1954年3月1日に
ビキニ環礁で水爆実験が行われて
第五福竜丸が被曝した日
子供心に大変な事と言うのはわかった
その後
原爆マグロから始まり
ガイガーカウンターとか
ストロンチューム90とか
死の灰とか
雨に濡れると髪の毛が抜けるとか
恐怖のニュースが次々と
そして
ゴジラが目覚めて東京湾から東京へ上陸
現実と空想が入り交じり
原爆も恐ろしいけど
水爆のニュースでもっと恐怖をかんじました
30年ほど前に第五福竜丸を見学して
こんな小さな船で太平洋の真ん中まで行ってたんだ
久保山愛吉さんの名前がパッと浮かびました
死の灰を浴びて帰ってきた乗組員の事を思い
核実験や核戦争は絶体ダメとの想いを再認識しました
あの時は核の平和利用など思っても見なかったけど
平和利用の核もコントロールを失えば
爆弾と同じ恐怖です
今では忘れられたのか?
ニュースでも言ってないようです
ゴジラの映画を見て
志村喬の口元から何故かカマキリの口元を連想したのも懐かしい
2回目以降のゴジラ映画はあまり見てないかな?


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