鎮守の杜から
葛木御歳神社神職が、神道についてや、日々感じたことなどを思いつくままに綴った私的なページです。
 



嬉しいメールを頂きました。
春分の日にご参拝頂いた方が、御歳神社のことをHPに書いてくださいました。
下記にリンクがありますのでご覧くださいね。とっても素敵なページです。

インターネットの威力を改めて感じます。ネットがなければ知り合うことのなかったかもしれない方々と、親しくお話できますし、こうやって個人が情報を発信することもできます。20年前には考えられないことですね。

ページに「大地主神と御歳神との上下関係が明白。」とあります。ここに何らかの意図を感じておられる方だと思い、以前から疑問に思っている事についてちょっとお考えを伺ってみました。

私も大地主神と御歳神の上下関係に意図があるだろうとずっと思っています。メールのやりとりで「在地の神を支配することが、それを祭祀する集団・土地を支配することになっていたかと思います。『大地主神』よりも強力な神がいるんだぞ、それにはこういう祭祀をせねばならない、それができるのは我々だ。といった案配かと愚考します。」とお答えくださいました。
「古語拾遺」はちょうど荘園が広がりを見せ、律令制の根幹を揺るがしかねない時代に書かれた物です。崩れようとしている律令制を立て直したいという意図の下、朝廷の祈年祭(農耕祭祀)の主祭神であった御歳神を在地の神「大地主神」の上位に置いたとも考えられます。

また、古事記で、崇神天皇の神夢に大物主命が現れて、自分を忘れておろそかにしてはいないかと教え、祭の仕方を告げた話があります。この話に構図が似ているとのご指摘を頂きました。とすると、御歳神を忘れている者への警告であるとも読めます。同時に「古語拾遺」を記した斎部(忌部)氏が、中臣氏に圧迫され大切な仕事を奪われていくなかで、自らの地位を朝廷に愁訴したものであったかとも思われます……等々、楽しいやりとりができました。

そんな事を思いながら、神社へ入ると、そこにはまるで違う空気が流れています。人間が意図した思惑とは無縁に、ご祭神様が凛として鎮座しておられるように感じます。「古語拾遺」を編んだ斎部広成やその周辺の人物、時代時代の見方に関わらず、ずっとずっと昔から此処に変わらないお姿のままいらっしゃるのが、神社でお祭り申し上げているご祭神様なのではと思います。そう思えるから、知識は知識として遊びながら、知識とは別の次元で、素直に手を合わせることができる気がします。

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