鎮守の杜から
葛木御歳神社神職が、神道についてや、日々感じたことなどを思いつくままに綴った私的なページです。
 



今、般若心経の世界観に興味を持っています。
仏教だけではない普遍的な哲学を含んでいると思うからです。
難しい注釈本も読みましたが、ここでは、柳澤桂子さんのものを。。。

柳澤桂子さんの本を二冊読みました。
「生きて死ぬ知恵-心訳 般若心経」と、
「やがて幸福の糧になる」

優しい文章で、心が静まるような感じでしょうか。
「生きて死ぬ知恵」は美しい挿絵と装丁で、詩集のような趣き。
「やがて幸福の糧になる」には般若心経を現代語訳するに至った心を垣間見るような感じ。
ああ!と思った文章をご紹介します。

生命科学者の柳沢さんは30年間原因不明の病気に苦しみます。車椅子で散歩中に小さい子どもに挨拶をされます。
挨拶は、「体の不自由な人に会ったら挨拶しなさい」といわれて機械的に挨拶されたように感じて、複雑な気持ちになります。そうすると、大人の人の挨拶まで気になってしまいます。

『私は桜の樹の下で、しばらく考えていました。そして、ふと気がつきました。挨拶を不愉快に感じているのは私だけです。挨拶をしてくれた人は、きっといいことをしたと、気分がさわやかでしょう。

とすると、不愉快な気分は私の中だけにあるのです。私が作り出したものです。私がいなければ、不愉快も存在しません。
私は「なーんだ」と思いました。私が不愉快と思わなければ、それでいいのです。

このようなことは身の周りにたくさんあります。心配も自分が作り出しているものです。嫌いだとか、辛いとか、全部私のせいなのです。その原因を相手に求めていたのはまちがっていると気づきました。

不幸と思おうが、幸福と思おうが、私次第です。こういことに気づいてみると、生きていく事がずっと楽になりました。』
(「やがて幸福の糧になる-柳澤桂子)


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「背教者ユリアヌス」はキリスト教が国教となり勢力を伸ばしてきた時代
ローマ皇帝となり、ギリシャ・ローマの多神教の神々への祈りを復活させた皇帝である。
在位は3年にしかならないが、政治権力と結びつき俗化しつつあった
キリスト教への優遇措置をことごとく排除し、後に「背教者」と呼ばれる。

辻邦生が自身の思いを込めて「人間ユリアヌス」を描いたのが
小説「背教者ユリアヌス」である。

私はカミュも好きだが、辻邦生と重なる気がする。

どちらも「個」としての自身の内なる声に従って正しく生きていくことを至上の生き方として描いているように思う。
人は弱い存在であり、常に迷い惑わされながら生きていく存在でもある。
だが、その弱さを受け容れながらも、自分自身の個を放棄しない生き方が、何より人間としての生き方であると、私は両者の書から感銘を受けた。

その考え方は、神職という特殊な仕事をしていく私にプラスであると思っている。

「自我を捨てなさい」などとする教義は好まない。
自我とは何であるか。
それは己自身ではないのか。
己を捨てて何を持って生きていくというのか。

己を大切にするとはどういうことか。
それは身勝手な振る舞いを容認する事では決してない。
己の魂の輝きを最高に輝かせることが、すなわち生を全うするということではないのか。

自尊心=プライドを持って生きて行くこと。
真にプライドを持つならば、決して利己主義になど走れるものではない。
自分を大切に思うからこそ、他者をも大切にする事が出来る。

何が正しいかを真に見定めることなど、所詮人間にはできないかもしれない。
だが、真に正しいと信じることを為すことは、できる。
後に間違いであったとしても、その時、己が信じることを為すならば、後悔をする必要は無いはずである。

ユリアヌスが戦っていたのは、その自己を守り抜く戦いであったと思う。
教会の教義を受け容れて自身を放棄して生きていくことの危険を彼は知っていたのだ。

人が人である為には自己を放棄してはならない。

生きていくうちには、悲しみや苦しさが襲いかかる時もある。
宗教は、その避難場所として有効であると思う。
耐えられない状況に陥った時、疲れ果てた時、宗教に救いを求めることもあるだろう。
だが、どれほど魅力的な教義であったとしても、自己を捨ててしまうのが良いとは思わない。

