みちのくの風の旅人 [ 愛と義の街(上杉の城下町)から情報を発信中 ]

米沢・山形・東北の自然や文化・風土を季節の便りとして届けています。HP[新・天空の流れ雲]と合わせてご覧ください。

東日本大震災から100日(その1)

2011-06-18 18:38:50 | 東日本大震災に寄せる想い

                               3.11大震災から100日
                     苦難の道のりは未だ険し

 震災と原発事故は未曾有の被害をもたらし、このことをきっかけにブログを始めました。自分に何が出来るかは分かりませんが、被災地に目を背けず寄り添うことは出来たように思います。高校時代の仲間も被災し、その様子は震災後同級会事務局から次々とメールが届き、驚きの毎日でした。

 ところで、震災直後から福島に3回出かけたことは、家族も含め多くを語らず過ごしてきましたが、震災後100日を節目に振り返ることにしました。

 4月2日(土)まだ大きな余震が時々ある頃でした。3月はガソリン不足でスタンドに朝から長蛇の列をつくることが、連日話題となっていました。米沢は比較的他の地域に比べて、地震直後の停電も無かったことも含め、少しずつガソリン不足も落ち着きつつありました。福島県浜通りの窮状をTVで見聞きし、自分も一歩前に踏み出す事にしました。ケーシー高峰(山形県出身)さんが、いわき市で炊き出しをしていることが山形新聞で取り上げられたことも影響を受けました。相馬に行くのは子供の頃潮干狩りに行って以来、40数年振りになります。米沢・福島・相馬・南相馬のルートを通り救援物資引き受け所(写真)を目指しました。国道6号線を南進したところ、原発から30km圏内の境界で警察の検問車が止まっていました。南に行き過ぎたことに気付き、引き返して物資引き受け所に前日買い込んだ山形米「はえぬき」10kg×3袋を届けました。次はいわきを目指しましたが、原発事故のため3倍もの時間をかけて遠回りすることになりました。霊山町から近道をしようとしましたが道に迷い、どうにか進んでいる内(写真)東北道に辿り着き、一路いわきを目指しましたが、午後3時を過ぎていました。ケーシー高峰さんに米とミネラルウォーターを届けられないかと、交番に掛け合いましたが取り次いでもらえませんでした。ガソリンを詰めたスタンドにも同じく依頼しましたが断られ、やむなく米沢に引き返してきました。8時過ぎのことでした。結局支援物資は後日、地元米沢で引き取ってもらう羽目となりました。東北道を除けばこの時山形ナンバーの車と出会ったのはたったの1台だけでした。

 4月17日(日)いわき市を再び訪問しました。前回道に迷ったのでカーナビを購入し、途中三春の滝桜(写真)を見てから、一路塩屋岬を目指しました。ツイッターでかつて春の合宿で過ごした豊平海岸の惨状を目にしたからです。宿泊したえびすや旅館(写真)の看板が目に入り、運転しながらあわててシャッターを切りました。みそらひばりの歌「みだれ髪」の舞台、塩屋岬灯台は、当時と少しも変わりませんでした。当時もまだ大きな余震が時々ある頃でした。

 3度目の福島訪問を考えていましたが、4月末、今振り返ると震災から49日前後のこと、右足に激痛が発生し整形外科の痛み止めも効果無く、連日接骨医院で電気をかけ続けてきました。昨日まで通院し、痛みがほぼ治まったので震災から100日を区切りに通院を終わりにしたいと考えています。結局3度目の福島訪問は、6月5日(日)まで延期せざるを得ませんでした。詳細は、次回のブログに掲載します。 

Cimg4454 Cimg4457

Cimg4489  Cimg4522

Cimg4533 Cimg4540

コメント   トラックバック (1)   この記事についてブログを書く
« 未だ余震収まらず(8) | トップ | 東日本大震災から100日(... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

東日本大震災に寄せる想い」カテゴリの最新記事

トラックバック

地震が起きたときの対処法 (地震・災害時に役立つ優先ポイント)
地震や災害発生はいつ起こるかわかりません!! 緊急時に役立つポイントをまとめてみました。 いざというときのために慌てないように地震対策をしておきましょう。