鎮守の杜から
葛木御歳神社神職が、神道についてや、日々感じたことなどを思いつくままに綴った私的なページです。
 



秋祭りにサーカス、大道芸が来ることに対して、批判的な人が居ることも承知しています。

しかし、例えば15年前お祭りに宮司の他に氏子役員が一人しか来なくて2人でお祭りしたり、8年前にも歳旦祭に参列者一名で祭典をしたことがあります。

神様への感謝を申し上げるお祭りに氏子を含めて参列が無い状態は異常だと思いました。
神様だってそれではあまりにも淋しすぎるのではないかと思いました。

人が居て人が集まって、玉串を捧げて拝礼する。
それが無い神社が良いはずがない。

その信念で人が足を運ぶ神社にしたいと思いました。

腰の重い氏子さんに来て頂くために色々と手を尽くしたけれど、最初に集まったのはネットで神社を知った神社好きの方々でした。

いつか、そんな地域外の崇敬者と地域の氏子が協力して共に神社を真ん中にして語れる時代が来るようにと思い願っていました。

それがやっと実現した感慨はひとしおです。

きっと、大きな神社や昔から崇敬者がたくさん居た神社には想像もできない事かも知れません。

その変化と神社が活き活きとしてくる様子をこの目に見て来れた私は、神職としては本当に幸せな時に居合わせたのだろうと思います。

これから、神社はどうなるのか、楽しみにしつつ、進めることを一つの喜びとして歩んでいきたいと思っています。



コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )


« 秋祭りにクロ... 週末は夏越大... »
 
コメント
 
 
 
Unknown (井村)
2014-06-28 20:49:19
先日の井村です、多くの試行錯誤があったものと拝察します。 少し話はずれるのかもしれませんが、かつての神社仏閣の門前町には遊郭をも含め、多くの「ふさわしくないもの」[と現在の視点での言い方)があったようなので、大道芸等が祭りに来ることは、寧ろ自然のことではないかと考えました(まさに聖と俗)私が中学校の国語の教科書教材にあった安岡章太郎「サーカスの馬」では靖国神社の祭礼にいろんな大道芸がきていたことか描かれていましたね
 
 
 
サーカス大道芸大賛成 (ふくすま)
2014-08-03 21:26:26
井村様の意見に同感です^_^
11歳位のとき、新宿にすんでいました
かの有名な花園神社も近くにありました
その頃、破産した家を手放し、家族6人が結構お金持ちの家の二階に間借りしていたのですが、お金がなくて、高校をまだ卒業していない兄が自分で覚えた写真現像の技術で四谷に小さな店を間借りして、なんとかしのいでおりました
その年の暮れ母と花園神社にいきました
母は小さな熊手と、獅子の張り子の面を買い、貧乏から抜け出せるよう棚にかざりました
花園神社は凄い賑わいで、背の低い私には周りが見渡せませんでしたが、だしものがいっぱいあったようです
タコ娘という声が呼び込みできこえました
さほど卑猥なものでなかったようですが、裸の女がくねくねやっていたのではないでしょうか 母が一生懸命みていました
サーカスも、小さいころのには、物悲しい感じがつきまとっていましたが、実際に見物すれば、異次元の世界に誘ってくれる素晴らしいものでした 人間て、あそこまでできるんだ、と誰でも感心せざるをえないでしょう?
花園神社では今でもタコ娘の店はでているのかな、と、時折思うことがあります
ああして、あのころの人は自分の辛さをそこに捨て、そして少しだけ不幸な人間の姿を垣間見、自分の命を翌日につなげていたのではないかしら、と思ったりもします
絆、とよく言われます
高度経済成長にもくろまれて、コミュニティは確かに崩壊しました
しかし、私たち自身が、ムラ社会を嫌悪したと言う事実は誤魔化せないと思います
むかしの姿にかえるすべもまたありません
しかし、人間は、人間に感動する力を失ってはいないと思います
だから、皆と喜びや悲しみを分かち合える場所があるのはとても幸せなことだと思います
神社に人が集まるのは幸せになりたいという気持ちなんだと思います
サーカスを見て、飛翔しましょう、!
サーカスを命がけで演じてくださる方といっしょに!

 
 
 
亀レスでごめんなさい。 (御歳媛)
2014-09-20 13:59:22
ずいぶんレスが遅くなってしまいました。
大道芸、昔は神社の祭礼には付きものだったのではないかと思います。
舞楽や猿楽、漫才など、ルーツに祭礼がありますものね。
伊勢に遊郭があってにぎわっていたのも歴史の一つですし。

神様も人がたくさん集まるほうがお喜びなのでは?と考えています。
皆が幸せに楽しく暮らすことが一番素敵な事で。
楽しい日にしたいなあと思っています。
いつもありがとうございます。
亀レスで失礼ばかりですが、また書いてくださいませ。
 
 
 
ありがとうございます。 (御歳媛)
2014-09-20 14:04:39
>あのころの人は自分の辛さをそこに捨て、そして少しだけ不幸な人間の姿を垣間見、自分の命を翌日につなげていたのではないかしら、と思ったりもします

祭は「ハレ」の日で、日頃の暮らしを忘れて大いに楽しむというのは、とても大切な事だったのでしょうね。

>しかし、私たち自身が、ムラ社会を嫌悪したと言う事実は誤魔化せないと思います
むかしの姿にかえるすべもまたありません
しかし、人間は、人間に感動する力を失ってはいないと思います

同感です。
私たちが一度煩わしくなって手放してしまったのではないかと思います。

しかし、そこには失くすべきだはなかった大切なものが確かにあったのだと、失くして初めてその大切さに気付いたのが今の私たちではないでしょうか?

まだ間に合うはずです。
だからこそ、コミュニティーのしての神社を大切にしたいと思います。

いつもありがとうございます。
 
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。