「Going his way」ではなく、「 Going my way」
「彼の道」を進んで、その責任は誰が負うのだろう。
生きていくのは「彼」ではなく、「私」なのだから。

一時避難を批判するつもりはない。
だが、それは避難であって、永住の場所ではないはずなのだ。

宗教その他に全身全霊をささげる生き方を選ぶのは自由である。
だが、自己を放棄したあり方が、真に人としての生き方であるとは思えないのだ。

人は神にはなれないのだから、完璧なものになれるなど、あろうはずがない。
その不完全な自己をも受け容れて、自身の感情に悩まされながらも、
魂が輝く方向へ、光の方向へ歩もうとすること。
それこそが、真に人が生きていく道ではないかと思う。

「われわれ人間の努力とは、ひたすら自己を形成する力を、自然の形成力と一致させることにある。
自然の形成力と一致したわれわれの形成力はロゴスと呼ばれ、ロゴスに従って生きる限り、われわれは全自然の必然的な流れの中に生きているのである。
このように生きる個人は、個々の偶発的事件の支配を脱して、外的拘束から自由になるのである。
…もし、人間が、外的拘束を完全に脱し、また、他の事物に結びつける暗い情念から離脱することができるとすれば、そこに現われる自由は恒常の平和であり、自然と一体化することから生まれる歓喜の感情である。それは時間の有する刻々の破壊力からも開放される…。P144」


宗教とは、人が自身を省みて内なる声を聞くことを妨げるものであってはならないと思う。
自己を放棄することが、宗教と共に生きることではないと思う。

では、神社はどのような場所であるのか。
それは自己と向き合う場所であるべきだと思う。

神の前に、自身をさらすこと。
自分が欲するものを認識して自身が進むべき道を再確認する場所。
祈りは、祈ることによって自己が欲する事柄を、目の前に見て、
その方向へ進むことを決意することであると言えよう。

決意表明をするからこそ、守護を祈ることができるのである。

自己を放棄して何を祈ろうというのか。
どれほど祈ろうとも、進むべきは自身である。

雑多な思いの中から、真に欲するものを見つめることは、
深い内省の中に為されるものである。

日本の神々は自然の中にある。
辻邦生が書いた上記の文は、その日本の宗教観を物語っているように思えた。
人が自然の形成力と一致して動く時、人は「個」の範疇を脱して、個々が自然の一部として全自然の中に生きているといえると思う。

それを感じた時、私たちは、歓喜することができる。

ユリアヌスが願った多神教は西洋では廃れてしまった。
その考え方が、いまだに残っているこの国に暮らす幸せを思う。
偉大な自然を畏敬して、自身がその一部を担うものであると認識して生きることが可能なこの地に暮らす我々は幸運である。
いつか、それが大いなる地球を守ることになるかもしれない。

大切なのは、種を腐らせぬことだ。種が播かれることだ。種を世代から世代へ伝えてゆくことだ。たとえ種がただちに麦をみのらさずとも、夢想のなかで種が生きつづけるかぎり、人間は、人間に失望してはならないのだ。
http://www2u.biglobe.ne.jp/~BIJIN-8/fsyohyo/yurianus.html








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辻邦生は大好きな作家です。
どれも精神の崇高さが格調高い文章の中に描かれていて人間賛歌で終わっています。
中でも「背教者ユリアヌス」が一番好きです。
読書記を書こうと思いながら、書けなかったのは、素敵な書評をネットで見つけたからです。
私の書きたい事がとてもうまくまとめられていて、これを紹介するだけで十分だと思えたからです。
まずは、そちらを読んでください。
http://www2u.biglobe.ne.jp/~BIJIN-8/fsyohyo/yurianus.html

でも、改めて書いてみようと思います。
とても照らしてくれそうな気がするから。
今手元に本がないので、本を読んだ22歳の私が書いた日記を参考に思い出しながら書いてみます。

22歳。私は大学の理学部を卒業して大学院に行くつもりでいた。
でも、その道を捨てて陶芸の道に方向転換することになる。
今の私につながる転換点だった。

趣味でやっていた陶芸に惹かれたのだが、あるいは、
もう一度自身を構築したいと思っていたような気がする。
頭でっかちで、エリート意識を持つ自分のままで、
この先を歩いて行きたくないという感情が大きくなってしまったのだ。

4年生の秋、つくばで学会発表までさせて頂いた帰りに、
かねてから目星をつけていた茨城県の笠間へ立ち寄る。
周囲の驚きをよそに、卒業と同時に笠間の陶器工房で、職人見習いになった。

今までの経歴やバックボーンやアドバンテージがない状態で
一から組み上げて学んでいくというのは、結構面白かった。

毎日はし置きを500個作って三ヶ月。
湯飲みを引けるようになってからは毎日湯飲みを100個。
職人用に建ててあった6畳のプレハブは、壁に1cm弱のすき間が空いていて風が通る部屋だった。
冬の厳しさはかなりのもので、部屋の中央に置いたふきんが朝にはカチカチに凍っていた。
その部屋での一人暮らしを、面白がって楽しんでいたのがその頃かもしれない。

朝から夕方まで黙々と仕事をして、夕食後、日記をつけて本を読むのが日課だった。
読んだ本の内容を、次の日、ロクロを回しながら反芻していた。
一番深く本を読んでいた時期だった。

その時に出会った宝物のような本が「背教者ユリアヌス」。
この本に出会えて良かった。

結局慣れない力仕事を筋肉もないままやって、
少々背骨を傷めて左手に鋭い痛みが走るようになって、
2回目の冬は越せずに大阪に戻ることになったが、
この1年半は私には貴重な時間だった。

今それから20年以上が経ったけれど、あの頃、考えていたことが
その後ずっと私の血や肉になっているのですね。
変わってないなあと日記を読み返して笑ってしまいました。

書いていたら長くなったので、読書記は次項に改めて書きますね。



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読書記と書きましたが、実はマンガです。白土三平って同世代以上の方なら、聞いたことがあるかと思います。「サスケ」や「カムイ」を書いた人です。

初版が昭和40年代のもので、読書家の父の書庫にありました。何度読んだか忘れるほど読みました。毎回夢中になって読み耽りました。我が子がこの本を読める年齢になったら、一緒に楽しみたいとずっと思っていて、中学生になった娘と小学高学年になった息子に紹介して、彼らの愛読書ともなりました。親子三代ハマッた名作ですね^^

舞台は、戦国の世から豊臣秀吉の刀狩りの時代まで。その時代、近江坂本の馬借という身分で、一揆を率いて時の権力者に対抗した忍者「影丸」とその周辺の人物の生き様を描いた物語です。描写はかなり残酷な所もありますが、赤裸々な人間模様が描かれています。(馬借は今で言う運送屋さんです。諸国を自由に出入りでき、様々なネットワークも持つ立場で、坂本の馬借が大掛かりな一揆を率いたのは史実のようです。)

様々な人物が「いいモン」「悪モン」なんて範疇をはるかに超えて生きています。ただ、言えるのは、自身の信じる信念に基いて必死に生きているということです。
事を成すために手段を選ばない。自分たちが善であるとか、悪であるとか、そんなことを考える事なく、なさねばならぬことを成すために生きる人々。そこまで動かす原動力は何なのかと考えてしまいます。身の破滅を知っていながら、使命を果たそうと動く。それ以外に生きる術がないと悟った故の強さか。あるいは、そこにこそ、自分の価値を見出したということなのか。見事に生きて見事に死んでいった名も無き人々。その物語は、様々な示唆を与えます。良い悪いなどと簡単に判断できない物語。今よりもずっと世の中がおかしかった時代の、その時代の潮流の中を生きた人々が、この物語のように現実にあったのだろうと感慨でした。

まあ、理屈ぬきに、めっちゃ面白い物語です。眠れなくなること覚悟の上、機会があれば読んでみてください。


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私が大学生になった頃、ものすごい読書家の父が話してくれた。
「僕の好きな本。カミュ シーシュポスの神話。モーム 人間の絆。ヘッセ デミアン。」
デミアンはあまり好きじゃなかったけど、カミュとモームはぴったり私の中に入ってきて、今も居場所がある。「シーシュポスの神話」は殆ど思想解説書のようで難しすぎて、到底私には理解できなかった。でも、その最終章を読んだ私は思わずにっこりした。ああ、いいなあ、その考え方…。

シーシュポスは神々を愚弄した罪で罰を与えられる。大きな岩を山の頂に運ぶ罰である。しかし、岩はまさに頂に達するとそれ自体の重みで転がり落ちていくのだ。神々が考えた最も過酷な罰は、達成感のない労働だというわけだ。

あらん限り渾身の力を振り絞って岩を押し上げて、何百回押し上げても、転がり落ちる岩。その状況を嘆く日々を越えて、聡明なシーシュポスはある真理にたどり着いたとカミュは考える。転がり落ちる岩を呆然と眺めた後、岩のある山の麓まで下りて行くシーシュポスにカミュは注目する。

ゆっくり乱れぬ足取りで下っていくその時間は、彼だけのものなのだ。いつ終わるとも知れない責苦を嘆く日もあるだろうが、突然射してきた月の光や、足元に咲いた花に微笑む事もあるかもしれない。与えられた罰を嘆くのではなく、そのすべてを、岩さえも自分の所有物としてしまう。今、ここに在ることをそのままの状況で受け容れた時、「かれは自分の運命にたち勝っている。かれはかれを苦しめるあの岩より強いのだ。P170」

カミュは神を否定しているように見えてとても意識していて、そこに触発されます。ギリシャ神話の中のシーシュポスにとっては、神は確かに存在しています。だから、否定というより、神々も運命も「すべてよし」と肯定してありのまま受け容れる事によって、彼は主体を「運命」から「自分」に持っていくことに成功したといえるかもしれません。

「人間が自分の生へと振り向くこの微妙な瞬間に、シーシュポスは、自分の岩のほうへと戻りながら、あの相互に繋がりのない一連の行動が、かれ自身の運命となるのを、かれによって創りだされ、かれの記憶のまなざしのもとにひとつに結びつき、やがてかれの死によって封印されるであろう運命と変るのを凝視しているのだ。」
「ぼくはシーシュポスを山の麓に残そう!…このとき以後、もはや支配者をもたぬこの宇宙は、かれには不毛だともくだらぬとも思えない。この石の上の結晶のひとつひとつが、夜にみたされたこの山の鉱物質の輝きのひとつひとつが、それだけでひとつの世界をかたちづくる。頂上を目がけるその闘争ただそれだけで、人間の心をみたすのに十分たりうるのだ。いまや、シーシュポスは幸福なのだと思わねばならぬ。(最終頁)」



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とてもとても深い本です。
ぜひ多くの方に読んで頂きたい本です。
旧版は原作になかった事実を詳細に記していますが、フランクルの意図ではないように思います。まずは、原作に忠実な新版で読んで頂きたいです。原題は「心理学者、強制収容所を体験する」です。
ヨーロッパでは常に未来に語り継ぎたい本の上位にランクインされる有名な本です。

V.E.フランクルは心理学者です。そして、アウシュビッツ他の強制収容所から生還した、数少ない人たちの一人です。ユダヤ人であった彼が収容されてから、終戦で開放されるまでの事実を語ります。と言っても、ホロコーストの悲惨さを記した本ではありません。心理学者としての冷静な目で、その中で人々が如何に生きたかを記録した本です。

その冷静な目と、何より、人を慈しむ優しさで記されます。フランクルを感嘆させ、私が感嘆したのは、人はこの究極の状況下でも、尊厳を持って生きられるのだということです。と言うより、この究極の状況で尊厳を持って生き抜くことが出来る事を証明した人たちが存在したということです。フランクルが何より残したかったのは、その記録だったのだと思います。

フランクルの、情報や偏見に見誤らず、人間の根源を見極める目にも感嘆します。彼はボーダーを認めません。よくある収容者と非収容者に分けて、人を見ることも、ユダヤ人とそれ以外の人という線引きもしません。
「人間らしい善意はだれにでもあり、全体として断罪される可能性の高い集団にも善意の人はいる。境界線は集団を越えてひかれるのだ。 p144」「この世にはふたつの人間の種族がいる、いや、ふたつの種族しかいない、まともな人間と、まともではない人間と、…」ナチスの親衛隊の中にも善意の人を見出します。逆に、収容者の人としての様々なあり様を細かに記します。

「自分」が存在していることすら自覚しないと忘れてしまい、群集の中に埋没してしまう状況。名前も肩書きもそれまで築いてきた一切を失い、ただ、番号で呼ばれる中で、「私個人」を自覚することすら、努力が必要な状況。どんなに思い巡らしても、わたしには想像する事すら出来ません。

多くの人は、如何に生き延びるかだけを見つめ、少しでも多くの食べ物にありつく方法を考え、如何に殴られないかを日々考えて、目立たず、自ら群集に埋没する事を選びながら、悲しくバタバタと死んで行きます。そうする以外のあり方を見つけるのは殆ど不可能な状況に置かれます。
しかし、その中で、その中だからこそ、「生きることの意味」を必死で解こうとする人たちが、確かに存在したのです。常に死の恐怖にさらされながら、それでも仲間を助けようとする人。目標も目的も作り出す事が困難な「無期限の暫定的存在」に置かれた中で、目的のために生きる事は放棄せざるをえません。「日々の精神のありようを刻々自ら決定する事が、すなわち生きることだ」との結論を得ます。

フランクルは心理学者として、精神科医として、「収容生活のおぞましさに、精神的に耐え、抵抗できるようにしてやる P129」ことに心を砕きます。「生きていることに もうなんにも 期待が持てない」と嘆く人にどう応えるか。そして、結論。「ここで必要なのは 生きる意味についての問いを百八十度方向転換することだ。わたしたちが 生きることから なにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることが わたしたちから なにを期待しているかが問題なのだ。…」

人はこんなにも恐ろしい存在になれるが、こんなにも誇り高く生きることもできるのだ。

一言で言えばそれを記した記録であると思います。
ここでは語り尽くせません。
時に悲しさやおぞましさに震え、時にその崇高さに震え、本の語る世界に没頭して放心しながら読みました。一人で誰にも邪魔されずに深く深く吸い込んで読みたい本です。

Amazon.com 「夜と霧-新版」ヴィクトール.E.フランクル 池田香代子訳 みすず書房


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久々の読書記です。読んだのは昨年かな。ちょっと色々な事を重ねて膨らんでいます。
中学生向け課題図書だった本です。

http://homepage3.nifty.com/kodomonohonken/hondana_syohou0302b.html


平安末期から鎌倉を生きた主人公小松が、貧しい村を救うために大阪狭山池の修復を手がけるまでの話です。二人の人生の先達に出会います。一人は東大寺修復に執念を燃やし、「事を成す」ためには手段を選ばない僧重源。その重源の弟子でありながら、重源の僧として、人としての道にも逸れる強引なやり方について行けなくなり、僧籍を放棄して聖となり、辻説法に立つ心優しい蓮空。小松は、静かな優しい蓮空に惹かれていますが、最後に選んだ生き方は重源のそれでした。

自身も人買いに売られ、都をさまよった末、やっと巡り合った最愛の女性も死なせてしまいます。生きる目的が無くなったような絶望感の中で、故郷の狭山池のことを思います。「狭山池さえ機能していれば、こんな不幸を繰り返さずにいられる…」
その狭山池の修復のために重源が提案したのは、まさに禁じ手でした。
池の樋に、古墳をあばいてその石棺を使うというものでした。

その重源の提案を受け入れる決断をした小松の心情は、細かに描かれていません。でも、今までの彼の生きてきた道を思うと、十分想像できます。墓を暴くなどと、人の道にあるまじき行為です。その罪を引き受ける決心が、すでに彼の中にはあったのでしょう。人には二種類の生き方が用意されているのかもしれません。自分の理想とする信念を通す生き方と、実を取る生き方です。普通の生活でその選択を迫られることは、平和な世の中では少なくなりました。事を成すために動く小松。初めは誰も禁じ手に組しません。たった一人で古墳を掘る小松。やがて、女たちが手伝いに来てくれます。生かすために娘を人買いに売らざるを得なかった母親たち。少しずつですが、人々が集まり、事は成されていきます。

美しく描かれた狭山池修復成功の物語。小松の生き方は、多くの人々を救うことになります。
何かを成す時には、大きな決断が必ずあることでしょう。
でも、怖さも含んでいます。
犠牲を払ってでも、事を成すことの是非。
犠牲はつきものだという論理を簡単には肯定できません。
それは、破壊者、テロリスト、権力者の大義名分ともなりうるからです。
(それでも、小松の生き方に共感を覚えたのは確かですが。)

何が正しくて何が間違いかなど、簡単に言えなくなるような、複雑な読後感でした。
重源も蓮空も小松も、深く考え、決意し、ただ、精一杯生きたということでは共通しているように感じました。歴史の中には、一面を見ただけでは、その是非を言えないことが多くあります。その時々、人々は色々な波に翻弄されながらも、必死に生きていたのだろうと思います。歴史に名を残す人物の周りにも、その人物に関わる多くの人間の生が存在していることでしょう。その人々の重なりが、歴史になっていくのだと思っています。




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 擦り切れたペルシャ絨毯のきれはし。これがサマセット・モーム「人間の絆」のテーマだった。人生の意味を問う主人公に、カフェで毎日飲んだくれている自称詩人が答える。「明日、人生の意味を示すものを見せてやる。」翌日期待を胸に現れた彼の前に取り出されたのは、擦り切れたペルシャ絨毯のきれはしだった。

 人生は一枚の絨毯を織り上げるようなもの。緻密な美しい絨毯でも、簡単な模様の絨毯でも一枚の絨毯に変わりはない。人生などたったそれだけのもの。そういったある種諦念を持ちながら、それでも、自分なりの模様を織る。何のためにだって?そんなことわかる訳がない。それでも、自分なりの模様を織りたいと願う。それが何の役に立つのだろう?役に立つためだけに生きているって訳でもないだろう?自己満足?そう、自己満足だって立派な目的だろう?

 そうやって考えているうちにも絨毯は少しずつ織りあがっていく。仕上がりはどうだろう?自分で納得できれば何より幸せだったってことだろうね。


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 私はあまり多読の方ではないが、強烈に心に残った本が数冊ある。一番好きな本は?と聞かれて真っ先に浮かぶのはカミュの「ペスト」である。ペストに汚染され、町ごと出入りの一切を禁止された閉鎖空間で、人々がばたばたと死んでいくその渦中で、医師として淡々と仕事をこなす主人公リウーに、20代だった私は心底惚れてしまったのだ。逃れられない運命を突きつけられた状況で、嘆かずに、また、高ぶらずにただ目の前の仕事をこなすリウー。「私は医師ですからただその仕事をやるだけです」と言える人間の強さと誇り高さを感じたのだ。

 この中に対比される人物として、司祭のパヌルー神父が登場する。パヌルーも人々を救護するために奔走する。ただ、司祭であるが故に複雑である。カミュの書く世界では、神父は日頃からこの世のすべてが神の導きの形だと説く者として、この未曾有の災禍も「我々の尺度を超えた事でも愛さなければならない」と説くのである。それに対しリウーは「子供たちが責めさいなまれるように作られたこんな世界を愛することなどは、死んでも肯んじません。」
 
 創造主として唯一絶対神を信じる世界観が支配している国は難しいなあとその時は思った。多神教的な感覚があふれる国で育った者にはなかなか理解できない問題である。ただ、あの頃より少し大人になった私は、パヌルーも自分の信じるもののために持てる業のすべてを尽くそうとしている点では同じなのだと思う。それでもやはりリウーに惹かれるのであるが。

 小説「ペスト」の中には実に様々な人たちが描かれている。死を目前にしても、創作詩の一文をどっちにしようかずっとこだわっている愚直とも云うべき人。その人へのリウーのまなざしは本当に優しかった。結局どっちでもいい事にこだわり続けるのが、生きていくことなのかも知れない。でもだからこそこだわっていきたいと思う。カミュを久しぶりに思い出して、もう一度じっくり読んでみたくなった。

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