観察眼も持つこと)だと思っています。

 私にとっては性悪説などとんでもなく、子どもに接していると、こちらがきちんと関われば答えてくれる「輝く原石」を秘めていると思っています。神道も絶対的な性善説です。だって、みんな神様の子孫なのですから。。。いいなあと思います。神道ってすごく楽観的なのです。世界の終わりなどと言う終末思想もなければ、最後の審判も閻魔様もないのです。

中今(なかいま)といわれる現世を明るく元気に清く正しく過ごす事が何より神の道に沿う事だというのです。修行して感情を押し殺して無の境地に至るなど、本居宣長の言葉を借りれば、「岩木のごとくなり」です。それだけ、人間の情を信頼しているのでしょう。

 人の輪という横のつながりを大切にして、祖先を祀るという縦のつながりも大切にする宗教(慣習?)です。だから、山岳信仰というより里山に神社があって、村でお祭りするのだと思います。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 ようやく拝殿が綺麗になりました。床板に着いていた長年の汚れが綺麗になって、すべすべつるつるになりました。昔のいい板は違いますね。雨がかかるのに反りもせず艶々しています。最近修理したものの方が早く傷みます。数年前の本殿の修復には、朱漆を使う事を断念しています。でも、やはり自然の素材にはかないませんね。いつか朱漆にしたいと思いますが、(資金面などで)難しいですね。本殿の壁画もどんどん劣化していくのが悲しい事です。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 今日は10月1日。秋祭りの月の朔日(ついたち)だ。いつもより少し早く神饌を供えに拝殿へ上った。今朝は随分冷え込んだ。朝の水分を含んだ空気が清々しい。空は一面の青空。東から斜めに差し込む光が御歳山の木々の間から白い筋になって差し込む。山に自生する榊の露を載せた葉に照り返してきらきら輝いていた。

 今日は兼務社の八幡さんで、秋祭りの準備に取り掛かる日、十朔(じゅっさく)の祭りがある。私にとっては初めての奉仕となる。金剛山の中腹にある伏見の八幡神社は、8月に新聞紙上でも話題になった 「ドント垣内古墳群」のすぐ近くにある。古墳の様式や年代、位置から、葛城氏の古墳だとか、蘇我馬子の墓だなどとの話も出た。八幡神社の敷地内にも古墳があるらしい。山手の神社で、急な石段が続く。山の中の神社の風情だ。ここの氏子さん方は大変熱心な方が多く、いつ来ても手水舎に澄んだ水がたたえられている。今日も平日なのにたくさんの方が参列された。

 私は初めての祭りにちょっと緊張気味。祓い主と大麻所役と玉串をお渡しする役をした。玉串は二十ほど奉奠された。心の中では今日の反省もあるが、祭りはいつも一回きりだ。今日の反省は心に閉まって、まずは無事に終えた事を喜んでおこうと思う。八幡さんの秋祭りは9日の宵宮と10日の本祭りだ。神輿も賑やかに渡られる。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )